4:決意す(1953.2.16.)

 気が付くと、私は数奇家の畳の間で寝ていた。遠くで赤子の泣き声が聞こえる。幸寿と名がつく子だわ、と他人事のように思い、私は意識の混濁に気づく。幸寿は私の次男か、私の叔父か。次男と思う私は寿、叔父と思う私は和子。

 血の気が全部引くが、トラブルは、落ち着いて状況把握をするのがセオリーだ。場数を踏んだSEの習性で確認数分、私は、1953年の寿であり、幸寿の出産で命を落として、いない…

 私個人の時系列は、寿を25年生き、没して転生、和子を50年生き、リセットで寿の25歳に戻った、となる模様。私の中に、寿と和子の全記憶があるからだ。


 私は怪奇現象を信じない。現場にいれば、プログラム内の命令の愚直さはお馴染みだ。誰がプログラムをつくったか、仕様か、不具合かは不明だが、あの時、プログラムの条件を満たし、四次元で命令RESETが動作したと考えられる。

 ついに四次元、だれか知らんが完成させたか、と感心する一方で、私、知らんがなと複雑な思いだ。そして、感慨にふけるのもつかの間、現実がやってくる。


 ぱたぱたぱた。

 廊下を走る軽い音が近づき、襖が開いて、寿和がひょこっと顔を出した。

「お母さんが起きたぁ!」

寿和が私を見、ぱぁっと笑って、くるっと回り、和幸を呼ぶ。そうだ、この子は本来明るく、能面と作り笑いには程遠い。

何を、どう我慢すれば、ああなるのかと、寿と和子の記憶が交錯する。


ややあって、跳ねる寿和を先頭に、和幸が幸寿を抱き、部屋に入る。

「幸寿を連れてきたよ。」

「こんにちは、幸寿。」

幸寿とは初対面。まつ毛の長さ以外、寿和の赤子の時と瓜二つ。この子は現在、まっさらだ。


 幸せ色の陽だまりの一時、和幸の俳句が希望を照らす。

「雪解けて、四人家族が、誕生す。」

 この俳句がうまいわけではない。この四人、四人家族の誕生に意味がある。今、幸寿の誕生が寿の死に直結しなくなったという事実。そして、私が生きていれば、和幸は後妻、悠子を娶る必要がない展望。


「うふふふ。」

 傍目には、無事、二児の母となった25歳の女性の幸せな微笑だが、実のところは、加えること50。百戦錬磨のSEの不敵な笑みである。

 トラブルは未然防止が鉄則だ。何も、起こさない。地味だけど、それが理想の世界にいた。一度でもシステム運用の所属になれば、嫌でも身に染みる。


 和幸の妻、寿和と幸寿の母。この二つのポジションを、誰にも絶対譲らない。息子達が成人する迄、何としても生きてやる。和子on寿の状態は、正常とはいいがたく、存在すら危ういとも思える。が、私は、備える。いつ何があっても、「今」を生きる強い心を放棄しない様、息子達を育てあげる。と、私は決意した。

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