第42話 世界の真実
「外見の割に、意外と中は綺麗ですね」
「掃除くらいしか、する事がなくてね」
壁に埃一つさえ無き本棚をずらっと並べ、まるで泥の人形のようにふらついた勇者を、柔く背凭れの付いた椅子に腰を下ろして、案内人と言葉を交わす。
「あぁ、すまない。君と私の席は無いんだ。其処らへんに座るか、魔法で勝手に作ってくれ」
「構いませんよ、俺は立ってますから」
たった一つの出入り口の壁に凭れ掛かり、腕を組んで怪訝な形相を浮かべながら、周囲に目を配っていく。
「残念ながら、面白い物は何も無いよ」
「そりゃ残念。期待してたんですがね」
そう言いつつも、机に置かれた魔導書を、その背後で静かに佇む傀儡を、そして、私を鋭い眼差しで突き刺した。
「随分と強そうな傀儡ですね、いつから作っていたんですか?」
「数日前に決まっているだろう?君たちの来訪に備えていたものだからね」
「……」
「……」
「それにしても、龍で始まった魔法世界が、龍の騎士である勇者の手によって、終焉へと向かっているのは、皮肉かなんかですかね」
「ほう、よく勉強しているじゃないか」
「否応なく、そっち方面の分野は、うるさい教師にありったけ叩き込まれましたからね」
「余程、指導力のある人だったのだろう。事実を誤ったまま、教える教師も少なく無いからね」
「まぁ、もう魔物に殺されて死にましたがね」
「そうか。それはさぞ、辛かっただろう」
「そうでもないですよ、短い付き合いでしたからね」
「……」
まるで屍のように茫然自失で天を仰ぐ勇者の有様に、案内人は嘆息するとともに呟く。
「仲良しのサラマンダー君と精霊ちゃんは、どうしたんです?」
「最後の魔王幹部との戦闘で、皆死んだよ」
それは、不可思議な淡き白息を周囲に漂わせて。
「それは残念、ご冥福を祈りますよ」
配慮に欠けた言葉にさえ反応を示さず、私は長い間仕舞っていた聖水の瓶を机に置く。
「古代迷宮からの聖水だ、少しは楽に……」
その瞬間、机に立てかけられていた剣が、耳煩い音を立てて、地に臥した。
「ん?それは」
「あぁ、同じく迷宮からの賜り物だろう」
「因果なもんだ」
「彼等との今生の別れもその時だろうな」
「恐らくですがね」
「いやぁ本来、幹部ってのは周期が来るまでは、より浄化の必要な各国の地域に封印されている筈なんですがね」
「その前に勇者の元に現れたということは、余程、彼に思い入れがあったのだろう」
「どんな繋がりか知りませんが、選定前からの付き合いだったそうですよ」
「そうか」
「そのおかげで、ヒスロア様の魔力供給のための魔力災害の賜物の一級品の魔物たちも、幹部の一人に一掃されてしまいましたし」
「貴様、いつから見ていた?」
案内人は徐にフードを翻し、水晶なる清澄な片目をこれ見よがしに、私に見せつけた。
「そういう事か」
「にしても、勇者輩出国の主要都市壊滅を、目的とした多額の費用と人員を叩いての幹部産出なのに、これじゃあ北大国は、いつ世界大戦をおっ始めてもおかしくありませんね」
「そうさせないために、私がいる」
「年中引き篭もりの貴方に世界情勢ってのが、解るんですか?」
「無論だ。私本体の肉体のみが此処に縛られているに過ぎないのだから」
「へぇーそうですか」
「それにしても、どうなるんですかね。世界最高の魔力量を誇るヒスロア様の魔力災害は」
「彼の魔力は既にその大半を失っていると、こちらの情報では聞いていたが?」
「えぇ、でもそれはあくまで魔力であって、俺が言っているのは器ですよ、器」
「……」
「今が丁度、半分くらいだから、あの先代様の魔力で、もう半分を満たせると思いますが、いやぁ、もうそれは凄まじいものになりそうですね」
「……あぁ」
「代を重ねていく毎に、魔力量の増大しちゃうせいで、先代様は魔王討伐失敗なんて、濡れ衣を背負う羽目になっちゃいましたし、ヒスロア様はその遥か上を行くんでしょうねー」
「そんな途絶えた道の話はやめにして、これからの事を真剣に話し合おうか」
「これから?これからどうするんです?まさか、四大国と信奉者たち相手に、たった……三人で、偽善のために戦うんですか?」
「あぁ、そのつもりだ」
「流石は末裔様、仰る事が違いますね」
次第に瞼に重石が伸し掛かるように、緊張の緩みか定かはではないが、数年分の睡魔が突然、襲い掛かってきた。
「なんだ……?」
「ようやっと、ですか」
俄かに視界が暗闇に覆われていき、音が緩やかに途絶えていく。
己が床に倒れ込んだ音と、淡々と歩み寄っていく案内人らしき者の足音だけが響き渡り、最後の言葉に耳を欹てた。
「おやすみなさい、偽善者様」
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