僕の推しには秘密がある

弥生ちえ

『まぶしい夕陽が、長い影をつくる帰り道で、君と僕はこっそりと秘密をつくる』


 僕の推しには秘密がある。


 何故か、いつもちょっぴり後ろを歩く。

 僕の斜め後ろくらい。3メートルくらい後ろだ。


 高校から帰るときはいつも、「夕陽がまぶしくて、君を日除けに遣ってるんだ。ごめんね」

 ――なんて、ぺろりと舌を出して言う。


 僕はもっと話がしたいけど、「同じ学校の人に見られたら揶揄からかわれるでしょ?」

 ――なんて言って、絶対に隣には並んでくれない。


 今日も、まぶしい夕日に目を細めて歩く僕のうしろから、微かに足音が聞こえる。


「ねえ、聞こえてる?」


「聞こえてるよ」


 話し掛ければすぐに返事が返って来るけれど、同じ学校の制服が見えると途端に返事は滞ってしまう。


「ねぇ?」


「……」


 誰も居ないのに返事が無い。

 周りに同じ制服の子は居ない。


 ということは――だ。


 くるんと斜め後ろを振り返れば、途端にあたふたした様子を見せる。


「ちょっ!? 急に振り返るなんて反則だよ!」


 怒り口調だけど、顔は真っ赤で、意味不明に手を胸の前に組んだり、服の裾をいじったりと、落ち着きない。


「ごめんごめん。僕だって、まぶしかったからさ」


「君は、黙って日除けになってくれていればいいの!」


 ムキになる僕の推しが可愛くて、もう少し揶揄からかってみたい気もするけれど、やりすぎて嫌われるのも嫌だから、このあたりで我慢することにする。


 焦った可愛い顔も、堪能できたからね。


「わーった、わーった。大人しく僕は日除けになってるよ」


 不貞腐れたみたいに言ってから「眩しさから守る騎士ナイトと呼んでくれたまえ」とか付け足してみたら、一瞬目を大きく見開いて、ぽぽぽっと頬っぺたを赤く染めるのが目に入った。相変わらず隠し切れない分かりやすい反応で、満足。


「さっさとそうして!」


 案の定、目を吊り上げて怒鳴られたけど、甘そうなピンクに色付いた頬の色は変わらない。はいはい。と笑いながら僕はまた、太陽に向かって歩き始める。


 リュックを背負って、右手はぶらりと下ろして。ちょっぴり外側に開いて振るのはわざとだ。


 素知らぬ振りで、左手でポケットからスマホを取り出す。何となく、何かを見ながら歩いているみたいな、素っ気ない雰囲気をわざと作る。


 だって、そうしないと警戒心の強い僕の推しは、なかなかスキを見せてくれないから。


 僕の後ろから、微かに響いてくる足音を聞きながら、胸の前にスマホを構え、そっと角度や位置を調整しつつ、インカメラに切り替えた画面を覗く。こっそりと背後の様子を伺えば、やっぱりじっと下を見て、時折口元を綻ばせながら僕の右斜め後ろを付いてくる姿が映る。


「あっ、そうだ!」


 大声を出しながら、スマホを下に向けてそっとシャッターを切る。


「なんだよっ、急になんか出して大声出して」


 やっぱり背後のアイツは、慌てながら、けどちょっと赤面しながら怒ったように言う。「ごめんごめん」なんて適当に言いながら、僕はそっとスマホの画面を胸の前に隠しながら、後ろを振り返る。


 怒った顔。


 けど、スマホに映っている地面の写真には、遠近感のちょっとズレた影と影が、手を繋いでいる姿がしっかり映っているはずだ。




 こんなバレバレな秘密を、隠しきれていると思っているところも、


 真っ直ぐ視線を向ければ、緩む口元を隠しきれていない怒り顔をつくってみせるところも、




 全部ひっくるめて、僕の可愛い推しだ。


 もう少し君の反応を堪能したいから、僕の気持ちこそ、君には秘密なんだけどね。

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僕の推しには秘密がある 弥生ちえ @YayoiChie

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