第39話 執事の重き想い

「何で、お前が此処に……もう何年も前に、行方不明になったと聞いていたが……」


「そうですね。長い話になってしまうので、簡潔に述べさせて頂きますね」


「あぁ。願わくば、そのまま消えてくれと有難い」


「昔の私は神などと言う曖昧な者には一切、興味を示さぬ愚かなる一人の傭兵でした。数十の戦争経験を経て、数多の研鑽を積んだ、強者の体の一部を収集するのが趣味となり、気付けば、全ての任務を投げ出し、己の快楽のみ没頭する快楽殺人鬼にまで落魄れた頃、私の前に一人の青年が立ちはだかったのです。彼は選定前から自らを25代目の勇者と称し、私との決闘を申し出ました。決して、強さに自信があるようにも見えず、大した戦闘経験も重ねてない学生風情に遅れを取る訳もなく、正直なところ、私の圧勝でした。ですが、最後まで己の携えた体験を抜く事なく、重罪人である私を人として捉えていました。その姿に、そして、その背中を追う貴方の、貴方の勇者たる生き様に、私は魅入られてしまったんです」


「ハッ、イカれ野郎だな」


「そうして、私は彼の右腕にまで上り詰め、ヒスロア様の召使いの命を任されました」


「おいおい、大丈夫かよ。先代様の頭はよ」


 三度、指先を中心に禍々しき紫紺のオーラの魔力が、満身創痍の勇者へ収束していく。


「私は、先代様の、ヒスロア様の願いを無碍にする暗愚な者たちの排除と、その神聖なる行為をより一層、昇華させるべく、北大国を後にしたのです」


 死に際の獣が放つ、最期の咆哮かの如く、鈍い唸り声を上げながら歯を食いしばる。


「ッッッ!!」


「人は縋るものが無くては生きていけない。金、愛、生、神。秩序が保たれた現代では、大半の無知なる人々が知らず識らずの内に、多くの安全と安心を享受しているでしょう。ですが、魔法討伐時、代を重ねる毎に強大になっていく魔力災害と生命の魔物化に、世界は突如として混沌の渦に巻き込まれ、正しさを見失う者たちもそう少なくはない。ですが、そんな時こそ我々を常に守っていた勇者を、魔王を、崇拝すれば、人々に平穏が訪れるでしょう」


「大層な理想論を宣ってんな」


「そう考えた私は、神の使者として、人々の上に立つこととなりました」


「じゃあ、お前は……?」


 己自信が望んでいない筈の問いを投げる。


「えぇ、ヒスロア様。いえ…勇者様。私は、幹部の一人となることに成功しました」


「だとしたら、その身なりはおかしいんじゃないか?それともお前は、その中でも際物の部類か?」


「あぁ、うっかりしていました。勇者様との暗闇での戦闘のままにしていましたね」


 セバスは徐に黒き外套を翻し、其は瞬く間に白皚皚さながらの色へと変わっていった。


「あの時のコレクターか。にしては、随分と人格が変わったように見えるな?」


 ウェストラは矢継ぎ早に言葉を並べ立て、茫然と立ち尽す勇者に頻りに目配せをする。


「見られていたんですか……お恥ずかしい。つい、過去の血が疼いてしまいましてね」


「本当は単なる欲望の解消を目的とした、体のいい口実なんじゃないか?」


「それは有り得ませんよ。何故ならば、私が此処に赴いたのは、貴方の処理故ですから」


「ハッ、そりゃ御大層な任務だ。にしても、布教ってのは、実物にばっかり頼るんだな」


「何せ、信憑性が遥かに高まりますのでね」


「ったく、俺は道具じゃないんだがな」


「厳重且つ慎重に扱いますので、ご安心を」


「死んだ前提で話してんのか?今、もう一人の俺が術を施してるとも知らずによぉ」


「えぇ、その点も視野に入れています。ですが、どうやらその発言には虚偽が見られるようですね」


「さぁ、どうだろうな?」


 ウェストラは緩やかに眼下に視線を向け、大地に臥した身分証目掛けて脚を振り抜く。


 キンッと高らかな鋭い音を奏でて、未だ、茫然自失の勇者の足元に金属音が走った。


 勇者の虚ろな双眸が、僅かに地に傾く。


「アイシアを助けろっ!勇者ァッッ!!」


 その一言に慌ただしく駆け出して、アイシアとともに煌々とした眩い白光に包まれた。


 その刹那、疾くにとめどなく滴り落ちた雫と掌を、光の中から差し伸べんとするが……。


 ウェストラは静かに微笑んで、囁いた。


「じゃあな」


 そして、跡形もなく姿を消した二人。


 遂に両足とも立て膝を突き、徐に天を仰ぐ。


「彼女は私が手を下すまでもないと判断しての事だったのですがね……」


「あぁ、知ってるよ」


「では、何故?」


「あいつは勇者だ、理不尽なんざ何度だって覆すさ」


「そうですね……そうでしたね」


 二人は静かにほくそ笑む。


「いい天気だな」


 光の失った瞳にはもう何も映っていない。


「えぇ、本当に泣かせるような最期ですね」


「そりゃ、何たって俺は西の精鋭だからな」


 最後の足掻きと言わんばかりに引き攣った満面の笑みを浮かべる。


「僭越ながら素朴な疑問を問うても?」


「あぁ、何だ?言ってみろよ、糞野郎」


「何故、兜をなさらなかったんですか?」


「ハッ。そんなの一つに決まってんだろ。あの馬鹿たちと一緒に飯が食えねぇだろうが」


「なるほど、その為に今を捨てたと?」


「あぁ、完全に失策だったな」


「何か言い残したことはありますか?」


「そうだな。叶わないのは分かってるが、やっぱ、みんなにごめんって言いたかったな」


 その一言を最後に首が宙に舞う。


 そして、セバスは虚無に刃を振るう。


 空を切った筈の鋒は緋色の鮮血に染まり、

忽然と黒霧が立ち込めるとともに、黒きフードを被った案内人の首が宙に舞う。


「ご武運を、勇者様」

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