第五話「不思議な階層・ワンダーフロア」
パン! パン!
サーカスダンジョンの第二階層に入ると、クラッカーが盛大に放たれる。サトルの体には、クラッカーの中に入っていたと思われる、紙吹雪と銀のテープなどが降り注いだ。
「なんだ?」
サトルは、思わず立ち止まってしまう。サトルの正面には、ダンジョンの壁に巨大なピエロの看板が打ち付けられていた。
「ようこそ、いらっしゃいました! 二択の間へようこそ!」
巨大な看板が喋り始めた。
「まさか、ワンダーフロア!」
ワンダーフロア。通称、不思議な階層。動物園や水族館など、変わった場所にできたダンジョンに、できやすいフロアだ。階段を目指して進む、普通の階層とは違い。そのフロアで、出題される試練をクリアしない限り、次の階層に進めない特徴がある。
「さぁ、このフロアでのお題は『二択問題』。このピエロが出す、お題を三つクリアできたら、次の階層に通してあげるよ」
ワンダーフロアに出会った時のために、ダンジョンから脱出できる魔法陣が描かれている紙は、バックに入れてある。いざ、危険な状態になれば、バックから取り出して、脱出すれば良い。
「挑戦する」
「お、良い心がけだ! では、まずは第一問から行こう!」
ピエロの看板前に、サーカス団員風に仮装したゴブリンが二体、看板を持って現れた。
「第一問! ここのダンジョンに入っている人間は、何人?」
一:一人
二:二人
ゴブリンが選択肢を提示する。
「二の二人だ」
「ピンポーン! 正解だ!」
ピエロの看板が消えて、次の部屋に繋がる通路が現れた。
さっきまでいた、ゴブリンの姿も見当たらない。ワンダーフロア、やはり常識から
サトルは、通路を進み、次の部屋に進む。
「いいね! いいね!」
陽気な声が聞こえると、ピエロの看板が、逆さまになって現れる。
「なんで、逆さまなんだ?」
「やっぱ、ピエロは常に予想つかないことをしないとね! 逆さまで現れるなんて思わなかった!?」
ダンジョンに入っているのか、本物のサーカスの演目を見ているのか感覚がわからなくなる。
一年間ダンジョン配信をして、ワンダーフロアに出会ったのは、これで四回目。普通のフロアと違い過ぎるのが、共通点だが、それ以外は全く共通点がない。この二択形式のワンダーフロアなんて、初めて出会ったぞ。
「次のお題を出してくれ」
今は、目の前のことに集中だ。考えても、無駄なことは極力頭の中から除外しろ。
「せっかちさんだね! わかった、次のお題を出すよ!」
ピエロの看板の前に、白紙の掛け軸が二つ現れた。
「問題! ピエロは、フランス語での呼び名。では、英語ではピエロのことをなんていうでしょう?」
白紙の掛け軸に、文字が浮かび上がった。
一:クラウン
二:キング
なんて、簡単な問題だ。答えは、一のクラウン。
『スキル:リスナー選択権が発動されました』
「こんなタイミングで!」
「ん?」
サトルが、突然叫んだことに、ピエロは不思議そうな声を出した。
:きたきた!
:俺も、問題に答えたい!
コメント欄を見ると、リスナーは歓喜に溢れた声を出していた。それに反して、サトルは内心、不安感が増していく。
「リスナー頼む。ちゃんと、正解を選んでくれ」
:任せて!
:もう、答えは分かっている。(眼鏡くいくい)
『リスナーの皆さん。これから上げる二択のどちらかを選択して下さい。一:クラウン 二:キング』
答えは一だ! とサトルは、叫ぼうとする。しかし、声は出なかった。
喋れない!? この選択が出されている間は、喋ることができないのか? いや、さっきは、喋ることができた。
とある女神:選択肢が出ている間は、喋ることできないようにしといたわ。こっちの方が、面白いでしょ?
余計な調整をするなー!
女神モモらしき、コメントに、サトルは内心叫んだ。
『リスナーの投票が終わりました。投票結果は、二:キングに決まりました』
サトルの体は、意志に反して、キングと書かれた掛け軸を取った。
「リスナー、覚えていろー!」
:笑笑
:wwww
「ぶぶー! 正解は、一:クラウンでした」
サトルの背後で、何かが壊れる音が聞こえた。
振り向くと、壁が崩れている。
「ぼふー!」
壁が崩れた時に出たであろう、砂煙の中からオークの叫び声が聞こえた。
「あいつ、まだ追いかけていたのか!」
逃げ場所がない。戦うしかないのか。
サトルは、腰に差していた剣を抜く。
「不正解の罰ゲームは、オークと決闘!」
サトルとオークがいる部屋内に、いくつものギミックが現れた。
「なんだ、これは?」
サトルは、周囲を見渡す。
赤いボタンに、垂れ下がっている白い紐、鏡など、怪しい雰囲気がする物ばかりだ。
「オークは、魔術師じゃないと倒せないからね。ハンデとして、オークを倒せる仕掛けを用意したよ。フェアにしないと盛り上がりにかけるだろ?」
ハンデということか。
「侵入者である俺に手をかすような、ことをしていいのか? 俺が、この剣でオークを速攻で倒すかもしれないぞ」
「ないない。だって、君、オークを倒せるような強さに見えないもん。人間は、俺に遊ばれているのが、お似合いさ」
こいつ、本性を出しやがったな。よく考えれば、こいつは魔物が化けている道化師だ。人間を欺いて、欺いて、窮地に追い込んだ時に本性を出しやがった。
「よく、言うじゃねえか。このピエロの看板を粉々に砕いて、ダンジョンコアを破壊してやる」
サトルは、ピエロの看板に剣を向けて、宣言をした。
:なんか、このピエロうざくない?
:看板の癖に、人を見下しているよ
コメント欄にコメントをしているリスナーも、怒っている。
さっきまで、悪ふざけしていた、コメントだったのが嘘のようだ。
「みんな。このピエロ野郎むかつくよな?」
コメント欄には、「むかつく」、「燃やしたい」など、サトルの言う事に肯定する意見であふれかえっている。
「おふざけも、ここまでにして、協力して、ダンジョンを攻略しないか?」
:鎧を脱ぎますよーっと
:ちょっと、牛乳を飲んでくるわ
コメントをしているリスナー達は、やる気が充分だ。
「ぼふふ」
オークが、サトルに近づいて来る。
サトルは、瞬時に周囲を見る。
「一番近いのは、鏡と赤いボタン。どっちのギミックを使う?」
『スキル:リスナー選択権が発動されました』
来たな。俺のユニークスキル!
サトルは、オークに向かって、剣を構えた。
『リスナーの投票が終わりました。投票結果は、一:鏡になりました』
サトルは、鏡に向かって走り出す。
「ぼふー!」
走り出したサトルを見て、オークは走って追いかける。
「このギミックをくらえ!」
サトルとオークの姿が鏡に映る。
その瞬間、オークの動きが停止した。
「これは、魔物縛りの鏡か!」
サトルは、この状況を好機と判断し、動けないオークに向かって、走り出す。
「俺の渾身の一撃をくらいやがれ!」
サトルは、剣を上に振りかぶり、オークに向かって力任せに振り下ろした。
:いけー!
:終わらせろー!
コメント欄も、一致団結する。
「ぼふ?」
オークは、不思議そうな顔で、サトルのことを見る。
「なっ」
振り下ろした剣は、オークの腹で弾かれた。
:カス
:あの盛り上がりを返してくれ。
コメント欄は、非難の嵐だ。
「おい、リスナー。一緒に盛り上がっていただろー!」
サトルは、リスナーに向かって叫ぶ。
「ぼふー!」
オークは、叫んでいるサトルに待たせる暇を与えず、棍棒を振り下ろした。
「うわ!」
サトルは、慌てて、オークの攻撃を回避する。
ここから近い、次のギミックは、垂れ下がっている白い紐と、赤いボタン。
『スキル:リスナー選択権が発動されました』
サトルが、ギミックを認識するのと同時に、スキルが発動した。
「リスナー。次こそ頼む!」
サトルは、信頼をリスナーに託す。
リスナーは、アナウンスに投票を、お願いされると、投票していく。
『リスナーの投票が終わりました。投票結果は、垂れ下がっている白い紐』
「さっき、白い紐を引っ張って、そいつが出て来たんだぞ。大丈夫なのか!?」
サトルは、投票結果を見て、慌てる。コメント欄は、サトルの焦りと裏腹に、「大丈夫だよ」、「俺達を信用して」と肯定的な意見であふれていた。
「同じ罠を連続で仕掛けるはずがないって考え方か。わかった、俺はリスナーが言っていることを信じる!」
サトルは、垂れ下がっている白い紐に向かって、走った。
「オークを倒せるようなアイテムを出て来い!」
サトルは、叫びながら白い紐を引いた。
「ける」
「けるける」
サトルの頭上から、人をあざ笑うかのような声が聞こえた。
「なっ」
サトルは、慌てて上を向くと、ゴブリンが数体、天井から落ちて来た。
「残念―! それは、モンスタートラップだ!」
ピエロは、人を見下すような口調で話す。
:ごめん
:本当にすまん
コメント欄は、謝罪のコメントで埋め尽くされていた。
これで、「笑」とかのコメントが流れていたら、本当に怒ろうと思ったが反省しているなら、仕方ない。目の前の問題を、リスナーと一緒に切り抜けよう。
「気にするな。今は、目の前の問題を対処するのが先だ」
かっこつけて言ったのは、良いが、どうするべきだ。
サトルは、周囲を見る。
ここにいる魔物は、ゴブリンが三体にオークが一体。俺の近くには、白いボタンが一つある。試しに押してみるか。
サトルは、魔物達に目もくれず、白いボタンに向かって、走り始める。
「何か、出てくれ!」
白いボタンを押す。
すると目の前にあった壁が崩れて、通路が現れた。
「行くしかない」
サトルは、迷うことなく壁の向こうにあった通路に走り出した。
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