3.娘の秘密

 先生ってほんとにステキ。背もすらっと高くて細身で、あれでひっつめのポニーテールじゃなくてショートにしたら宝塚の男役でもいけそう。きりっとしたパンツスーツがよく似合う。小学生の頃好きだったSFアニメのキャラによく似ている。銀縁眼鏡をかけた副司令官か何かだったけど、クールビューティーって感じでカッコ良かった。

 学校のオジサン、オバサン教師なんて論外だし、情熱だけ空回りしている新卒の体育教師は気持ち悪いだけ。子供好きなので教師を目指したとか言ってたけど、どういう意味の子供好きなんだかわかったもんじゃないってみんな言ってる。時々、あたしたちの体操服姿をなめるような目で見ていることもあるし。

 中一の時に通っていた塾の先生たちも学校の先生と似たり寄ったりだった。1対1指導とかはほんとに嫌だった。だって脂ぎった中年のオッサンで、そばに寄られると加齢臭がすごかったんだもん。気持ち悪くて吐きそうだった。あんな環境じゃ成績が伸びないのも当然だよね。言い訳だけど。

 でも、クラスメートの男子はもっと嫌だった。粗野で乱暴なやつかオタクで根暗なやつしかいないし。友達の中にはそんなやつと付き合っている子も何人かいたけど、全然うらやましいとは思わなかった。あたしはあの子たちとは違う。あんな幼稚で不潔な男子と付き合うなんてほんとどうかしている。


 ファーストキスは小学校6年の時だった。体中に電流が走ったっけ。友達はみんな、その頃人気だった男性アイドルに夢中だったけど、あたしとその女の子はその仲間には入らずに何となく浮いていた。その子はボーイッシュで、自分のことを「僕」と言うような子だった。放課後、一緒に帰ろうとその子に誘われた帰り道で急に告白されてキスされたのだ。びっくりしているあたしに、

「きっと君もそうだと思ったんだ」

 と言ってにやりと笑ったその顔に思わずときめいてしまった。「背徳」という言葉を知ったばかりだったので、このキスが「背徳」の味なのかもしれないと思って心がざわざわした。あたしは初めてパパとママには言えない秘密を抱えた。

 その子とは結局、それ以上の関係には進まなかったので、傍目にはただの女の子同士の仲良しにしか見えないまま、あたしの初恋は終わりを告げた。その子は私立の中学校に進み、あたしは地元の公立中学校に通うことになったからだ。


 中学に入ってからは、入部した女子バレー部の3年生の先輩と初めて“大人の”付き合いをすることになった。同類同士は引かれ合うものらしくて、先輩もあたしを一目見た途端にわかったと言っていた。部内にはほかにも何組か同性のカップルがいたので、あたしたちもそれほど引け目を感じることもなかった。

 先輩の卒業と同時にあたしたちの付き合いも終わり、1年上の先輩たちにはあまり魅力を感じないなと思っていた頃、家に来たのが先生だった。ママもパパもあたしの望みは大体かなえてくれるから、今回も家庭教師は先生に決まりだとは思っていたけど、ママも相当乗り気で後押ししてくれたので、すんなり採用が決定してうれしかった。先生は教え方もうまいし、アルトのハスキーボイスを聞くのも心地いい。真面目な横顔も凛々しくて大好き。子供っぽい女子大生なんかじゃなくて良かったと心から思った。


「これからも末永くよろしくお願いいたします」

 パパが言ったように本当に末永く一緒にいたいな。先生はあたしのことどう思っているんだろう。他の勉強を見ている子と同じようなただの生徒の一人? あたしのこと特別だと思ってほしい。彼氏とかいるのかな? 受験が終わるまでは思い切ったことはできないけど、この気持ちに気づいてほしいな。今まではいつも相手のほうから告白されていたから、こっちからコクるのはちょっと怖い。でも、日に日に先生に対する思いを抑えられなくなってきている。このことはパパとママには絶対に秘密。世の中ではLGBTは大分認知されてきているけど、2人とも娘にはノーマルに三高の男と結婚して、ゆくゆくは孫を見せてほしいと思っているに決まっているのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る