第6話 ラパ・マケ島 三日目

 第三章  ラパ・マケ島  三日目


翌朝、昨日の曇り空が嘘のような、眩しい太陽が顔を出した。

日が照りつけると、島の様相は一変する。しょぼいヤシの木の森も、ゴツゴツした岩だらけの海岸も、南国の島らしく輝き出す。

用意――といっても、僕たちに大した荷物はなかったが――を終えてリアムさんの家を訪ねた。

美月さんが用意したバイクは、家の前に準備されていた。乗り込もうとした僕らを、美月さんが、止めた。降りてくれと言う。

「なんでだよ」

安曇は喧嘩越しだ。こんなことで怒っていたら、先が思いやられる。

「バイクに乗るところから撮影したほうがいいと思うのよ」

「撮影?」

安曇が素っ頓狂な声を上げた。

「そうよ。スケイルマンだけ撮ればいいってわけじゃないでしょ。見つけるまでの行程を撮ったほうがおもしろいじゃない?」

「おまえ、スケイルマンを見つけたいだけじゃないのか?」

「見つけたいけど、どうやって見つけたかも世界中の人に知らせたいのよ」

「動画をアップしようとしてんのか?」

 同じ目的を持っているくせに、安曇は軽蔑したように言う。

「もちろんよ」

 美月さんは屈託なく答える。

「ほら、カメラ」

 安曇はカメラを手渡された。

「運転するわたしを撮って。風景も考えて撮ってね。後で編集すればいい動画になるから」

 撮影は始まった。僕が首藤の膝に乗るところもしっかり撮られる。首藤は調子に乗って、

「はい、抱っこしましゅよ」

などと言うから、僕の首筋は真っ赤に火照ってしまった。

 バイクは動き出した。ボコ、ボコンと頼りない音を立てながら、乾いた坂道を登っていく。彼女が目指す海岸に行くには、山を越える必要がある。

砂埃が舞った。島の地面はスコールがないとき、まるで砂漠みたいに乾いている。

数年前に舗装されたという山の道は、心地良かった。風が吹き始めていたが、雨はまだ降り始めていない。

 体が急に傾き、思わずのけぞったとき、僕たちを乗せたバイクは尾根の道に入った。

 眼下に群青色の海が広がっていた。ほかは、何もない、船影も見当たらない。

「ヒョーッ」

 首藤が歓声を上げて体をずらしたせいで、僕はバイクから落ちそうになった。その様子がおかしくて、みんなで笑う。笑い声も録音されている。はじめは、こんな場面まで録画するのは賛成しかねたが、やってみるとおもしろかった。次第に、テンションが上がってくる。


「ここからは道が悪くなるわよ。あのほら、道が曲がっている先。急な坂道になって、しかも、もう地面は舗装されてないの」

 まるで通った憶えがあるかのように言う。

「おまえ、来たことあんのかよ」

 安曇のからかいに、片頬を歪ませて答える。

「初めてだけど、シュミレーションをしてきてるから」

「シュミレーション? グーグルマップで見てきたってこと?」

 それなら、僕らも事前に島全体を眺めてきた。

「違うわ。フライトシュミレーションゲームでね、プロペラ機に乗って島の上を飛んでみたのよ」

 そのゲームの名前は知っていたが、この島が網羅されているとは知らなかった。彼女はほんとうに、下準備に抜かりがない。

 予告どおりに、道が悪くなった。腰が安定せず、僕は笑えないほど真剣な表情になってしまう。


 坂道を下ると、道は行き止まりになった。

 ずっと昔、この島を発見したイギリス人船長の古い墓が坂道の途中にあり、そこを訪れる観光客を見込んで道が造られたのだという。だから、墓を通り過ぎた以上、道は必要ないわけだ。

 バイクを降り、徒歩で海岸線に向かった。。

島の反対側は、まさに無人島だった。島民の家もなければ、立て看板ひとつ見当たらない。代わりに、酔った男の鼾のような声が聞こえてきた。風が強くなっている。その風に乗って、鳴き声は遠くなったり近くなったりする。

風は、生臭い臭いも運んできた。魚の内蔵を目の前に突きつけられたみたいな、強烈な臭い。その臭いの中に、柔らかだが不快な臭いが溶けている。おそらく動物の糞の臭いだ。

石ころだらけの海岸に足を踏み出そうとして、思わず僕らは躊躇した。

「なんだ、あれ」

 安曇が不安そうに呟く。

「アザラシの生息地があるのよ」

 視線を追うと、黒い塊が見えた。数頭いるようだ。水族館で見るアザラシよりも大きく獰猛に見えた。曇天の風の吹く侘しい海岸に、野生のアザラシたちが群れる姿は、ワイルドすぎてちょっと怖い。

「なんか、不気味だな」

 首藤も顔色を変えたが、歩き出した。彼女がすでに歩き出していたからだ。怯む様子もなく足を運んでいく。

 数メートル歩いたところで、彼女が立ち止まった。

「わたしの調べたところでは、スケイルマン目撃情報は、この先とあっちにあるわ」

 そう言って指差した場所は、左と右にあった。両方とも同じような海岸だが、右側にはアザラシはいない。


「二手に分かれましょ」

 僕ら三人を振り返った。

「誰がどっちへ行く?」

 安曇が声を上げると、首藤が即座に返す。

「俺、右側がいいよ。動物、苦手だから」

「じゃ、わたしは左へ行く。わたしといっしょに――峡くんだっけ? 来てくれる?」

「え、僕?」

彼女に指名されて、僕の声は裏返ってしまった。突然二人きりになる機会に恵まれ、戸惑ってしまう。

「どっちにもUMAに詳しい人がいたほうがいいでしょ」

 美月さんの案は理屈が通っている。安曇と彼女はUMAマニアだ。それに比べて、僕と首藤は素人と言える。どちらかの組にマニアがいたほうがいい。

 ここでも美月さんに仕切られた形で、僕たちは二手に分かれた。安曇と首藤の二人に比べて、僕の組には荷物が多かった。カメラや録音機の入ったリュックに、カメラの脚立や工具まである。

 多めに荷物を受け持って、僕は後に続いた。荷物があるからと、美月さんは、スマホでの撮影に切り替えた。

「こういう場面も大事なのよ」

 足元は悪く、歩きにくかったが、昨日の崖地の経験があるおかげで、思ったほど疲れなかった。ただ、ショートパンツから伸びた無防備な彼女の脚を眺めながら歩いていくのは、どこか居心地が悪い。自然に、僕の目は、彼女の体全体を眺めてしまっている。細身だけれど、きゅっとしまったウエスト。ツンと張った臀部。

 後ろを振り向くと、安曇と首藤の姿が遠くなっていた。ふざけ合っているのか、笑い声がする。

 ふいに、彼女が振り返った。録画停止をしてから、歩きを緩める。

「峡くんと首藤くんは、安曇と親友ってわけ?」

 突然、親友などという言葉が出てきて、瞬間、何を言われているのかわからなかった。

「君たち三人、こんなところまでいっしょに来るぐらいだから、かなり仲がいいんだろうと思って」

 う~んと、僕は返事に困った。傍からはそう見えるだろうが。

「まあまあってとこかな。気は合うけどね」

「羨ましいわね」

 彼女の返事に、僕は優越感を覚えた。彼女に出会って以来感じていた引け目が、少し和らぐ。だから、自然に、褒め言葉も流れ出る。

「いやあ、一人で来るほうがすごいよ。勇気、あると思うな。しかも女の子なのにさ」

「女友達を誘ったって、誰もついて来てくれないわ。だけど、いいの。一人のほうが気楽だわ。なんでも自分で決められるから」

「独立心が旺盛なんだね。昔っから?」

 この若さで起業し、大成功しているのだ。どんな秘訣があるのか聞いてみたい。

「どうして起業しようと思ったの?」

質問攻めみたいだが、僕は訊かずにはいられなかった。

「どうしてって」

瞬間遠くを見るように、目を細める。

「だって、起業って大変なんでしょ。遊ぶ時間も少なくなるだろうしさ」

「ただ何もせず時間を浪費するのが嫌なの。もったいないと思わない? 自分にはどんな可能性があるか、自分にしかわからないのよ」

「そう、かな」

 自分の可能性について、あまり深く考えたことはなかった。自分の人生なんて、良くてそこそこ程度に決まっているように思ってきた。

「そうよ。自分の可能性を知っているのは自分だけ。それを見つけてあげなきゃ」

 すごいポジティブ思想。

「わたしって」

 瞳を輝かせて続ける。

「これだと思ったらね、突き進むタイプ」

「今、それがスケイルマン探しなんだ」

「そう。人と同じことをするのはつまんない。誰も見たことのないモノ。それを探し  出すなんておもしろいじゃない?」

「そう、だね」

 なんだか話を聞いているだけで、情熱が伝染るのか、こっちの気持ちまで高揚してくる。

「見つかるといいな、スケイルマン」

「いいな、じゃなくて、見つけるのよ」

 僕は大きく頷いた。この人といると、未来が明るく思える。自分が何者かになれる気がする。

 石ころだらけの地面を踏む僕の足取りは軽くなった。



 空模様は怪しくなってきた。

 雲の色は濃くなり、彼女が予告したとおり、今にも降り出しそうな気配になった。

波打際を、アザラシを避けながら、三十メートルほど歩く。もしスケイルマンが潜んでいるとしたら、岩の陰か、それとも海の中か。

 海の色は、空の色を反射して、緑がかった濃い灰色に変わっていた。アザラシの泳ぎぶりから考えて、浅瀬が広がっているとは思えなかった。ほんの数メートル先は、海底がえぐられたように深くなっていそうだ。

 気持ちが縮む。昨日、安曇と首藤とともに行った崖地でも、空恐ろしい気分になっ  

たが、今日の恐怖心はちょっと次元が違う。

 もし、得体の知れない生き物が現れたらどうすればいいのか。いや、その前に、この圧倒的な大自然に飲み込まれないためには、どうするべきか。

 しかも、いっしょにいるのは女の子だ。この島に詳しく、賢くてしっかり者の女の子だが、何かあったとき、彼女を守らなくてはと思う。

 そんな僕の不安とは裏腹に、二メートルほど先を行く美月さんの歩みに、躊躇は感じられなかった。むしろ、波打際に来て、闊達になった気がする。

「あれっ?」

 彼女が立ち止まった。

「どうした?」

 僕は勇気を振り絞って、彼女に近づいていった。

「見て」

 首に下げていた双眼鏡を、彼女は覗いている。

「何? わかんないけど」

 彼女が指差しているのは、五メートルほど前方の、砕けた波が当たる岩肌だった。波打ち際に続いている岩肌だ。特に変わった物は見えない。

 彼女が双眼鏡を寄越した。覗いてみたが、変わった物は見えない。


「近づいてみましょ」

「だけど、危なくないか?」

 目指す付近には、足場となる陸地は三十センチほどしかない。足でも滑らせて転んだらアウトだ。

「だいじょうぶよ」

 地面を蹴って走り出す。

 ここで行かなくては、男がすたる。大げさでなくそう思ったし、彼女だけに手柄を取られてしまうのはまずいとも思った。僕も走り出す。

目的の岩肌の下へやって来た。岩肌の突起を探してしがみつく。なるべく、海を見ないようにした。海を見たら、怖くて叫び声を上げてしまいそうだ。

「ほら、これ、見て」

 示された箇所に目をやった。岩肌の突起に、魚の皮のような物が引っかかっている。大きさは五十センチ四方。四角形を歪めたような形をしている。

「これ――皮?」

「そうよ。鱗がついてる。生き物の皮だわ。岩肌を見ていたら、キラッと何かが光った。それで当りをつけたの」

「でも、大きすぎない?」

「そうよ!」

 満面の笑みが浮かぶ。

「この島のまわりに、こんな大きな魚は回遊してこない! 調べたの。しかも、この形状の鱗!」

 興奮を隠しきれない様子で、彼女は叫ぶ。

「じゃ、もしかして」

「そう!」

 途端に、僕の体にアドレナリンが巡り始めた。

「写真!」

 あたふたと僕はリュックからスマホを取り出そうとした。美月さんもリュックを肩から外し、カメラを出そうとする。

 そのとき、僕らの足元に、何か黒いものが近づいてきた。

「わああっ」

 叫んだのは、僕だった。美月さんも驚いて、リュックを落とす。

「危ない!」

 美月さんの叫び声に、振り返った。二頭の巨大なアザラシだった。丸い空虚な目が僕らを見つめながら向かってくる。

「わああ、わああ」

 言葉にならなかった。まるで黒い象だ。でっぷりとした体。ぬめっとした肌。

 水族館や図鑑でおなじみのアザラシとは似ても似つかない。体中に海藻やら貝やらを巻きつけて向かってくるアザラシは、大きな海の妖怪みたいだ。

「こっちに!」

 差し伸べられた手にしがみつく。

「あっ」

 僕を助けようとして無理な動きをしたためだろう。美月さんが体勢を崩した。その瞬間、さらに残念な事態が起こった。体が斜めになり、岩肌にしがみつこうとして、スケイルマンのものとおぼしき皮を、海に向かって投げ飛ばしてしまったのだ。

 皮はちょうど向かってくる二頭のアザラシの手前に落ちた。アザラシたちが、驚いて瞬時に下がる。

「しまった!」

 皮を取り戻そうと、彼女が海に入ろうとする。

「ダメだ! 死ぬよ!」

 僕は腕を離さなかった。ライフジャケットも着ていない。もし溺れたら大変だ。助けを呼んでも誰も助けに来てくれないだろう。ほんとうに残念だが、諦めるしかない。

 皮ははじめ海面で揺らめいていたが、すぐに沈み込んで、波間に消えてしまった。

「もう! せっかく見つけたのに!」

 拳を口元に当てて、彼女は悔しがった。見ていて気の毒なほどだ。同じくらい悔しさはあるものの、彼女の表情を見ていたら、気持ちが落ち着いてきた。アザラシたちも、もう遠ざかっている。

「すごい収穫だよ。見つけたんだからさ」

 海岸線を戻りながら、僕は彼女を慰めた。

「手がかりを見つけたんだ。やっぱりスケイルマンは、この島にいるんだよ」

「そうよね」

 返事に元気はない。

「今日はこれで良しとしよう。あのまま皮を海に取り戻しに行ってたら死んでたよ、二人とも」

 彼女が顔を上げて僕を見た。

「ありがとう。命拾いしたのは、峡くんのおかげだわ」

 僕はすっかり気を良くした。実際、僕が止めなかったら、彼女は海に飛び込んで、今頃海の藻屑となっていたかもしれない。

「峡くん、すごいわ」

 僕が思っているよりも、感謝されているようだった。ため息まじりで、自分の無鉄砲さを責め、反対に僕の判断を褒める。

 

 帰り道は、短く感じた。知らない場所というのは、遠く感じてしまうものだ。

 いや、それだけじゃない。

 僕と彼女に間には、行きと違う微妙な空気が流れていた。僕に救われた事実に、美月さんの僕に対する目が変わったのだ。安曇とその他という扱いだった僕の存在が、一人の男として立ち上がったというか。

 それは大げさだろうか。

 まだ、右手には、強く握り締めた掌の感触が残っている。あの瞬間の、僕を必死で見つめるつぶらな瞳。うっすらと汗をかいた胸元。

 もっと長く、二人だけで歩いていたい。その願いも虚しく、あっという間に、安曇と首藤の二人と分かれた場所に近づいてしまった。

 いつのまにか雨が強く降り出していた。日本のゲリラ豪雨と似て、降り出したと思ったら、瞬く間に大粒の雨が視界を遮る。


「あ、安曇たちだ」

 烟った前方に、二人の姿が見えた。ジグザグな海岸線を、慌てた様子で二人がこちらに向かってくる。美月さんはまだ、ああ、命拾いしたと呟いている。この様子だと、安曇や首藤にも、僕の活躍を語ってくれるだろう。

「もうちょっと、二人でいたかったな」

 えっと、僕は振り返った。美月さんの頬はほんのり赤らんでいるように思えた。

「――それって」

 戸惑いとともに、はっきりと、僕の中に、美月さんへの特別な気持ちが芽生えた。

「ごめん。わたしって、自分の気持ちを隠しておけない性質【たち】なの」

 そのとき、

「おーい」

と、首藤が叫ぶ声がした。

 はあい。美月さんが手を振る。

 走り寄ってきた安曇と首藤に、彼女は早速、スケイルマンの皮らしき物を見つけたと報告した。

「すごいじゃん!」

 びしょ濡れの顔をほころばせて首藤が叫び、安曇も色めき立つ。

 結局、スケイルマンの皮らしき物は、海に流れていったくだりになると、首藤が心底残念そうな声を上げた。 

「惜しかったな」

「運だよ、結局」

 安曇はあんまり残念そうではない。

 それから美月さんは、僕のおかげで命拾いしたと続ける。

 照れくさかったが、ほとんど会話は耳に入ってこなかった。雨の音がリズミカルに響き、祝福されているような気分だ。

「おい、どうしたんだよ。なんか、おまえ嬉しそうだぞ」

 怪訝な表情の首藤に、僕は、

「いや、なんでもないんだ」

と応えた。



 僕らは走って、四輪バイクを置いた場所に戻った。

 来るときはあんなに乾いていた道は泥道となっていた。道の表面には水の筋が出来、いく筋にも分かれて流れている。

 僕らはまだここに留まるつもりだった。スケイルマンの皮らしき物を見つけた興奮が、僕らを奮い立たせている。

 だが、僕の胸をふくらませているのは、美月さんだった。

――もうちょっと二人でいたかったな。

 彼女の声が、何度も僕の胸に蘇る。

 安曇たちの前では、美月さんは何も変わらなかった。ちょっと威圧的な態度で、てきぱきとしゃべる。

 用意周到に、テントを持ってきていた。

 指示に従って、僕ら三人は、テントを組み立てた。四人が中に入ったら、ぎゅうぎゅう詰めになりそうな小さなテントだったが、この雨をしのぐにはじゅうぶんだ。

四人で力を合わせたおかげで、瞬く間にテントは出来上がった。四人、肩を寄せ合って中に座った。安曇の横に僕、僕の前に首藤、その横に彼女が座った。

 ぴったりと体を寄せ合わなければ、座れない。それはわかっているのに、首藤がわざと彼女に擦り寄っているように感じる。

 多分、かすかな香りだから、シャンプーの匂いだろう。柑橘系の甘い香りがする。

ふうと息を吐いてから、安曇が呟いた。


「やむかな」

「だいじょうぶ。通り雨よ」

 ちらりと僕に視線を合わせる。二人の間に、特別な空気が流れているように感じる。

 雨がやんだら、ふたたび二人きりになれる。

 ところが、首藤が僕に不利な提案をしてきた。

「隊を編成しなおそうぜ」

「そうだな」

 安曇までも賛成する。

 咄嗟に美月さんを見ると、戸惑ったような表情を浮かべているものの、反対する様子はない。

「今度は、俺が美月さんと組むよ」

と、首藤。美月さんと二人きりになりたいのだ。

「いいよ。じゃ、俺は峡とだな」

 安曇が言う。頷くしかなかった。まあ、いい。この島にいる間に、ふたたび美月さんと二人きりになれる機会はあるだろう。

 テントの屋根を叩く雨音は、次第に弱くなった。三十分も経った頃、唐突にテントのビニールの隙間から、眩しい日の光が差し込んできた。

 僕らはテントから飛び出して、もう一度探索に出かけるために海岸へ向かった。

スコールが嘘だったように、青空が広がっている。温度も上がったようだ。海岸一帯を覆っている嫌な臭いも気にならなかった。ぺろりと紙をめくったように、世界は南の島らしい陽光に溢れている。

「なあ、峡。もう一度、美月が見つけた皮の付いてた岩の辺りに行ってみようぜ」

 安曇が弾んだ声で言った。

どこでもよかった。

「ああ」

と、ぞんざいに返事をする。

 美月さんと首藤は、安曇と首藤が行った海岸の、更に先まで行ってみるという。一度目は不穏な天気に恐れをなして途中で戻ってきてしまったが、今ならもっと遠くまで行けると、首藤は勢いこんでいる。

 両手を振ってお互いの健闘を祈りながら、僕らは分かれた。

 気分が沈んだまま、安曇について行く。道に迷う心配はなかった。歩ける場所は、岩肌が迫った海岸しかない。

 スケイルマンの皮らしき物が見つかった場所へ着いた。もう、アザラシはいなかった。別の生息地へ移ったのかもしれない。

 丁寧に岩肌を見て回ったが、スケイルマンの手がかりとなるような物は何も見つからなかった。陰鬱な空はお断りだが、それはそれで、何か出てくるんじゃないかと期待できる。こうスカッと晴れてしまうと、かえって、ここがありきたりな南の島だと思えてしまう。

「出てきてくれよ、UMA」

 穏やかな波打ち際で、安曇が海面に顔を向けた。真剣な表情だ。それに比べて、僕はやる気が起きなかった。気づくと、ぼんやりと海を見つめる自分がいる。安曇が苛立たしげに声を上げた。

「どしたの、おまえ。なんかボーッとしてさ」

「悪い、悪い」

 おどけてごまかしてみたものの、やっぱり美月さんのことが頭から離れない。

「なあ、安曇」

 岩肌に顔を向けていた安曇が振り返った。

「おまえ、美月さんのこと、どう思う?」

「美月?」

「そう。やり手の女の子だってのはわかったんだけどさ」

 そう。行動力があって頭が良くて、その上、かなり気が強いと思う。でも、さっき見せた素直さこそ、本物の美月さんなんじゃないか。

「どう思うって、なんだよ」

「いや、彼とかいるのかなと思って」

「彼?」

 安曇は素っ頓狂な声を上げた。そしてすぐに安曇の声は、からかう調子に変わった。

「おまえ、美月に惚れちゃったの?」

 僕は頷いた。照れくさいけど、ほんとうのことだ。

「付き合ってる男がいるかどうかなんて、知るわけないだろ? だって、四年ぶりに会ったんだから」

「ま、そうだな」

「だけど、やめとけよ、峡」

「え」

「おまえには無理だよ」

「そうだよな」

 無理矢理笑顔を作ったが、落胆は隠せなかった。

 そう。安曇の言う通りだろう。僕と美月さんじゃ不釣り合いだ。

 ふたたび岩肌に顔を向けた安曇の背中に言い、僕は海岸に沿って歩き始めた。安曇には悪いけれど、真剣にUMAを探す気にはなれなかった。自分が美月さんの特別な存在になるにはどうしたらいいか。そんなことばかり考えてしまう。

 そうするうち、戻る時間になってしまった。


 

 何も収穫がなかった僕と安曇は、テントを張った場所へ戻ってきたとき、冴えない表情をしていたと思う。

 反対に、首藤は晴れやかな表情をしていた。

 首藤は軽い足取りで僕らの方へ向かってきた。ちょっと遅れて美月さんの姿も見える。

 二人は泥だらけだった。靴には草が付いていたし、首藤のTシャツにも美月さんのパーカにも、ところどころ、剃ったような傷もあった。海岸を探し回り、危ない目にも遇ったのかもしれない。

 汚れた服装が、陽の光の中で勲章のように思えた。首藤の堂々とした態度が眩しい。

「もしや、なんか、見つかったのか?」

 安曇が勢いこんで訊いた。

「そうなの。逃しちゃったけどね」

 ヒェーッと、安曇が似合わない声を上げた。よほど悔しいんだろう。

「それで、それで?」

 先を促したとき、ふと、首藤の表情に不審を抱いた。こんなとき、いちばん騒ぎ立てるのは首藤のはずだ。それなのに声が上がらない。

 何より、首藤は心ここにあらずといった表情だ。

「おまえは見なかったの?」

 首藤に訊くと、ああ、いやと、曖昧な返事。

 僕は安曇と顔を見合わせた。

「首藤、具合でも悪いのか?」

 安曇が首藤の肩に手を置いた途端、美月さんがごめんと、叫び、労わるように首藤を見た。

「もうちょっとだったの。もうちょっとで捕まえられると思ったんだけど、わたしのせいで」

 美月さんと首藤は、はじめに安曇と首藤が探索を行った場所より、更に先へ進んだのだという。大きな岩が、先の方へ行くほど多くなっていたからだ。

 危険を顧みず、岩の間を巡ってみたが、何も見つけられなかった。がっかりしたが、ふと、美月さんは気づいた。峡と行った側とは違い、こちら側の岸壁はそれほど高くない。大きな岩を伝っていけば、登れるんじゃないか。

 かなり大変だったけれど、二人は岸壁を登りきったという。

「登ってみたらね、荒涼とした大地でね。なんていうか――人間の住む場所じゃないような」

ゾクッと、思わず鳥肌が立った。ふいに、アリキの亡霊の話を思い出す。

「それで?」

と、安曇が促した。

「岩だらけだった。大小様々ないろんな形の岩が、地面から植物が生えるみたいに突き出してたの。草は生えていなかった。灰色の岩が陽の光の中で光ってた。奇妙な音が――赤ちゃんの泣き声みたいな」

「え」

 僕と安曇が同時に小さく叫んだ。

 彼女がにやりと笑った。僕らをビビらせたのだ。

「風の音よ。岩の間を通り抜ける風が、あんな音をさせたんだと思う」

「脅かすなよ」

「ところがね、その風の中に、聞こえてきたのよ。キキッシュ、キキッて」

「それって……」

 僕と安曇は顔を見合わせた。キキッシュ、キキッという鳴き声は、洞窟で聞いた鳴き声と同じじゃないか。

「耳に残ってるわ、あの声」

「だけど、待てよ」

 安曇が美月さんを見据える。

「僕らが探しているスケイルマンは、魚と人間の合体みたいなものだろ? 動画を撮ったユーチューバーたちの目撃も、海や、ともかく水辺に限られてた。僕らだって、その鳴き声を聞いたのは、滝の近くにある洞窟だったし」

 美月さんが目を剥いた。

「洞窟? 滝?」

「あ、いや、その

 安曇がしどろもどろになったが、彼女は追及をやめない。

「あなたたち、別の場所であの鳴き声を聞いたの?」

 仕方なく、安曇が頷く。美月さんは僕にも顔を向けた。僕も不承不承ながら、首を縦に振る。

「嘘をついたってこと?」

 僕らは視線を落とした。言い訳の言葉もない。

「ずいぶんじゃない? 自分たちの情報は隠して、こんなとこまで付いてきて」

「悪かったよ。つい、言いそびれてた」

 ようやく安曇が口を開く。

「ごめんね。ほんとにごめん」

 僕は特別な視線を送ったつもりだったが、彼女はさりげなく逸らす。

「で、どこで聞いたの?」

 大きな目が怒りに燃えている。美しいけれど、ちょっと僕は怯んだ。

 観念した安曇が、アリキが宿まで訪ねてくれたこと、そして滝の近くにある洞窟へ、アリキの息子に案内してもらったことを話した。そして安曇は、UMAを見つけたときの様子を包み隠さず話した。滝壺で見たのは、鰐のような大きな影だった。

 話すうちに、美月さんの目から怒りが薄れ、瞳は輝きだした。

「すごい、すごいじゃない。あなたたち、すごいわ」

 子どものような興奮ぶりだ。

かわいいなあと思わずにはいられなかった。気は強いけれど、真っ直ぐで素直だ。

僕たちのように、彼女はUMA発見を独り占めしようなんて思ってないんじゃないか。その存在さえ確かめられれば、彼女は満足なんじゃないか。

 だが、次の美月さんの一言で、僕らはまた軽んじられるはめになった。

「すごい動画が撮れたんじゃない?」

 僕ら三人は、固まったまま視線だけを交わした。

「見せてよ、安曇。決定的な瞬間」

「それが」

 安曇が口元を歪める。

「ないんだよ。撮れなかった。そんな暇はなかったんだ。僕たち、驚いてうろが来ちゃってさ」

 風船がしぼんでいくのを見ているようだと、僕は思った。それも、手から離れた風船が、ブーッと音を立てながら空高く飛んでいく様。

「まあ、いいわ」

 彼女は踵を返した。

「それが、UMAと遭遇したときのリアルな反応よね」

 背中で僕らにそう言って、彼女はテントに戻っていく。僕らはその場を動けない。  

 嘘がばれて、どんな態度を取ればいいのかわからない。

 と、首藤にTシャツを引っ張られた。

「ちょっと話があるんだ」

 首藤の目が輝いている。頬をうっすら紅潮させて、視線を美月さんに向け、首を振る。彼女に聞かれたくない話のようだ。

 僕は安曇にも目配せした。

 安曇が、

「美月ぉ」

と声を張り上げた。

「僕ら、もう一回その辺回ってくる」

 嘘をつかれたのを怒っているのだろう。美月さんは、横顔のままわかったと返事をした。



「なんだよ、話って」

 首藤に連れて行かれた岩場で、安曇と僕は首藤に向き直った。

「俺、もう、気が狂いそうなんだよ」

 はあ?と、僕と安曇は顔を見合わせた。

「ああ、ごめん。何からどうやって話せばいいのか……」

 ぶつぶつと独り言を言う。そして首藤は両手で顔を洗うみたいに頬を撫でてから、僕と安曇を交互に見つめた。

「おまえらにも伝えとかなきゃまずいと思ってな」

「だから、何をだよ」

 僕の声は尖る。

「美月さんと俺のことだよ」

 ストンと、胸に錘が落とされたような気がした。目の前の首藤の厚い胸板が、急に眩しく感じられる。

「俺、惚れられちゃったみたいで」

「美月に?」

 裏返った安曇の声に、首藤が嬉しそうに頷く。

 安曇の目がぐるりと回り、それからはっと僕を見る。

「ほんとかよ。知り合ったばっかじゃん」

「運命の出会いってのがあるんだよ。彼女の言葉を借りれば、運命の出会い」

「美月さんがそう言ったわけ?」

 僕が訊くと、首藤はふたたび嬉しそうに頷く。

「いい雰囲気になっちゃったんだよなあ。二人で岩場の探索をしてるとき。だけど、俺は自制心を持って接してたんだよ。でもさあ、彼女のほうが積極的で」

「え、やったの? おまえ」

安曇が叫んだ。

「おい、声が大きい」

 首藤が安曇の口を手で塞いだ。三人同時に美月さんのほうを見ると、顔を下に向けてテントを畳んでいる。何も聞こえなかったようだ。

 もごもごと、安曇が繰り返した。

「いやいや、さすがにそこまでは」

 首藤が顔の前で手を振る。

「一昨日、島民のアリキから聞いた亡霊の話、憶えてるか?」

 安曇と僕は同時に頷いた。

「美月さんと行った荒地は、地獄みたいなところだったんだ。怖かったよ。アリキの話は嘘じゃないと思えた。信じないかもしれないけど、ぼわーっと何かが」

「えっ、マジ?」

 安曇が声を震わせた。

「俺は見なかったけど、美月さんが、キャーッて」

「あの美月が?」

「そうしがみついてきたんだ。俺、もう、どうかなっちゃうかと思ったよ。それで、彼女が俺を見上げて言ったんだ。首藤くん、わたし、何か変って」

 それからしばらくの間、二人は抱き合っていたのだという。僕の胸に落ちた錘は、ますます深く沈んでいく。

 安曇が目を丸くした。

「信じられないな。あいつは昔、男なんかに興味はないって感じで。男のほうも、あいつのこと、頭が良くてリーダーシップがあるとは認めてたけど、誰も女として見てない感じで」

「人は変わるんだよ」

 首藤がたしなめ、三人同時美月さんを振り返った。美月さんは筒状にしたテントを、バイクの上に積み上げている。ピンク色のタンクトップ姿が、そこに光が当たっているかのように華やいで見える。こんなさびしい島にいるよりも、タヒチやハワイにいたほうが似合いそうだ。

「だから、そういうわけだから」

 首藤が僕と安曇の肩に手を置いた。

「彼女と俺の仲を邪魔しないで欲しい」

 肩に置かれた手に、ぐっと力がこもった。まるで力で押さえつけられたような錯覚に陥った。どう贔屓目にみても、僕は首藤の腕力にはかなわない。

「俺がわざわざこうして二人に話すのは」

 首藤はそう言ってから、意味有り気に、僕と安曇を交互に見た。

「安曇と峡が、彼女のことをどう思っているか、俺は知らないし、これからも知りたくないからだ」

 僕の掌がさっと汗ばんだ。それでも、どうにか顔には出さずに済んだはずだ。安曇も何も言わない。

 安曇が首藤の手を払い、ねめつけた。

「おまえ、日本にいる彼女はどうすんだよ。絢香だか里奈だか知らないけどさ」

「美月さんは、あいつらとは違う。美月さんは特別なんだ。いままで付き合った女の子たちといっしょにはできない」

「おまえ、誰かと知り合うたび、同じこと言ってんじゃないの?」

 安曇が言うのは尤もだ。首藤のようなやつは、恋をするたび、初めての恋だというのだ。

「何とでも言え。ともかく俺は」

 夢をみるような目になって、首藤は続けた。

「美月さんとの関係を築いていきたい」

 この瞬間、おそらく首藤の頭から、僕たちだけでUMAを見つけるという目的は消えてしまった。

 チッと舌打ちをして、安曇は首藤に背を向けた。僕も後に続いた。


 

 首藤の告白から、僕ら三人の関係は、微妙な様相を呈し始めた。

 いままでは、僕ら三人の中心は安曇だった。問題が起きたとき、リーダーシップを担うのは安曇の役目だった。なぜなら、僕らの目的がUMAの発見だったからだ。ところが、美月さんの登場で、中心は移ってしまった。彼女の心にシフトしてしまったのだ。

 首藤に釘を刺されたからといって、僕は一度美月さんによって灯された情熱を消すなんて無理だった。首藤に言わせれば、美月さんから首藤に迫っているらしいが、百パーセント信じるつもりはない。

 ふたたび美月さんと散策に出た首藤の後ろ姿を見つめながら、安曇が言った。

「首藤は強引だからな。峡を牽制するために、嘘を言ったのかもしれない」

「僕を?」

「そう。だってどう考えても、あの美月が、亡霊が怖いって男に抱きつく女だとは思えないし、知り合ったばかりの首藤に告ったなんて有り得ない」

「安曇は美月さんのこと、どう思ってるわけ?」

 安曇は不快そうに、口を歪めた。

「別に。俺はああいうタイプ、マジで苦手。昔からそうだった」

 疑う余地はないようだ。

 

 首藤と美月さんが戻ってきた。何やら二人して話し合っている。

 僕と安曇の横に来ると、首藤が言い出した。

「美月さんの提案なんだけどさ、アンダーソン島へ行くってのはどうかな」

「アンダーソン島?」

 意外な提案に、僕と安曇は面食らった。

 アンダーソン島は、ラパ・マケ島から船で三時間弱の、小さな、とても小さな島だ。島民はいない。ラパ・マケ島とは違い、珊瑚礁に囲まれた白い砂浜が伸びる美しい島だ。

 もし、環境汚染に詳しい人なら、南太平洋海流に乗って、世界中の海に漂うプラスチックゴミが集まる場所として、その名を憶えているかもしれない。

「ラパ・マケ島には探索すべき場所がたくさんあるんだよ。何も別の島へ行く必要はないだろ」

 安曇は即座に反対した。

「俺たちがこの島に滞在できるのは、あと四日なんだぜ。三時間近くもかけてそんな場所へ行くのは時間の無駄だ」

 だが、美月さんは強気だった。

「たった三時間弱じゃない。しかもこの島からそれぐらいの距離ってことは、この島のUMAが生息している可能性もあると思うわ」

 それでも安曇が難色を示すと、美月さんは、唇を結んでちょっと考えてから言い出した。

「アンダーソン島の周りにある珊瑚礁は、放射能によって汚染されているのよ」

「エコ問題が好きなんだね」

 安曇が皮肉っぽく言っても、美月さんは眉一つ動かさない。

「事実を言ってるだけ。ここから千八百キロ離れたムルロア環礁で、核実験がされていたのは知ってるでしょ」

「ああ、フランスだろ」

「そう。一九六十年代から七十年代まで、フランスはあの環礁で、四六回も核実験を行なったの。地下核実験も合わせると、もっと数が多いわ」

「それで?」

 安曇が覚めた目を返す。

「除染は完璧に行われたわけじゃないのよ。放射能によって、様々な被害がいまだに報告されてる」

「まさか、ここのスケイルマンは、放射能によって生まれた異形の物だっていうの?」

「考えられると思うわ。ダイオキシンが遺伝子に突然変異を引き起こすのは有名な話でしょ。爆発で珊瑚礁に亀裂が入るほどの衝撃と、大量の放射能が降った場所に、何も起きていないとは言い切れないと思う」

「そういう報告が、フランス政府から出てるわけ?」

「出てないと思う。だって、フランスはずっと放射能汚染の影響を認めてこなかったんだから」

「なあんだ。やっぱり曖昧な話じゃない。放射能によって、スケイルマンみたいな何かが生まれているというのは、憶測の話だよ」

「――安曇、相変わらずね」

 美月さんが目を細める。安曇が表情を硬くした。

「なんだよ」

「昔と変わってないと思っただけよ。いろんな可能性を考えないで、自分の都合のいい話にだけ耳を傾ける」

「何の話だよ」

 怒気を含んだ声を上げた安曇を、美月さんは睨みつけた。

「ともかくさ」

 折れたのは、安曇のほうだった。

「スケイルマンが放射能汚染の影響で作り出された異物だっていうのは、ちょっと飛躍しすぎなんじゃないかって言ってるだけだよ」

 僕もそう思った。僕らが見つけようとしているスケイルマンは、もっと夢のある存在だと思う。

「わかったわよ。ほんとのことを言う。実はね、黙ってたんだけど、情報が入ってるの」

 僕ら三人は、いっせいに美月さんを見た。

「島民から聞いたの。アンダーソン島でスケイルマンらしき生き物を見た者がいるって」

 ええっ?と僕らはのけぞった。

「ほんとかよ」

 首藤が顔をほころばせる。

「それなら、行く価値有りだよ」

 僕も俄然行く気になった。だが、安曇だけは、不審そうな表情を変えない。

「島民って、誰だよ」

「それは言えないわ。わたしにはわたしの情報源があるのよ」

 ふんと安曇が横を向くと、美月さんが僕と首藤を振り返った。

「でもこれでおあいこでしょ。あなたたちだって、アリキに教えてもらった洞窟のことを黙ってたんだから」

 僕たちは何も言い返せなかった。



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