第5話狸が仲間になる
狸の商売人に会う約束の日が訪れていた。
こちらの世界にシルが来てから一週間が経過した辺りだった。
「こっちの世界と向こうの世界の時間経過って一緒なのかな?」
コンコンとシルは後部座席に座っており、ここ数日で彼女らは仲を深めているようだった。
「時間経過ってなんだ?」
シルは僕に問いかけると小首をかしげていた。
「ん?時計とかってまだ存在していないの?例えば日時計とか…」
「なにそれ。日が落ちたら夕食と共にお酒を飲むって感じだけど?」
「こっちの世界に来て僕とコンコンの会話に違和感はなかったのか?」
「どういうこと?」
「今何時?とか。何時間後に何日後にみたいな会話をしていたと思うけど…分かっていなかったのか?」
「何も。感覚でしか生きてないから」
「なるほど。コンコン。日用品が揃ったら時計だな」
「そうね。それが商売チャンスね。今日会う狸に提案してあげようか?」
「何が?どういう事?」
「狸なら時計の修理も出来るし制作もできると思うよ」
「ふんふん。それで?」
「だから。向こうの世界で唯一の時計職人として過ごしてもらえばいいじゃない。もちろん佐藤の商会が独占するんだろうけど…」
「良いのか?そんな願いを聞いてくれるだろうか?」
「当たり前でしょ。長く生きるとね。知らないことがあるのが気持ち悪いのよ。何でも知っていたいの」
「そういうものか…」
「そう。だから異世界に連れて行ってあげたら…飛んで喜ぶわよ」
「そっか。じゃあコンコンが話してみてくれよ」
「了解」
そこから僕はただ運転に集中しており後部座席では二人が仲よさげに会話をしているのであった。
一つ街を跨ぐ辺りの住宅街の一軒家が目的地だった。
「ここ?普通の家に見えるけど…?」
「うん。カモフラージュの術が掛かっているんだよ。中は骨董品や貴金属で溢れているよ」
「へぇ。狸もコンコンみたいに術が使えるんだね」
「当然。私よりも博識で強く長生きだから」
「ふぅ〜ん。べた褒めするんだね」
「当たり前だ。尊敬できる人物は素直に褒める」
「そうなんだ。険悪な仲なのかと勝手に思っていたよ」
「そんなわけ無いだろ。私達だって力を合わせて生き延びてきたんだから」
それに数回頷くとコンコンはインターホンを連続で三回押す。
それが何かの合図であるかのように玄関のドアは勝手に開かれる。
僕は目を丸くしてその光景を眺めていたが…。
シルはそれほど驚いていないようだった。
「さぁ。中へ入ろう」
コンコンを先頭に僕は最後尾を歩いていた。
玄関の中に入ると長い廊下が広がっている。
そこを静かに歩くこと数分で奥まで到着する。
ドアを三回ノックした後に返事を待つ。
だが返事は待っても来ない。
続いてノックを大きく一回。
まだ返事はない。
リズミカルに二回。
そこでやっとドアが開かれる。
「おぉ。誰かと思えば…狐だったか」
中には大柄な女性が待っており僕は軽く驚いてしまう。
狸だなんて言うからふくよかな男性が待っているものだとばかり思っていた。
髭を蓄えた小柄だがふくよかな男性。
そんなイメージをしていた自分が恥ずかしかった。
大柄でスタイルの良い美女が僕らを待ち構えている。
「狸。頼みがあるんだが…」
そう言ってコンコンは異世界の金貨を見せつけた。
「ふん?ふむふむ」
狸は金貨を調べるように全体を眺めていた。
「試しに一枚溶かしていいか?」
「どうぞ」
炉の中に緑の炎が立ち込めるとそこに金貨を入れる。
どういうわけかすぐに溶け出した金貨を狸は形を整えて冷やした。
「うん。紛れもない純金だ。何処でこんな物を手に入れた?私も知らない模様が描かれていたが…」
「狸は時計を制作修理出来たっけ?」
「当然だ。何十年も修行したことがある」
「じゃあ頼みがあるんだけど…」
「まどろっこしいな。要件を全部言え」
「分かった。ここにいる佐藤は時の神の能力を授かった人物なの。それで次元を越える事ができるようになった。異世界に行って商売をして金貨を千枚稼いできた。向こうの文明は明らかにこちらよりも劣っている。けれど魔法が存在していたり、こちらにも必要だと思われる技術や考え方があったようにも思う。それで狸に相談なのだが。あちらの世界で佐藤は店を開く。そこで時計職人として雇われてくれないか?もちろん佐藤が時計を独占するから狸も技術の情報漏洩は避けて欲しい。私達が金貨を独占したいんだ」
「話は分かった。だが…金貨を独占したい理由は何だ?」
「まだ見たことは無いけれど…全ての奴隷解放。またはそれに準ずるような立場の人間を解放したい。とのことだ」
「それは佐藤とやらの考えか?それとも狐の考えか?」
「佐藤だよ」
「ふっ。理想論だが…上手くいくと思っているのか?」
「さぁ…佐藤に聞いてみなよ」
そうして彼女らの視線が僕に向くので一つ深呼吸してから口を開いた。
「まず現代社会の日用品でさえ金貨相当で売れた。こちらの世界の物であればいくらでも異世界の人間は買うと思う。もちろん有用性を説明する必要はあるんだが。生活に便利な品をいくつも流していくと良いと思う。金貨はここで換金できるとコンコンに聞いた。お金と金貨のバランスが良く稼げたら…奴隷解放も夢じゃないと思っている。向こうでは魔法が盛んに行使されているようだが人によって個体差があるようだ。例えばここにいるシルは用心棒になるぐらいには戦闘能力もあるそうだし魔法もそこそこ使えるんだとか。だが日常系の魔法しかつかない人も居る。そういう人達は他人に魔法を行使してお金を稼いでいるようだ。魔法をつかない人間は髭も髪もボサボサ。肌は清潔でなく歯も黄ばんでいる。そうじゃない人間はお金を持っていたり立場の上の人間なんだ。日用品を持ち込むことに寄って立場の低い人間の職が失われるかもしれない。だがそれらを全員取り込む。最終的に貴族連中に売りつけるぐらいの商品をこちらから提示することになるだろう。奴隷や身分の低いものを一手に抱え込みたい。どういう身分の人間だって輝けるチャンスはあると信じている。その為に時計職人は絶対に必要なんだ。それが狸でもなんでも構わない。理想論かもしれないが…」
「話が長い。文明を進めれば良いんだな?その取っ掛かりに時計が必要ということだな?そして金貨を換金したいと言うことでいいんだな?」
「そうだな…」
「とりあえず半分の五百枚を換金してやる」
そう言うと狸は奥の部屋から札束をドサリと持ってくる。
「こんなもんか?」
その金額がどれほどのものだったか数えなかったが、かなりの額に思えた。
「相場は知らないが。少なく見積もってくれても構わない。あちらに流すのは一先ず日用品だから」
「そうか。時計職人の話は承った。ここを閉める必要があるから一度外に出よう」
その言葉に従って僕らは館の外に出るのであった。
狸は何かしらの術を行使して、その場には何もない空き地のようにカモフラージュをしていた。
全員が車に乗り込んで自宅へと戻っていく。
「狸じゃ呼びにくいだろ?何か名前を考えてくれ」
「ポコ?」
「安直な…まぁ良いが。好きに呼べ」
「分かった」
車の助手席にはポコが座っておりナビを眺めながらオーディオをいじっていた。
「趣味の悪くない車だ」
僕の自家用車を褒めるような言葉を口にするポコに僕は苦笑する。
「ありがとう」
感謝の言葉を端的に口にして自宅まで戻ると丁度業者が庭先へとやってくる。
「今回も大量注文ですね。ありがたいです」
感謝を受け取ると業者さんは荷物を家の中に運んでいく。
「あれ?この間はおじいちゃんだけだった気がするんですが…」
家の中にはおじいちゃんの姿をしているコンコン。
おばあちゃんの姿をしたポコ。
若い女性のシル。
奇妙にも思える構成に業者さんは怪しむような表情を浮かべていた。
「おばあちゃんは退院してきたんですよ。それでこの娘は親戚の子で。今日はおばあちゃんとおじいちゃんに会いに来たんです」
「へぇ。孝行者ですね」
「ですね」
苦笑を浮かべて僕らは荷物を運び終える。
業者さんは帽子を取って深く頭を下げると車に乗り込んで帰宅していくのであった。
買った百セットの化粧品類をダンボールに詰めると僕とコンコンとポコで異世界へと飛ぼうとしていた。
「じゃあシル。こっちのことは任せたよ。お金は無駄遣いしないで」
「わかったわ。この一週間で色々と教わったし。大丈夫だと思う」
「うん。心配だから一日中家を空けることは無いと思うから」
「心配性だね」
「そうでもないさ。じゃあ行ってくる」
そうして僕らは次元を越えて異世界の裏路地に飛ぶのであった。
ゼダ商会に僕らパーティが揃って入っていくと職員はざわざわとしだす。
「どの様な…ご要件でしょうか…」
受付嬢は明らかに狼狽しているように見える。
何故だろうと頭を捻っているとコンコンは耳打ちしてくる。
「ほら。この間の商談の後に火の玉を天空に放ったじゃないか」
「あぁ…僕の仕業だってバレているの?」
「シルが言うにはあの様な巨大な魔法はこの国に存在しないらしい」
「なるほど。異国から来たという僕にしか出来ないと…」
「そういう事だ」
その話を理解すると僕は強気な態度で接することを決める。
「ゼダと話がしたい」
「かしこまりました…すぐに話しを通します」
受付嬢は二階へと続く階段を登りかけて足を止めた。
「ようこそお越しくださいました。佐藤様。どうぞこちらへ」
ゼダは監視カメラの様な水晶で様子を確認していたのか慌てて階段を降りてくる。
「ふむ。では今回も商談がしたい」
「是非。ですが…その前にあの火球を消していただきたい」
「それはお前の態度次第だ。シルの存在を知っているんだぞ?」
「あ…はい。誠意は見せるつもりです」
「そうか。では部屋へ案内してくれ」
「ははぁ…」
そうして僕らは二階へと向かい商談を済ませる。
「男性の髭剃り後の化粧水とクリームですか…お貴族様なら…重宝するかと。ですが何故男性用なのですか?女性用は無いのですか?」
「もちろんある。だがそれをここに降ろすつもりはない」
「そんな…」
「貴様が前回の商談後にしたことを忘れたつもりか?」
「それは…」
「態度を改めるまで火球は消さん」
「そんな…」
「それよりも今回は如何ほどの値段をつける」
「前回同様に…」
「金貨一枚?」
「左様です」
「ここに百セットある。金貨百枚で良いんだな?」
「はい」
「それと頼みを聞いてくれないか?」
「なんなりと…」
「いい具合の広さの物件を探している」
「お店を出されるのですか?」
「そういう事だ」
「ならば…最適な物件がございます」
「そうか。どれぐらいの値段で買える?」
「いえいえ。プレゼントさせてください」
「ほぉ。良い心構えだな」
「滅相もございません」
「有り難く頂く」
「では…こちらです」
そうしてゼダは物件を譲る証書などを全て揃えると地図を僕らに渡してくれる。
その場所こそが僕らの商会が始まる場所となる。
ゼダに感謝を告げると僕らは商会を後にした。
そうして今でも天空に浮かんでいた火球を消すと僕らの新たな拠点へと向かうのであった。
同行者 コンコン ポコ
金貨 六百枚
自分たちの商会ゲット!
ここから物語は動く…はず…
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