第二十五話「オペラ座の怪人の過去」

「作戦ですか?」


 サトルは、モモに聞いた。


「そうよ。オペラ座の怪人には、弱点があるわ」


 モモは、自分の喉元に指を当てた。


「さすが、女神! 初めてみる魔法だったぞ! こんな魔法は、人間では出せない!」


 オペラ座の怪人が、塵だらけになりながら、立ち上がった。


「さすが、オペラ座の怪人ね。結構強めに引っ張ったつもりなのだけど、ぴんぴんしているわ」


「二度目は、効かないぞ」


 オペラ座の怪人は、剣を構えた。


「二度も、同じ攻撃はしないわよ」


 モモは、大きく深呼吸をする。


 モモ、なにするつもりだ?


「————♪」


 モモの美しい歌声が、劇場内を包み込んだ。


 外国の歌だ。何を言っているかは、わからないが、とても聞き心地が良い。モモは、歌が上手いのか。


「こ、この歌は……!」


 オペラ座の怪人は、モモの歌声を聞いて、動きが止まった。


 オペラ座の怪人に、何が起きている?


「オペラ座の怪人は、ある女性に片思いをしていたの。私は、その女性が出していた歌声を真似したのよ」


「真似したって、オペラ座の怪人は小説内での登場人物ではないのか? 物語の登場人物の歌声の真似って……」


 サトルは、モモの説明に理解が追いついてこなかった。


 オペラ座の怪人の方を見ると、床に膝をつけて、魂が抜かれたような顔をしていた。


「知らなかったの? オペラ座の怪人は、実在する人物がモデルになっているのよ」


「実在する人物!? 本当に存在していたのか!?」


 サトルは、驚いたような声を出した。


「まぁ、史実には書かれていないから、知らないのも仕方ないわね。実際は、存在していたのよ。奇病で顔が変形した、男性歌手がね」


 モモは、オペラ座の怪人を見る。


「その歌声は、クリスティーヌの歌声そのもの……。女神よ、クリスティーヌを知っているのか?」


 オペラ座の怪人は、放心した状態で、モモに話しかけた。


「私は女神よ。人間の過去を調べるなんて、朝飯前よ」


「そうか。なら、クリスティーヌは私が死んだ後、幸せに過ごしたのか?」


 モモは、しばらく沈黙をする。


「ただでは、教えられないわ。この空間魔法を解いてくれたら、教えてもいいわよ」


 オペラ座の怪人は、顔を下に向ける。


「わ、わかった。空間魔法を解除する」


 オペラ座の怪人は、胸ポケットから、魔法陣が描かれた紙を取り出し、破り捨てた。


 周囲の景色が、ガラスのように割れていく。


「約束は、果たしてくれたようね」


 気付くと、東京タワーのメインデッキ内にいた。


『な、なにをしているの!?』


 トトの驚いた声が、デッキ内に設置されているスピーカーを通して聞こえる。


「私の人生は、愛するクリスティーヌに捧げた人生と言っても、過言ではありません。クリスティーヌに関する情報は、なによりも優先すべきこと」


 オペラ座の怪人は、立ち上がって、会話を聞いているだろうトトに向かって言った。


『あなたをメインデッキに、配置するべきではなかったわ』


「トト。仲間に裏切られたからって、ぐちぐち言い過ぎよ」


 モモは、トトの声が聞こえるスピーカーに向かって、言った。


『ね、姉さんに言われたくないわ! 私だって……』


 トトの声が、途中で聞こえなくなる。


 モモを見ると、指をスピーカーに向けていた。


「メインデッキ内の通信機器を、使えないようにしたわ。これで、トトからは、メインデッキ内に干渉することはできない」


 モモは、オペラ座の怪人の方を見る。


「私が死んだ後、クリスティーヌが、どうなったかを教えてくれないか?」


 オペラ座の怪人は、姿勢を正して改まった態度で話した。


「それは、あなたが知っているんじゃなくて?」


「私が?」


 モモの問いに、オペラ座の怪人は首を傾げた。


「自分の指を見てみなさい」


 オペラ座の怪人は、自分の指を見てみた。


 オペラ座の怪人の指に、金の指輪がついている。あんな指輪があったのか、今まで気づかなかった。


「金の指輪……確かに、この世に蘇った時から、金の指輪をしているのは、気になっていた。うっ……大事なことである気がするが思い出せない」


 オペラ座の怪人は、頭を抱えてうめき始めた。


「蘇る時に、複数の魂を取り込んだから、記憶が混濁しているのね」


 モモは、歩いてオペラ座の怪人の前に出る。


「モモ! 危ないぞ!」


 サトルは、無防備に敵の前に行く、モモを呼び止めようとする。


「大丈夫よ。もう、オペラ座の怪人からは敵意を感じないわ」


 モモは、サトルの方を向いて返事をした。話し終えると、オペラ座の怪人の方を向き直す。


「なぜだ……なぜ……思い出せない」


 オペラ座の怪人の声から、焦燥感を感じ取られた。


「私の力を使ってあげるわ。死ぬまでの、自分の記憶を思い出さない」


 モモは、オペラ座の怪人の頭に向けて、手をかざした。


「うぅぅ! そ、そうだ。私は、自分の死期を察しって、クリスティーヌに別れを告げたのだ。そして……」


 オペラ座の怪人が、独り言を呟き始める。


「そろそろ、良いかしら」


 モモが、手をかざすのを辞めた。


 終わったのか?


「そうだ。私は、クリスティーヌに『死んだら、自分の遺体に指輪を付けてくれ』と、頼んだ」


 オペラ座の怪人が、顔をあげると、目から涙が流れていた。



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