②
ぼんやりしていると、アミリーに頭を撫でられた。
「村長さんだっておっしゃっていたじゃない。五本指の稀子は体が弱いことが多いって。体も歯も弱くて、おまけに寒いのが苦手だなんて大変ね、ジョイナも」
「まあね。でも、寒さには慣れてきたし、この村のことも好きだから、わりとへっちゃらだよ。プラスチック以外は受け入れられるようになったし」
「好き嫌いは駄目よ、ジョイナ。プラスチックは栄養たっぷりなんだから、頑張って食べられるようにならなきゃね」
「食べれなかったら栄養がないのと一緒でしょ」
私はむくれて布団にもぐりこむ。アミリーは「こら、ちゃんとご飯を食べなさい!」と私のお腹あたりをこしょこしょくすぐってくる。
やめてよ、と私が嫌がっても、アミリーは調子にのってお腹をこしょこしょとくすぐる。
私はおへそが弱いから、すぐにケラケラ笑いだしてしまって、お返しにアミリーの腰をがっしと捕まえて、同じように脇腹をくすぐると、ヤーッと甲高い声をあげてきゃたきゃた笑う。
その笑い方がどうにも可愛らしくて、私はつい意地悪がしたくなって、笑い疲れるまでベッドの上でふざけあった。
アミリーの黒みがかった茶髪のおさげが、子猫みたいにぴょんぴょん跳ねると、私はわけも分からず嬉しくなってしまう。アミリーの髪は私と違って、指がするすると抜けて絹糸みたいに柔らかいから、とても羨ましい。
そばかすの散った、低い鼻の顔も、子猫みたいな愛嬌がある。
この世界に猫がいたら、そっくりだねと言えるのにな、と思う。猫に似た生き物といえば、危険な野生動物のベルーガという生き物くらいだ。
くすぐりあいに疲れて、ベッドで二人寝転がる。19歳にもなって、やっていることは幼稚だな。
アミリーは顔を私に向けると、そっと手を伸ばし、顔をすりすりと撫でて、顎から耳へと指をなぞらせる。
私の耳は、大きな毛皮製のカバーがついているため、見る事も触れることも出来ない。アミリーは小憎らしそうにこんこん、と指でカバーをつつく。
「耳の病気、いつになったら治るの?」
「分かんない。触ると感染する病気らしいから、このカバーは外せないままだし」
「憎たらしい病気ね。知ってる?ジョイナ。トラン村でさ、結婚する時、耳飾りをつけるでしょう。その耳飾りの材料はね、結婚を申し込む側が探すんですって」
「お婿さんのお仕事なんだね」
「でも、耳飾りがつけられなかったら、結婚できないでしょ。それって勿体ないわ」
アミリーの指が、私の髪をかきわける。四本だけの指のうち、一番長い指が、私の短い毛先と絡まった。
トラン村の住民は皆、成人するとしきたりで爪を緑色に塗るけれど、まだ若いアミリーの爪は淡いピンク色だ。
私の一番好きな色だと言った日から、ベゼルはこの色を好んで塗っている。
「貴方の耳は絶対きれいだから、いちばん大きくて豪華な耳飾りがきっと似合うわ。大きな蜜色の耳飾りなんてどう?」
「私、結婚するつもり、ないからなあ」
「あら!もったいないわよ、来月で20歳でしょ!きっと我先に若い衆が群がるわよ、それはもう、わらわら~っと、わさわさ~っと。萌えるチックの葉みたいに」
「やだあ、結婚なんて……考えらんないよ。興味もないのに」
「どうして?案外、すぐにぴん!と来る人が現れるかもしれないじゃない。
私はジョイナが好きよ。結婚したいくらい!」
「ええ……私、アミリーに結婚申し込まなきゃだめ?」
「逆にしない理由、ある?」 アミリーはあまり納得がいっていない、という顔をする。
「アミリーはきっと、誰と一緒になっても、上手くやっていけるからじゃないかな。美人だし、それに誰が相手でも優しく受け止められるもの」
私がそう答えると、アミリーはそういうものかしら、と相槌をうつ。考えてみたけれど、あまりぴんときていない、という顔だった。
きっと、結婚に対して思い描くビジョンが、私と違ってあっさりしたものなのだろう。
それもそうだ。私の知っている結婚とは、国から認められたテストに合格して資格を取らなければならないし、求婚なんて旧世代的なシステムは50年以上前に廃止されている。
それに子供を産む必要性もない以上、社会制度でちょっと楽をするためとか、就活で楽をするために必要なものでしかない。
「それにさあ、結婚して良いことなんてあるの?」
「当たり前じゃない!結婚式をするときは、分厚いプラスチックを山ほど食べられるのよ!」
「アミリーは食いしん坊だなあ」
「ち、違うわよぅ!ちょっと人よりも多く食べるだけ!」
ここトラン村では、プラスチックは食べることが出来て当然の代物だ。
私の知るマーガリンとは違い、パンに塗ったり調味料として使うことはなく、どちらかといえばサラダと同じように食す。
形状は基本的に薄くて平たく、カットされたチーズに近い。たまにフランスパンのように大きくて細長い形状も存在しているけれど、こちらは御馳走用だそうだ。
製造方法としては、プラスチックの元になる「チック」という根菜を掘り出して、村で取れる石灰や石を砕いたものを混ぜていき、プルという羊に似た生き物の乳で溶かしながら、じっくり中火で煮込んで、冷やつつ成型する。
色も赤、緑、オレンジ、白と色々あり、凍らせると更に旨味が増す。不思議なことに、きんきんに凍ったプラスチックは、更に高熱で炙ると一気にとけるので、老人や幼児の流動食としても最適だ。そして私、つまりは人間でも食べることが出来るようになる。
でも生で食べられないと不審に思われてしまうので、私はプラスチックを差し出されたら、「プラスチックが苦手なの」と断ることにしている。
お陰で今の所、ここ三年ほど村で暮らしていて、私が人間だとばれたことはない。
「ジョイナ、調子はどうだ?」
アミリーと結婚について盛り上がっていると、私の自室の先にある階段の方から、野太い声が問いかけてくる。
村長のシュヴルだ。便宜上、私の遠い親戚ということになっている。
見た目は60を過ぎた老人だけれど、身長は6フィート(182㎝)は下らないし、筋骨隆々でとても逞しい。まるで壁そのもの。
顎にたっぷり白いひげを生やして、ビーズで綺麗に編みこんでいる。
私が人間であることを唯一知っている人物でもある。
アミリーが私の代わりに答える。
「もう大丈夫よ、おじさん。薬湯が効いたみたい」
「そうか。ジョイナ、朝ごはんにしよう。下に来なさい、アミリーも食べていくといい」
「やった!実は昨日の夜から何も食べてなかったのよね」
アミリーは嬉しそうに跳ねて、私の手を引いて階段を駆け下りていく。
待ってよ、と私は苦笑いしながら、彼女の速度に合わせて、階段をスキップするように降りて行った。
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