5:成人す(1978.2.16.)

 長男寿和は30歳、既婚、子供なし。次男幸寿は、近く25歳になるが独身で、未だ実家住まいの甘えん坊。私、寿は50歳。和子で生きた記憶のある最終年齢だ。


 現在、時は1978年。和子といえば、前回は、1973年に生まれていた。既に5年が経過しているが、今回、孫は誰も、生まれていない。私が長生きをしたせいかもしれないが、だからと言って自殺する気は毛頭ない。寿の転生が和子になるだろうとは、経験からの推測だが、「リセット」の動作が発生したプログラム自体不明であり、ナンセンスだ。私は必ずしも、次の「和子」を生きる必要はない。ただ、「自分」を生きるだけである。


 和幸は電化製品の会社を設立し、パイオニアとして頑張っている。次も安泰ですねとよく言われ、彼は苦笑している。当分引退しないし、後継者に息子を指名するつもりもない。順調な会社の二代目社長に据えるには、息子達の個性が勿体ないのだ。


 寿和はその感性を生かし、写真家として世界を飛び回っている。幸寿は子供の時分から数多くの特許を出願、既に世間で「昭和の鬼才」と呼ばれる天才発明家だ。各自、才能を伸ばしてくれたことは、私も母として鼻が高い。…違う育ち方をしていれば、埋もれたことを知るだけに。

 蛇足かもしれないが、和幸は現在も私の夫であり、悠子と関わりを持つことはなかった。「悠三」は生まれず、寿和と幸寿は、普通に、仲の良い二人兄弟として無事に育った。私のトラブル事前回避計画は、無事に完了したといえる。

 

 来る2月16日は、幸寿の誕生日である。家族の誕生日は皆で夕食をとり、素敵なものを主役に贈るのが、数奇家の流儀だ。私以外は男ばかりの家族だが、案外「誕生会」が好きなのだ。巷ではクリスマス→バレンタイン→ホワイトデーも定着してきた。意外に、イベントに口実を探しているのは、男なのかもしれない。


 さて、幸寿を主役にメニューを計画していると、幸寿は背後から、

「今度の主役は、25で俺を生んだお袋な。」

と殊勝な事を言って、去っていく。幸寿出産が難産だった事、その時、私が25歳であった事を気にしていたのだろうか。優しい。しっかり厚意に甘えることにした。


 幸寿の誕生日当日、メインイベントの夕食後のケーキタイム。私は和幸に黄色の訪問着、寿和に特製アルバム『数奇家の数奇な数々』、幸寿にインスタントカメラを貰った。


「でな、この写真紙がまた、俺の傑作だ。兄貴、お袋を撮って。」

寿和がカメラを受け取り、写真紙を入れ、早速、黄色の訪問着に着替えた私を写す。

「カメラやら写真紙ならば、寿和へのプレゼントではないか?」

と和幸が茶化すと、幸寿は

「否な、写真を撮る兄貴が、俺からのプレゼント~。」

と絶対やりたかったのだろう、変なキメ顔をする。プレゼントは物でなくてもいいが…。「昭和の奇才」も、家ではかなりのお調子者だ。

「何言ってんだ、バカ。」

寿和が幸寿の頭をこづく。家族のかけあいが、今日は5割増しで尊い。生きていてよかった。


 私は、寿和から写真を受け取り、眺めた。即奇麗に画像が出ている為、満足し、特製アルバムの最後に挟み、まだ騒いでいる三人を横目に、応接セットのソファに移動した。先ほど、ケーキと一緒に頂いた紅茶に垂らしたブランデーのせいか、ふんわり心地よく、眠くなったのだ。ソファに座る私の手からアルバムが落ち、さっきの写真が裏面を上に飛び出た。灰色で単語が斜めに連続して模様の如く入っている。つい、読み上げる。

「リロード、再読み込み?」



RELOAD⏎


 やってしまった。

 窓の外は昼夜が目まぐるしく変わり、横に落ちたアルバムが風に煽られたかの如く、ばらばらばらとめくれ、未来の写真を次々表示する。並行して私の脳では、沢山の情報、俗にいう、新しい「思い出」の再読み込みが、スタートした。まさに「リロード」である。


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