第12話 七日目 2
海岸に下りて行くと、ポエが走り寄ってきた。
「おい、どうした?」
首藤が訊く。
「一人なの?」
美月さんも訊く。
ポエは何も答えなかった。ただ僕たち三人をじっと見つめるばかりだ。ポエは英語が話せる。洞窟を案内してもらったとき、カタコトながら会話は成立した。言いたいことがあるのなら、口にするはずだ。それなのに、何か言いたげな目で見つめるばかりで、何も言わない。
「困ったな」
首藤がポエの頭を撫でた。
「何か、言いたいなら、言ってごらん」
ゆっくりとしゃべっても、返事がない。
「ポエの家は、わたしたちが向かう崖地の方向よね。家まで連れて行きましょうよ」
美月さんが行ったとき、ふいにポエが首藤の手を振り払って走り出した。
「ちょっと待って!」
美月さんが走り出す。僕と首藤も後を追った。
ポエはすばしっこかった。その上、石ころだらけの地面に慣れている。しかも、水たまりになっている場所も知り尽くしているらしく、うまく水を避けて走る。比べて、僕たち三人は無様だった。石に躓いたり、ひょんな場所で深みに足を取られる。
距離はどんどん離れていった。自分の家とは反対側、海に向かって右手のほうへ、海岸を進んでいく。
「なんなんだよ、いったい」
首藤が文句を言った。たしかに、あんな後ろ髪を引くような目をしたまま逃げるとは、何か変だ。
そのとき、前方の木々の間から、何か黒い物が飛び出してきた。ポエが勢いよく、その黒い物に駆け寄っていく。
「おい、あれ、ブブじゃないか?」
首藤が立ち止まって、叫んだ。
目を凝らした。黒い物は跳ねるように走っていく。見覚えがあった。
「ほんとだ。ブブだよ!」
「コモドオオトカゲの餌にはなってなかったんだな」
首藤が安心したように呟く。
「ブブを捕まえよう!」
僕は叫んだ。メアリーさんはきっと涙を流して喜ぶだろう。
「行きましょ!」
美月さんも叫ぶ。
「安曇はブブを探してんだから、ブブを追っていけば、何かわかるかもしれないわ」
僕たちは弾かれたように走り出した。
ポエがブブを抱いたまま進んでいく。
進むうちに、海岸線はますます細くなった。片側には切り立った崖が迫っている。尖った部分や凹んだ場所が表面を奇妙な形にしている。高さは十メートルほどあるだろうか。白い翼を持った小さな鳥が、岩肌に飛んできてはまた飛び去っていく。巣があるのかもしれない。
首藤が先頭に立ち、僕と美月さんがすぐ後ろに続く。
僕は足元に気を配った。山道で眼鏡を拾ったときのように、何か、安曇の手がかりとなる物が落ちているかもしれない。
そうするうちに、いつしかポエの姿を見失ってしまった。
「ポエがいない」
首藤が呆然と立ちすくんだ。
「まさか。この先は海なのよ」
「だって見当たらないじゃないか!」
飛び出た岩肌の影になっているのだろうか。
そのとき、
「ね、聞こえる?」
と、美月さんが視線をさまよわせた。
「何?」
首藤が美月さんを振り返る。
「犬の声、しない?」
僕たちは耳を澄ませた。
聞こえた。波の音に混じって、クウウンと、かすかに声がする。
「ブブだ!」
声のしたほうへ、僕たちは走った。だが、声はその一度きりで途絶えてしまった。
その上、もう、ほとんど歩ける場所はない。崖が迫り、行く手を塞いでいる。
「上から見えた煙。あれはどこなのかしら」
美月さんが、ふと背後の山を仰ぎ見る。
「煙がどうかしたの?」
僕も後ろを振り返った。あらためて見てみると、ずいぶん遠くまで来たと思う。ポエを見つけた場所からかなり離れている。
「あの煙、木の中から見えたわよね」
「だから、煙がなんだっての」
首藤が苛立たし気に言う。
「あの煙は、誰かがいる証拠かもしれないと思って」
「まさか。こんな崖地に家はないよ」
首藤が言う。
「家はなくても」
僕は崖を見上げた。
「洞窟ならあるかもしれない」
美月さんが目を瞠った。
「洞窟?」
「うん。アリキから聞いたこの島の言い伝えの話を思い出したんだ。アリキが言ってたじゃない。島には無数の洞窟――岸壁にできた穴があるって」
「そういえばそうね」
「この崖のどこかに、洞窟があるっていうのかよ」
首藤も崖を見上げる。
「だけど、穴があったとしても、登れるとは思えないわ」
そう。あの飛び交う鳥たちでもない限り。
そう思ったとき、一羽の鳥が崖を目がけて突進してきた。そして上手に岩にへばりつく。と、すぐに姿を消した。
「あれ? 消えたぞ」
鳥の姿を追っていた首藤が呟いた。
「ほんとだ」
「あ、見て!」
美月さんが指さした。崖の上から鳥が飛び出してきたのだ。どうやら鳥は、岩をくぐり抜けてきたようだ。
「通路があるのかしら」
「そうかもな。ここから眺める分には硬い一枚岩にしかみえないけど、案外近づいてみれば隙間があるのかもしれない」
首藤が波の中に足を入れた。
「もう少し先まで行ってみよう」
有難いことに、風は弱く波は穏やかだった。これなら、膝まで濡れても波にさらわれる心配はないだろう。
首藤を先頭に、僕たち三人は手をつなぎ、岩の壁にへばりつきながら先へ進んでいった。膝まで水に浸かり、そろそろと進む。
首藤の予想した通り、崖にはところどころ、狭いい隙間があった。隙間から中を覗いた。真っ暗ではない。やはりどこかに通じているようだ。
「とはいっても、ポエが入り込むのは無理だろうな」
僕はため息を漏らした。岩の隙間は二十センチほどしかない。いくらポエが小さな男の子でも、この隙間に入るのは無理だ。
戻ろう。そう言いかけたとき、首藤が叫んだ。
「おい、洞窟があるぞ!」
首藤に引っ張られた。あった。穴が空いている。一メートル四方の小さな穴だ。
穴は奥に続いているようだった。薄明かりが奥から漏れている。
「きっとポエはここからどこかへ行ったのよ」
美月さんが体を持ち上げて、穴の中に入り込んだ。それから僕と首藤を振り返る。
「早く、二人も入って!」
美月さんにはほんとうに驚かされる。
体を屈めたまま、美月さんは先へ進み始めた。
「おい、そんなにどんどん進んでだいじょうぶなのかよ」
首藤が後ろから美月さんに声をかける。
「だいじょうぶよ。明るくなってきたじゃないの」
実際、進むほどに、穴の中は徐々に明るさを増した。光に向かっているトンネルだ。緩やかに上に進んでいるのがわかる。
有難いことに、少しずつ幅が広がっていた。おかげで体を動かすのが楽になっていく。ただ、屈んだままの姿勢は辛い。いい加減起き上がりたい。
「どこへ通じてるんだ?」
美月さん、僕、首藤という順番に穴の中を進んでいる。首藤の声は苛立っていた。体が大きい首藤は、その分動きにくいのだろう。
そのとき、クウウンと鳴き声が聞こえた。ブブの声だ。さっきよりはっきり聞こえる。
「聞いた?」
美月さんが後ろを振り返った。僕は大きく頷く。
「近いよ、きっと」
もう十メートルほど進んでいる。そのとき、笑い声が聞こえてきた。幼い笑い声だ。
ふいに、視界が開けた。眩しい。
トンネルは途絶え、五メートル幅ほどの空間が広がっていた。高さも五メートルほど。眩しいのは、上から陽の光が注いでいるからだ。
「ここがトンネルの終点なのね」
美月さんが立ち上がって、上を見上げる。僕と首藤も立ち上がり、洞窟の中を見回した。
何百年、いや、何千年かもしれない。空からの雨水によって浸食されてできた洞窟のようだった。岩肌は湿り、この島では見る機会のなかった、コケに似た丈の短い植物がびっしり生えている。まるで、緑の網目に囲まれているかのようだ。よく見ると、水が滲み出しているのがわかった。その水が、崖にできた亀裂を大きくしてトンネルを作り出したのかもしれない。
シュワワーーーンと音がして、僕たちは息を飲んだ。
「何の音?」
美月さんが、目を見張る。
ふたたび、同じ音。
「波の音だ」
僕はやって来た背後のトンネルを振り返った。波の音が反響して、奇妙な音を作り出しているようだ。風が強くなってきたのだろう。
「なんだか気味が悪いな」
首藤が怯えた目で言った。
「ほんとにポエはこんなところに来たのかよ」
「だって、こっちのほうから犬の泣き声がしたじゃない」
「だけど、ここに、ポエはいない。とすると」
僕たちはいっせいに上を見上げた。陽の光が注いでいる。
「あの隙間から地表に出たのかもしれないわ」
「そうだな」
僕は岩肌に目をやった。ここからポエが抜け出したとすれば、足跡が残っているはずだ。
目を凝らしてみると、ところどころに、引っ掻いたような痕があった。ポエが足を置いた場所かもしれない。
「あいつ、今日も裸足だったよな」
首藤が岩肌に顔を近づけながら、呟く。僕は憶えていなかったが、美月さんが頷いた。
「裸足だったわ。間違いない」
「とすると、これ、そうかも」
首藤が指さした場所には、しっかりと指の痕があった。小さな穴だが、足の指の順番通りに、緑の草がえぐられている。
どうする?と言うように、首藤は僕と美月さんの顔を見た。
「行きましょ。安曇を見つけられるかもしれないわ」
美月さんはそう言うと、トンネルに入ったときと同じように、先頭に立って岩肌を上り始めた。長くきれいな爪が汚れるの構わず、岩肌の小さな突起を掴む。
半分くらいの高さまで行ったとき、美月さんが上を向いたまま叫んだ。
「ほら、首藤くん、足、持って!」
慌てて首藤が、美月さんの右足のスニーカーに手を添える。添えた手を上に持ち上げると、ひょいと美月さんの体は洞窟から抜け出した。
同じようにして、首藤が上へ上がり、最後に僕が二人に上から引っ張り上げられた。
「はあーっ」
大の字になって表に転がったとき、生き返った気がした。陽の光のある場所の有り難さを初めて感じる。
洞窟の上は、崖の縁から数メートル離れていた。思ったより遠くへ来たようだ。おかげで、海に落ちる恐怖はない。
「さて、ここからどうするか」
辺りを見回しながら、首藤が呟いた。島の風景はどこも似ている。短い草が生えただけの大地が広がり、ゴツゴツとした岩が、まるで天の神様が気まぐれに転がしたように点在している。
その先には、先にヤシの林が見えた。煙が出ていたのは、あの中だろうか。
「あっちへ行ってみようか」
と、首藤がヤシの林に目を向けた。とりあえず、そうするしかないだろう。見渡したところ、ポエの姿はない。
そのとき、美月さんが、
「シッ」
と唇に指を当てた。
「聞こえるわ」
クウウンと、それはたしかに犬の鳴き声だった。ブブの声だろう。風に乗って、声はヤシの林のほうから聞こえてくる。
僕は立ち上がり、ヤシの林の方角へ体を向けた美月に続こうとした。ところが、僕の腕を首藤が掴む。
「ちょっと、待て。あれを見ろよ」
首藤が示したのは、ヤシの林とは反対側の、崖の縁に近い大きな岩が数個重なった場所だった。見ようによっては小山のように見えるその場所に、人がいる。子どもだ。ポエだ。
あんなところで何をしているんだろう。
ポエがどんな表情をしているのか、はっきりはわからなかった。笑っているようにも見えるし、困っているようにも見える。
ポエは腕を振り上げて、海岸で会ったときと同じように、僕たちを手招きした。
「なんだ、あいつ。おちょくってんのか?」
足元の小石を蹴り上げてから、首藤が言う。
「そういうわけじゃないだろ。なんかわけが」
「わけなんかあるわけないだろ」
「そうかな」
僕はポエをじっと見た。何か言いたいことがあって、手招きしているように思える。
「安曇のことで、何か知っているのかもしれないよ。行ってみようよ」
そう言ったとき、美月さんが僕と首藤に言った。
「二手に分かれましょ」
「分かれるって?」
そう訊き返したとき、ふたたびブブの鳴き声が聞こえてきた。
「安曇を早く探さなきゃならないわ。安曇はブブのほうにいるかもしれない。でも、ポエもほっとけないし」
「まさか、君、また何か企んでるんじゃ」
「もう、何も企めないわよ」
美月さんは顔を歪めた。
「協力者のアリキもニックも死んじゃったのよ。それなのに、どうやって計画を実行するってわけ?」
それもそうだった。首藤は納得したのか、黙り込む。
「犬のほうは、わたしと峡くんで見つけ出すわ。首藤くんはポエを」
「いや」
首藤が美月さんを遮った。
「峡は俺と行く」
首藤はきっぱりそう言って、僕の手を引っ張った。
昨日に続いて、ふたたび岩山との格闘は想像以上にきつかった。下りたり上ったりする動作は体力を消耗する。
何をしようとしているのか、ポエは僕と首藤が近づこうとすると、ひょいと体を岩に隠してしまう。海岸で見つけたときと同様、何か言いたげな目をして、まるで僕と首藤を弄んでいるようだ。
「こら、待て!」
首藤の声は怒気を含み、僕も苛立ちが増してきた。
「こっちへおいで!」
島民であるポエは、僕たちよりは島の地形に慣れているだろう。だが、ポエはまだ七歳だ。ここはそんな子どもが歩き回って安全な場所とは思えない。
ポエは巧みに逃げて、僕と首藤は出てきた洞窟から徐々に離れていった。当然、ヤシの林へ向かった美月さんとは離れてしまった。ポエはどこに向かおうとしているのか、まったく予想できない。
「あいつ、同じところを回ってないか?」
首藤が言い出した。
「遠くへ行くかと思ったら戻ってきてさ」
たしかに、首藤の言う通りだった。ポエは一旦遠くへ行くと、また大回りして戻ってくる。
「もうあんなやつほっといて、林のほうへ行こうぜ。安曇を見つけなきゃならないんだからさ」
「そうだな」
ポエと鬼ごっこしていてもキリが無い。捕まえたら安曇について何か聞き出せるかと思ったが、相手は所詮子ども。期待したのが馬鹿だったかもしれない。
ふいに、ポエが動きを止めて立ちすくんだ。
耳を澄ますように、心持ち首を傾げる。
「いやああぁあ」
かすかだが、叫び声が聞こえてきた。美月さんの声だ。
「おい、行こう!」
踵を返して、僕と首藤は走り出した。
岩が途切れて、石ころだらけの地面になった。起伏がある。若干下り坂だ。
林に近づいたとき、ふたたび美月さんの叫び声が聞こえた。声は奥の方から聞こえてくる。
林は薄暗かった。密集したヤシの葉で陽の光が遮られ、ムッとするような熱気に包まれていた。
「美月さーーん」
僕は叫んだ。
「おーーい、どこだーー!」
首藤も大声で叫ぶ。
後ろを振り返っても、ヤシの木だらけになった頃、ようやく美月さんのいる方向がはっきりした。前方の右寄り。その方角でひきつったような喘ぎ声がする。
弾かれたように走り出した。
美月さんは、一本の木の下にしゃがみこんで俯き、両手で耳を塞いでいた。僕たちに気づくと、顔を上げた。涙で頬を濡らしている。
「だいじょうぶか!」
首藤が美月さんの両腕を取って起き上がらせた。
「早く、連れてって」
「ブブは?」
「いいから、早くここを出たいの!」
美月さんらしくもなく、気弱な声で言う。
「何かあったの?」
返事はなかった。首藤と僕に体を預けて、唇を震わせている。
首藤と顔を見合わせて、美月さんを林の外に連れ出そうと歩き出した。話はそれからだ。
林の外へ出ると、ポエがやって来た。僕たちを見ても驚いたふうはなく、ぶらぶらと歩き回る。
なるべく平らな場所を選んで、美月さんを座らせた。
「だいじょうぶ?」
僕は美月さんの目の前にしゃがみこんだ。荒い息を繰り返す美月さんの顔色は青い。こんなに怯えている美月さんを見るのは初めてだった。
「何があったの?」
顔を上げて、美月さんはまっすぐ僕を見た。
「この島は呪われてるわ」
「え」
僕は驚いて、首藤を振り返った。
「声が聞こえてきたの、執拗に」
「声って」
「この島に伝わる話にあったでしょう?」
アリキの話を思い返した。この島の言い伝えだ。
「後ろめたき者には、死んだ者の声が聞こえる……」
美月さんが頷く。
「何言ってんだよ」
首藤が笑った。
「俺も不気味な声を聞いてビビったけど、あれは、君とアリキがでっち上げた声だったんだろ?」
「そう、そうよ。でも」
「大体、アリキが語った島の言い伝えっていうのも、作り話なんじゃないのか?」
「それは違うわ。言い伝えを聞いて、脅しに使ったんだから」
チッと、首藤が舌打ちした。
「それにまんまと騙されたんだからな」
「怒るのはわかるわ。ほんとうに悪いと思ってる。でも、わたし、聞いたの。声が聞こえたのよ。もう、アリキもニックもいないのよ。誰が仕掛けをするっていうの?」
首藤が酢を飲み込んだみたいな顔になった。
「それもそうだな」
「だったら、どういうことだよ」
僕が呟くと、美月さんは不安気な目を向けてきた。
「ほんとに呪いはあるのかもしれないわ」
「まさか」
首藤が頬を歪めて、言う。
「わたし、なめてたかもしれない。呪いなんて馬鹿馬鹿しいって。だけど、そうじゃない。何かわからないけど、人知を超えた力が存在するのかもしれないわ。そうじゃなきゃ、あんな声聞こえるはずがないもの……」
「何が聞こえたんだよ」
両手で首筋を抑え、美月さんは目を閉じた。
「人の声よ。ああぁぁぁって、叫んでるの」
「俺がアンダーソン島で聞いた声とおんなじだよ」
首藤が怯えた声を出した。
「待てよ。アンダーソン島の声は、美月さんのでっち上げだったんだ」
「だけどさ」
怖がる首藤を無視して、僕は美月さんに向き直った。
「男の声だった? それとも女?」
「男よ」
「聞き覚えのある声?」
何気ない一言だったが、美月さんはビクンと体を震わせた。
「多分、あれは――」
閉じた目にぎゅっと力が入った。
「安曇の声よ」
「え」
僕と首藤は顔を見合わせた。
「やっぱりこの辺りに安曇がいるんだ!」
ブブを探していた安曇だ。ブブを追ってここに来ているのかもしれない。
「違う。アリキは言ったじゃない。後ろめたき者は、死んだ者の声を聞くって」
「じゃあ、安曇は」
美月さんがうなだれた。
「きっともう生きていないと思う。だから、あんなふうに叫んで……」
「安曇は死んじゃったっていうのかよ?」
首藤が怒気を露わにした。
「そうよ。だってそうじゃなかったら、あんな声が聞こえるはずない。あれは、生きている人間の声じゃなかった。安曇の声であって、そうじゃなかった」
両腕で自分をかき抱いて、美月さんは嗚咽を漏らし始めた。
「きっとわたしを恨んでいるんだわ。それであんなふうに嘆いて……。わたしが悪かったのよ。安曇を騙して動画を撮ろうとしたりして」
「もういいよ、そのことは」
僕が言うと、首藤も優しげな声になった。
「反省してるんなら、忘れてやるよ。だけど」
首藤は林を振り返った。
「もし安曇が死んでしまったのなら、いったい、誰が」
「やめて!」
美月さんが首藤を仰ぎ見た。
「ここは呪われた島だわ。わたしたちは静かにここを去ったほうがいいのよ。安曇の行方は警察にまかせたほうがいい。もう、この島と関わらないほうがいい」
きっぱりと美月さんは言い切った。
「ダメだ!」
僕は叫んだ。
「安曇を見つけるんだ。帰りの貨物船が来るまであと二日ある。島中を探して、安曇を見つけるんだ」
そのとき、僕たちのまわりでぶらぶらと歩いていたポエが、ふいに立ち止まって林のほうへ体を向けた。そして、ポエは手を振り始める。
「なんだ?」
首藤が呟き、そして、
「あっ!」
と叫び声を上げた。
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