第七話「ル・ファントム・ドゥ・ロペラ」

 その魔女は、木のステッキに、黒のスカート、中世ヨーロッパで見るような黒のマントと黒の服を着ていた。


「君は」


 サトルは、放心状態で、それ以上の言葉が出なかった。


「私は、かの魔術教会で異端児とされている。悪の天使、ミア!」


 あ、この人は痛い人だ。


 サトルは、ミアの発言を聞いて、放心していた心が冷静になった。


「助けてくれてありがとう。俺の名前は、サトル。ダンジョン配信者をしている。ミアもダンジョン配信者なのか?」


「もちろん。我が魔眼が、サーカスのダンジョンができたと知らせてくれたからな! これは天啓だと思って来た!」


 同業者と出会えて、良かった。だいぶ変わっているが。


 サトルは、立ち上がり、ピエロの看板を見る。


「ぎくぅ!」


 ピエロの看板は、焦ったような声を出す。


「オークが倒れてしまったな。それに、お前は俺をだまして、殺そうともした」


「あれー? そんなこと、したっけなー?」


 相手が看板だから表情はわからないが、口調からして焦っているのはわかる。


「あんたとのお遊びも終わりだ。早く次の階層に行かせてもらうぞ」


 サトルは、ピエロの看板に向けて、剣を振りかぶる。


「ちょ、ちょ、ちょっと待った! 通す、通すから、俺を殺さないでくれ!」


 ピエロの看板が、そう言うと、近くの壁の一部が消えて、階段が現れた。


「そこのピエロの看板。私に問題を出していたのは、お主か」


 ミアは、そう言うと、ピエロの看板に近づいて行く。


「ミアも、同じ試練を受けていたのか?」


「うん。サトルの隣にあった部屋で受けた」


 このワンダーフロア。部屋が二カ所もあったのか。


「あ、あぁ。そうだ。俺は、同時進行でやっていたからな」


 ピエロの看板が、そう言うと、ミアは杖の先に、大きめな火の玉を作り出した。


「それを聞いて安心した。心置きなく、お主を処せる」


「な、な、な、何を言っているんだ? や、やめろ!」


 ピエロの看板は、焦った声を出す。


 ミアは、なんで、そんなに怒っているんだ?


「お前は、私のパンツの色を、問題にした! そして、リスナーの前で恥をかかせた、お前に生きる道はない!」


 それは、怒るな。このピエロ看板、とんだセクハラ野郎だ。


「だだだ、だって、ここは俺のワンダーフロアだ。下からも、覗けるから見るに決まっているだろ! スカートできた君が悪い!」


「言い訳は、聞かない! ファイアーボール!」


「ぐわあああ!」


 ピエロの看板に、火の玉が直撃し、看板は燃え上がった。


 一体パンツは、何色だったんだろうか?


 サトルは、ふと自分のコメント欄を見る。



 :速報、ミアのパンツは黒。ミアのリスナーから、教えてもらった。

 :でかした、軍曹



 ミアのパンツは黒だったみたいだ。コメント欄、便利だな。


「ん? サトル、どうした?」


「あ、いや何も」


「そう? 鼻の下が伸びているように見えたのだが、気のせいか」


 危ない。気づかれたら、今度は俺が火だるまになる所だった。


「そ、そういえば、ミアって、次の階層に進むのか?」


 サトルは、これ以上深く聞かれないように、話題を変えた。


「行くに決まっている。私が今回の配信に書いたタイトルは、『ダンジョン攻略するまで、耐久配信』。魔眼の眼を持つ者として、偽りの配信なんかできない」


 なかなか、ハードな条件を配信タイトルにしているな。


「実は、俺もダンジョンの攻略を目指しているんだが、パーティーを組まないか?」


「お、いいのか!? 心強い!」


 ミアは、嬉しそうな表情をした。


「ミア。ダンジョン攻略まで、よろしく頼む」


「うむ! よろしくなのだ!」


 サトルは、次の階層に続いているとみられる、階段がある方角を見る。


「ミア。次の階層に進もう」


「うむ、わかった」


 サトルとミアは、次の階層を目指して、階段に向かって歩き始める。


 ミアは、中二病だが、魔法の威力は高い。それだけでも、心強い。


「サトル。一つ聞きたいのだが、質問いいか?」


 ミアは、サトルの方を見ながら質問をする。


「ん? どうしたんだ?」


 サトルも、ミアの方を向いて聞く。


「ピエロは、英語で発音すると、キングじゃないのか?」


 あまりにも、純粋な表情で質問するミア。


 この先、大丈夫なのか?


 サトルは、心の中で頭を抱えた。




 次の階層に進むと、大きなフロアに辿り着いた。階段から対角線上にある壁には、巨大な水晶玉が、埋め込まれている。


「あれは、ダンジョンコア?」


 このダンジョン、三階層しかなかったのか。


「なぬ、もう最深部? やはり、できたばかりのダンジョンは、階層が浅かったか。もう少し、育ってから来るべきだったかもしれない。これだと、私の耐久配信が———」


 ミアは、思った以上に早くゴールしてしまったせいか、独り言を呟き始めた。


「撮れ高のために、ダンジョンコアを、邪眼の力を使って破壊すれば、私の視聴者は満足してくれるかもしれない」


 ミアは、さっきまで魔眼と言っていたのに、邪眼と言っている。明らかに動揺しているな。


「ミア。魔眼じゃないのか?」


「ひぅ!?」


 ミアは、体をぴくっと動かして驚いた。


 自分の設定が、ずれてしまったのが、よほど恥ずかしかったのだろう。ミアが、俺の方を振り向いた時、顔を赤面させていた。


「しゃ、サトル。私が、邪竜から受け継いだ魔眼の力で、ダンジョンコアを破壊しても構わないか?」


「あ、あぁ構わないが」


 ミアは、「ありがとう」と礼を言うと、ダンジョンコアに向かって歩き始めた。


「ミア、気を付けろ。 ここは、ダンジョンの最深部だ。なんの仕掛けがあるのかわからないぞ」


「大丈夫なのだ。いざとなれば、我が魔眼の力で何とかなる」


 ミアは、自信ありげな表情で、ダンジョンコアに向かって進む。


 大丈夫なのか?


 自信ありげに進むミアを、サトルは心配な気持ちで、見送っている。


「レディース・アンド・ジェントルメン!」


 さわやかな男性の声が聞こえた瞬間、フロア内は暗闇に包まれた。ダンジョンコアの前に、丸いスポットライトが照らされる。


「なんだ!」


 サトルは、剣を抜き構える。ミアも杖を構えた。


「皆さん。こんにちは」


 白いスーツと黒いワイシャツに身を包んだ男が、スポットライト内に現れる。顔には、不気味な笑顔で描かれている仮面をしていた。


「何者だ。あんた?」


 サトルは、突然現れた男に話しかける。


「何者とは、こっちのセリフ。自分のダンジョンコアに近づこうとする輩の方が、何者だと言いたい」


「主は、ボスか」


 ミアは、杖の先端に火の玉を作り上げた。


「いかにも、私は、このダンジョンの主として、ダンジョンコアから生み出された存在である! 名前は、そうだな、オペラ座の怪人とでも名乗ろう!」


 オペラ座の怪人と名乗る男の手には、古びた本が一冊握られていた。


「オペラ座の怪人。フランス人の作家によって、創作された物語に出て来る登場人物」


「おぉ! よく知っているではないか! そう私は、この手に持っている本から生まれた魔物! タイトル名は、『ル・ファントム・ドゥ・ロペラ』。フランスで百年以上前に発刊された、オペラ座の怪人の小説だよ」


 オペラ座の怪人は、持っている本のページをめくる。


 このオペラ座の怪人。『本から生まれた魔物』って、言ってなかったか? どういうことだ?


『あー、あー。聞こえる?』


 サトルの脳内にモモの声が響き渡る。


「モモか。あのダンジョンボス、本から生まれたと言っていたぞ」


『えぇ、配信越しで聞いていたわ。厄介な相手ね』


「書物から、魔物が生まれることなんてあるのか?」」


 書物から魔物が生まれるなんて、初めて見た気がする。


「サトル。主は、誰と話している?」


 ミアは、不思議そうな顔をしてこっちを見る。


「今、女神と話している。ミア、無理しないでいいから、オペラ座の怪人と話して、時間を稼いでくれるか?」


「女神と話す! 主は、天の使いなのか!? わかった。任せろ! 魔眼の力を受け継ぐ者の名において、私は指名を全うする!」


 なぜか、屈折した伝わり方をしてしまったが、気にしないでおこう。


「中学生の時、オペラ座の怪人を読んだことがある。仮に、書物で登場する、オペラ座の怪人が元になっているなら、やつは自己承認欲求が強い。それなら、あいつのことを持ち上げるように話せば、時間を稼げるはずだ」


 確実とは、言えない。だが、最初の登場の仕方や振る舞いを見る限り、書物に登場するオペラ座の怪人をモデルにしているのは、間違いはないだろう。俺の記憶の中にあるオペラ座の怪人とは、違う所もある気がするが。


「わかった。オペラ座の怪人よ! 我が名は魔眼の眼を持つ、魔女ミア! 私の魔眼は何でも、見通せる力が存在する! 恐れても、もう遅い、この魔眼にターゲットとして、認識されたのだからな」


 ミアは、自分の眼を指さしながら言う。


 最初会った時と、自己紹介が変わっているぞ。てか、ダンジョンボスに、そんな自己紹介をしても、効果あるのか?


「ま、魔眼! 私が死んで、二百年余り、そんな力を持つ人類が誕生していたのか!」


 オペラ座の怪人は、演劇をしているかのようなショックの見せ方をする。


 効果が、あったみたいだ。中二病のミアと、オペラ座の怪人。案外、話が合うかもしれない。


『そっちは、時間が稼げそうね』


「あ、あぁ。なんとかな。それで、話は戻すが、書物から魔物は生まれるのか?」


『あるわ。これは、ちょっと超常現象な話になるけど』


「超常現象?」


『えぇ、ダンジョンが新しく出来るのに、必要な要素で死んだ人間の魂なのは知っているわよね』


「あぁ、知っている」


『その死んだ人間の魂には、感情があるらしいのよ。女神である私でも、魂の感情まで知ることはできないから、本当なのかはわからない』


「仮に、死んだ魂に感情があるとして、小説が関係するのか?」


『人間が使う言葉で言うと、『共感』って言うわ。ダンジョンが生成される際、周りにある地上の物も取り込まれる。恐らく、あの小説も取り込まれたものよ。取り込まれた小説などの物語に、死んだ魂が共感すると、それを具現化させてしまうことがあるの』


「そんなことが」


 ダンジョンができること自体、超常現象的だが、物語の登場人物が具現化するなんて、ダンジョンは、なんでもありなのか。


『サトル。あいつを倒すには、あいつが手に持っている本を焼くか、切り刻むなどして、原形無くすしか方法がないわ』


「ダンジョンコアを破壊するのは?」


 ダンジョンの魔物なら、ダンジョンコアを破壊すれば倒せるはずだ。ダンジョンコアの破壊は、ダンジョンに住む魔物達には死に直結する。


『残念だけど、無理ね。オペラ座の怪人は、書物に憑りついている。ダンジョンコアによって生み出されたけど、独立した存在になっているわ』


「本を破壊するしか方法ないのか」


 サトルは、ミアと会話をしているオペラ座の怪人を見る。


 ミアとオペラ座の怪人は、俺とモモが話している間、ずっと話していたみたいだ。


「私の魔眼は、覚醒すると熱風を起こす! 少しだけ、見せてやろう!」


 ほんのり暖かい風が、フロア内に優しく吹く。

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