第7話対ドンク戦

シルは僕からの突拍子のない提案に口をあんぐりと開けている。

「私がドンクに勝つなんて…無理…」

「いいや。無理じゃない。僕が特訓する」

「確かに佐藤は強いけど…教えるってなったら話は別じゃない?」

「そうでもないさ。ちょっと待ってもらえる?」

「え?うん…」

僕は自宅の庭先で天候を操るほどの暴風を巻き起こしていた。

何を期待しているかと言えば龍神様を呼び寄せようと思っていたのだ。

しばらくすると雲の切れ間から龍神様が顔を出してこちらに向けて飛んできていた。

眼の前に龍神様が現れてシルは再び口をあんぐりと開けている。

現在の光景が信じられないのだろう。

「我に何用だ?」

「はい。彼女に風の力を分けてあげたいのですが」

「好きにしろ。我は何もしないが」

「僕が好きに行動するのは良いんですか?」

「あぁ。律儀に確認を取るために我を呼んだのか?」

「当然ですよ。神様に失礼があってはならないので」

「ふむ。では少しだけお節介な事を言う。風の感覚を掴むのは簡単じゃないぞ」

「ですか」

「うむ。お主は簡単に出来ただろうが。それは強い風に充てられたからだ」

「そうですか。良いことを聞かせてもらいました」

「ふっ。ではな」

そうして龍神様は天高く登っていき空の向こうへと飛んでいく。

シルは終始黙っていたが話の内容は分かっていないようだった。

「じゃあこれからこの間とは比べ物にならない暴風をぶつけるから。身体で覚えて」

「え?はい?」

「いくよ」

そうして僕は両手から暴風を発生させるとそのままシルへと向けてそれをぶっ放す。

「ちょ…!まっ…!無理…!」

前が向けないほどの風にシルは吹き飛ばされそうになっていた。

「しっかりと地面を足の裏で掴むイメージを持って」

「って…どういう…!」

「感覚でしか覚えられないよ」

「まっ…無理…!」

シルは庭先の木にしがみつくと飛ばされないように必死で耐えていた。

「地面から離れているよ。しっかりと自分の力で立って」

「まって…どうやって…!」

しかしながらシルはどうにかこうにか地面に足をつけるとどうにかして吹き飛ばされないように耐えているようだった。

完全に風に耐えることが出来るようになったのかシルは前を向く。

息も出来るようになったみたいだが少しだけ苦しそうな表情を浮かべていた。

「次。真逆のこと言うけど…風に身を任せて。風の流れに乗るように」

「はっ!?何言ってんの!?立つのだけで精一杯なんだけど!」

「良いから。真逆のこと言っているのは分かってる。でも試してみて」

「マジで…無茶ぶり過ぎ…!」

だがシルは一生懸命に実践するように風に身を任そうとしている。

しばらく風と格闘しているようだったが、その内に慣れたようで風の抵抗を感じさえもしていないようだった。

「うん。もう慣れたね。じゃあ後は扱い方だ」

風を止めるとシルの元へと向かった。

「疲れた…めっちゃ暴風に殴られているみたいだった…」

「おつかれ。でも別に攻撃目的の風じゃないから。風の感覚を掴んでほしかっただけだよ」

「感覚?攻撃目的?今のだって十二分に強力じゃない?相手は一歩も前に進めないし」

「そうだけど。攻撃ではないでしょ」

「そうかな…」

「攻撃魔法ってなると…」

そうして僕は庭先の気に向けて風の刃の様な切れ味の鋭い魔法を繰り出す。

ジャキンっと庭先の木が真っ二つに切れる。

崩れ落ちそうになる木に時を戻す魔法を使う。

「まぁ。こんな感じ。これでも力は弱めたんだよ。もっと強力に出来るけど…ここで使うのは得策じゃない気がするからやめておくよ」

「そうして。絶対にやばいから。これ以上に強い魔法を身に着けて…何をするっていうの…」

「まぁまぁ。強いに越したことはないでしょ?」

「だけど…」

「とにかく。ドンクの首を落とすぐらいには風の魔法を習得してほしいな」

「首を落とすって…」

「まぁ落としても戻すから大丈夫だよ」

「今の木みたいに?」

「そうそう。時を戻せばいいだけだし」

「すごい力ね…」

「そう?ありがとう」

そんな感謝のような言葉を軽く口にして再び特訓へと戻る。

「風を纏う感覚はわかったと思うけど…」

「わかったのかしら…」

「そうじゃなかったら、あの暴風の中を耐えられるわけ無いから」

「そうなのね…知らない内に身についたの?」

「うん。さっき龍神様が言っていたでしょ?強い風に充てられたら感覚を掴めるって」

「なんか…そんな話だったわね」

「だから今度は纏った風を放出することに注力してみて。さっき僕がやったようなイメージで。風を鋭い刃にしてどんなに固いものでも切り落とすようなイメージを持って」

「そう言われても…魔法は生まれついた才能みたいなものだからね…」

「いや。僕のは正確に言うと魔法じゃないと思うんだ」

「というと?」

「うん。自然の神に授かった力だから。今まで魔法の一言で片付けてきたけど…多分それだけじゃあ説明つかない能力だとも思うんだ」

「なるほどね。あちらの世界のどんな魔法よりも強力なのはそういうことなのね。納得したわ」

「うん。だから。魔法じゃないから僕が教えて習得ができるとも思ったんだ。どうかな?」

「う〜ん。でもやらないといけないのよね…ドンクに勝つために」

「そう。やれる?やれないなら僕らは泣き寝入りすることになるけど」

「それは…流石に迷惑かけられないわ」

「そうだね。じゃああと三日あるから。やってみよう」

「わかったわ」

そうして僕とシルはそこから三日間二人きりで特訓の日々を過ごすのであった。

食事やお手洗い時々休憩。

それ以外は全部特訓に時間を費やすのであった。



次元を越えてシルの元の世界に戻る。

僕らにとっては異世界へと向かうと商会の前の通りに転移する。

商会の中へと入ると…。

「何…この行列…」

僕はコンコンとポコを見つけると質問をする。

「なんだか…貴族御用達の品が安価で買えるって噂が回って…商品のストックももう無いわよ…このままじゃあ店を一度閉めないと…」

「わかった。とりあえず今日は模擬戦の日だから」

「あぁ。そう言えばそうね…シルの出来栄えは?」

僕は深く頷いて見せるとコンコンとポコは薄く微笑んだ。

「頑張りなさいよ」

「頑張って」

二人に背中を押されたシルはぐっと拳を握ると店の外に出る。

「仕切りはポコに任せるよ。僕はもう一度家に戻って品物を注文してくるから」

「うん。日用品を爆買いしてきて」

「了解」

コンコンに急かされる様に僕は店の裏口に向かうと次元を越える力を行使する。

すぐに家のパソコンを起動させるとネットショッピングで注文を済ませる。

もちろん全てが日用品だ。

合計金額は中々だったがポコに換金してもらったお金があるために難なく会計を済ませると再び異世界へと戻る。



裏口に転移すると店の中へと入っていく。

「不用心だな。誰も居ないとは…」

店の中の商品は全て売り切れたようでコンコンもポコの姿もなかった。

もちろん模擬戦を観戦しに行っているのだろう。

それを理解して店の外に出ると…。

今まさにドンクの腕はシルの風の刃で落とされているところだった。

「ぐっ…!」

「どう?降参する?」

「するわけねぇ…一度勝った相手に負けるわけにはいかねぇんだ…!」

ドンクは片方の腕で振りかぶったところにシルの風の刃がシュンと飛んでいき…。

彼の両手は完全に落ちてしまうのであった。

「それまで!もう決着はついただろ?」

ポコが間に割って入るのだがドンクは止まらなかった。

油断していたシルに向けて走り出すと蹴りを繰り出そうとしていた。

気が付いたシルは不意の出来事で手加減が出来なかったのだろう。

ドンクの全身を細切れにする風の刃を放出してしまう。

模擬戦だったはずが完全に試合になっていて見ている人々は声を失っている。

シルの強さは十二分に示すことが出来たはず。

これで僕らに逆らうような人間はここら辺では居なくなるだろう。

時を巻き戻すとドンクは五体満足の状態で姿を現した。

周りはざわざわしていたが僕は素知らぬ顔をして前に出る。

「わかっただろ?我が商会の実力が」

領主の眼の前まで向かうと彼らは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。

「ドンク!この役立たずが!」

棍棒の様なものでドンクを叩く領主を目にして僕は哀れんだような表情を浮かべた。

「ドンクよ。そこがお前の居場所であっているのか?」

ドンクは僕に目を向けて意味がわからないとでも言うような表情を浮かべた。

「こっちにこい。お前はもっと強くなれる。僕たちがお前の居場所を作る。そんな奴の言いなりになるな。お前はもっと強く自由のはずだ」

「………」

ドンクは黙って僕の方を真っ直ぐに見つめている。

僕は力強くドンクを見つめると彼は一つ大きく頷く。

「こい。僕らの仲間になってくれ」

「俺からも頼む。強くしてくれ。誰にもそいつにも負けないぐらいに」

「ははっ。良い心がけだ。でも僕には一生勝てないかもな」

「それは…そうだな。あんな強大な力を他に知らない」

「色々教えるよ。一緒に強くなろう」

「あぁ。頼む」

そうしてドンクは僕らのもとに来ると仲間たちに挨拶を交わしているようだった。

僕は一人の報われない用心棒をまたしても救ったことになるだろう。

「こんなことして許されると…!」

領主はいきりたって居たが僕らが視線を向けると口を噤んだ。

このメンバーに喧嘩を売るのは得策じゃないと誰しもが思ったのだろう。

街中の住民も、もちろん悪巧みをしていたであろうゼダも。

全員が広場から去っていく。

「じゃあ。一旦戻るか」

商会の裏口に向かった僕らは元の世界へと戻っていくのであった。



「なんだ…これは…何処なんだ?」

ドンクは明らかに狼狽している。

力強い男性でもこの様に動揺することもあるのだなぁ。

などと思っていると。

「なんだか懐かしいわね。すぐに慣れるわよ。ドンク。順応したほうが早いわよ」

シルが慰めのような言葉を口にしてドンクは先程まで戦っていたはずの相手の言葉を素直に受け入れているようだった。

「これがお前の強くなった理由なのか?」

「かもね。佐藤に色々と教えてもらいな」

「あぁ…」

そうして僕らの仲間にまた一人味方が増えるとこれから先のことを話し合うのであった。

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