サブストーリー「近所に出来たダンジョン①」

 忍者屋敷に出来たダンジョンに向かうまで、残り一日となった。


「ふわー眠い」


 サトルは、起き上がって部屋の時計を確認してみると、午前十一時を指していた。


 もう、こんな時間だ。昨日ていうか、今日の真夜中にミアが来ていたから、いつもより寝る時間が遅くなった。


「喉が乾いた」


 サトルは、キッチンに向かい、冷蔵庫に入っているお茶を飲む。


「あ」


 サトルは、お茶を飲みながら、周りを見渡してみると、部屋のドアが破壊されているのに気づいた。


「昨日、玄関でミアに吹き飛ばされた時、部屋のドアを突き破ったんだ」


 ドアが破壊されるほどの、衝撃波をくらっていたのに、よく無傷で済んだな。


「いや、それよりも」


 ドアの修理代を、どうしよう。


 サトルは、机の上に置いてあった自分の財布を手に取って、中身を確認する。


「現金は、残り五十五円」


 通帳を確認してみよう。この前、配信での収益があったはずだ。


 サトルは、寝室の引き出しから、通帳を取り出した。


「通帳の中は......」


 サトルは、通帳に書かれていた数字を見て、言葉を失った。


「家賃代など全部差し引かれて、残り四千円」


 とても、ドアを修理できる金額ではなかった。この四千円は、食費で消えるから、実質使える金額は無いに等しい。


「また、日雇いの仕事を探すか......」


 これが、底辺ダンジョン配信者の現状なのだ。日雇いの仕事をして、何とか食いつないで、空いた時間をダンジョン配信に回して、チャンネルを育てる。


 サトルは、携帯で日雇いの仕事を探し始める。


「ん?」


 サトルは、一つの求人に目が止まった。


『冒険者求む! 家の地下にある倉庫がダンジョンになってしまった。報酬は現金五万円と、ダンジョン内にある物全部。基本ダンジョンから、魔物が出てこないとは言え、寝るのも怖すぎる。助けてくれ!』


 ダンジョン攻略か、求人に掲載したのも数時間前だ。できたばかりのダンジョンなら、難易度も低いだろう。


「依頼主の住所も、ここから近い。行ってみるか」


 サトルは、求人の連絡先にメールを送り、支度をして依頼先に向かった。




「この家だな」


 サトルは、住所を確認してインターホンを押す。


『はい』


 インターホンから、男性の声が聞こえた。


「求人を見て来ました。冒険者です」


 本当は、ダンジョン配信者だけどな。まぁ、配信しているか、していないかの違いだから大丈夫だろう。


『冒険者様!? 今すぐ行きます!』


 男性の慌てたような声が聞こえたかと思うと、家の中から廊下を走る音が聞こえた。


 そんな、慌てなくてもいいんだが。


「お待たせしました!」


 眼鏡をかけた男性が、玄関のドアから出て来る。


「初めまして、サトルと申します」


「オカダです。どうぞ中に、案内します」


 オカダの表情と、会話のテンポから焦りを感じる。自分の家にダンジョンができると、気が気ではないのだろう。


 家の中に入り、廊下を歩く。


「オカダさん。ダンジョンは、どこにあるのですか?」


「ダンジョンは、リビングの隣にある、地下倉庫です」


「地下に倉庫が、あるなんて珍しいですね」


 海外だと、地下に倉庫がある国もあるって聞くが、日本で地下倉庫がある住宅は珍しい気がする。


「はい。元々ここは、酒蔵だったと聞いています。第二次世界大戦時に起きた空襲で、更地になりましたが、地下倉庫だけが残りました」


「なるほど。酒蔵があった時の名残っていうことですね」


「はい。埋め立てることもできましたが、使い勝手が良くて、残していました」


 オカダは、苦笑いをしながら言った。


 リビングだと思われる部屋を通りすぎると、廊下のとある場所に、物が山のように置かれた場所を見つけた。


「ここ……に! 地下倉庫があります!」


 オカダは、重そうな物をどかして、地下倉庫の入り口を開けれるようにする。


 下は暗くて見えない。しかし、木造建ての家には、不自然な石階段が下に続いている。ダンジョンである証拠だ。


「わかりました。行って来ます」


「お気をつけてください」


 サトルは、持って来たライトを照らして、階段の下に進もうとする。


「あ」


 オカダが、途中で思い出したかのように声を出す。


「どうしましたか?」


「依頼書に書いてなかったのですが、プライバシーのために動画撮影は遠慮してほしいです。最近流行っているでしょ、ダンジョン配信」


 言われてみれば、ここは個人宅だ。配信や動画が話題になって冒険者が押しかけて来るのが、嫌なのだろう。


「大丈夫です。自分は、冒険者なので安心してください」


 サトルは、オカダに笑顔で会釈した。


 ここで、ダンジョン配信者って言うと、依頼主に心配をかける。ここは、最後まで冒険者だと言うことにしよう。


「入口は、帰ってきたら出れるように、このままにしてください」


「わかりました」


 サトルは、ダンジョンの階層に繋がる階段を降りて行った。




「この匂いは、酒の匂いか」


 階段を下って行くと、酒の匂いがしてきた。


 元々酒蔵が建っていたという、今建っているのは住宅だ。特別なダンジョンが出来るはずは、ないのだが……。


「もしかして、酒蔵の名残だった地下室がダンジョン化したから、特別なダンジョンになったのか?」


 そうだとしたら、これだけでも大きな発見だ。


 普通に見えるダンジョンでも、特別なダンジョンである可能性がある。


「調べるのは、手間だが、ダンジョン配信で入るダンジョンには困らなくなりそうだ」


 サトルは、ダンジョンの階段を降り切ると、壁一面に酒瓶で飾られた部屋に入った。


「ここが一階層目だな。ダンジョン配信ができないのが、残念すぎる」


 本当は、一万人越えのチャンネル登録者数の同接を見て見たかったが、仕方ない。久しぶりに、ダンジョン配信無しで、ダンジョンを進むか。


「普通に行くなら、こんなダンジョンは余裕だ」


 サトルは、自信に満ち溢れた表情で、先にダンジョンを進み始めた。


「ここのダンジョン。酒がダメな人が来たら、今頃ダウンしているだろうな」


 俺は、居酒屋の短期バイトもしていたこともある。こういう酒臭い所は、未成年だけど耐性はあるみたいだ。


 サトルは、酒の匂いを気にしない様子で、ダンジョン内を進み始める。


 しばらく、進むと広めな部屋に出た。部屋の中央には、白くて首の長い花瓶がある。


「明らかに怪しいな」


 これは、無視するべきだろう。


「配信も付けていないし、怪しい物は最後まで手を出さなくて良い」


 サトルは、花瓶をスルーして部屋の探索をしようとした。


『スキル:女神選択権が発動されました』


「え?」


 配信付けていないのに、オートスキルが発動した? こういう配信に特化しているスキルは、配信をしていない時は発動しないはず……。


「いや、待て、今発動したスキル『女神選択権』って、言ってなかったか?」


『面白そうなダンジョンに入っているじゃない』


 脳内にモモの声が聞こえて来た。

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