第43話 夢

 暖かな空間。


 其処は、彩り華やぐ花畑の中心であった。


 紅毛の少年と黄金色の青年が身を寄せ合って、仲睦まじく弾んだ会話を交わしていた。


「ねぇねぇ、兄ちゃん」


「ん?どうした?ヒロ」


 青年の膝の上に乗る少年が、見上げながら端々に高揚の感じられる疑問を問い掛けた。


「なんで、勇者になろうと思ったの?」


「フッ」


 まるで、待ち侘びていた問いを得たかのように、ほくそ笑んで少年を優しく抱きしめる。


「それはな、目の前の助けを求める人に、もう大丈夫だよって、伝えてあげるため……かな」


「目の前の人?」


「あぁ、大勢の人たちのためじゃなくていい。目の前にいる大切な人のためだけに、剣を振るう。今の俺はそのお零れが偶々、他の人たちにも分け与えちゃったって感じかな」


「目の前の人……か。それって、もしかして兄ちゃんの恋人?」


「フッ、このー分かってるくせにぃ!!」


 少年の脇腹をくすぐって、二人は花畑に寝転がって、甲高い笑い声が響き渡る。


 だが、一人の厳かな面持ちの兵士が、平然と草花を踏み躙って、二人の前に姿を現す。


「アーサー・ノースドラゴン!王陛下がお呼びだ」


 二人の笑みは音も立てずに消え去って、青年は、先代勇者はヒスロアを抱きしめると、まるで死地に向かう顔つきで、謁見の間に歩みを進めていった。


 一人残されたヒスロアは、徐に天を仰ぐ。


「……神様っていないのかな」


 頬に涙が伝う。




「っ!?」


 目が覚めると、私は冷然なる床にむざむざと突っ伏し、眠りこけていた。


 慌ただしく起き上がり、周囲を見回した。


「ようやっとお目覚めですか。ぐっすりでしたよ。さぞ、夢心地が良かったんでしょうね」


 だが、壁に背を支えるように身を預けて、凭れ掛かった案内人の姿しか見当たらない。


「彼は、いや勇者は!?く、傀儡も……」


「あぁ、それなら俺が殺しましたよ」


「……は?」


 その発言通り、案内人の足元には、確かに土や泥が周囲に散乱していた。


「まぁ、現実でも夢心地なあんたには分からないでしょうね。俺たちの気持ちなんて」


「まさか、彼は!」


「えぇ、もう行きましたよ。剣と魔法瓶持ってね」


「そんな馬鹿な……彼は、彼は勇者の筈だろう!」


「勇者だって人間でしょう?それに、『勇者とは称号ではなく生き様だって』、どっかの誰かが偉そうに宣ってましたよ?」


「自分のやっている事が、どれだけの人間が犠牲になるのか、分かっているのかッ!!」


「そんな怒鳴らないでくださいよ。傷に響くでしょう。それにね、これはお返しなんですよ」


「何?」


「俺を魔物から助けてくれた分と、家族を助けられなかった分のね」


「……貴様、出身は何処だ?」


「北ですよ。小せぇ村に生まれた、ただの案内人。つーか、良いんですか?こんな所で、油売ってて」


「不要な心配感謝しよう。だが、既に私の分身が彼を追っている」


「なーんだ、そうだったんですか。でも、間に合いますかね?あんたがビビって遠くに、配置してたでしょう?あの分身」


 口数の減らぬ案内人に歩み寄っていき、水晶なる眼球を抉り取るように抜き去り、徐に取り付ける。


 虚ろな右目に強引に押し込んで。


「いってぇー。ちょっとは優しくしてくださいよ」


「貴様は、後でゆっくりと嬲り殺しにする。それまでは、其処で大人しくしておけ」


「そりゃ、おっかない。でも残念。もう動けませんし、何なら死んでるかもしれません」


「……」


 いつまでも醜悪な笑みを浮かべ、血反吐を吐く案内人を置き去りにし、駆け出した。


「やれやれ、どいつもこいつも……そんなにハッピーエンドが好きかねぇ」


 その言葉を最後に耳にして。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る