第27話 夜襲と復讐

 騎士団の大半が寝静まった頃、茫然とした目つきの団長が燃ゆる焚き火をたった一人で見つめ、その時を虎視眈々と待っていた。


 そして、不穏な静寂を漂わせて、エルフを除く勇者一行らも同様に、他の焚き火を囲っていた。


「ほら、連れてきてやったぞ」


「すまない」


 大地に坐禅を組んだカースの目には、揺蕩う紅き豪炎ばかりがメラメラと映っている。


「……用はお前か?


「あぁ、そうだ」


 その一言にウェストラは剣幕に変貌していくが、二人はその素顔に目を向ける事なく、言葉を交わし続けた。


「用件だけを述べろ」


「俺は未だにお前の事をひどく恨んでいる。恐らくこの旅が終わった後も、それは変わらないだろう。だが、先日の行動に謝罪の念を伝えに、お前を此処に呼ばせてもらった」


「子供の駄々も慣れている。気にする必要はない」


 ウェストラの面差しは憤りの域を超えて、目元を流れるように覆い隠しながら、延々と嘆息をする。


「ハァ……ほんっとうに馬鹿だ、コイツ」


「先ずは座って欲しい」


「直ぐに終わらせるのなら、その必要は無いだろう?それとも、また勝てもしない弔い合戦の続きをするか?」


「いいや、少しばかり長くなりそうだ」


「何故だ?」


「あのなぁ、いいから黙って……」


「俺の今までを、全てを語りたいからだ」


 ウェストラの慈愛に溢れた言葉を、カースは平然と遮って、威風堂々と吐き捨てた。


「だとさ、さっさと座れよ永劫騎士様よ」


「夜明け迄には終わらせろ」


 そう言い、渋々丸太の椅子に腰を下ろし、続くようにウェストラもその傍らの席に着く。


「俺は数多の種族が現存する世界で、ごく一般的な個体の多い、人として生まれた。だが、皆が俗に云う忌子としての誕生だ。赤子の頃から、顔から四肢の皮膚に至るまで、龍のような柔い鱗に覆われた姿をしていたそうだ。当然、父母も血筋にも龍の混合種等は居なく、俺だけが龍の血を引く存在だった」


「……」


「……」


 誰かがアルベルトに忍び寄っていく。


 団長の背に緩やかに、慎重に、着実に、足音を忍ばせ、揺蕩う刃の黒き影を静かに伸ばしていった。


 その周囲にも数名の人影が闇に潜み、その行方を窺っていた。


「その事実を受け止められなかった父母は、俺を人の寄せ付けぬ狐狸の住み着く山奥へと捨ててしまったそうだ。……だが、乳飲子であった事が幸いし、俺の鳴き声が山々に谺して、数理先の魔族の棲まう地にまで響き渡っていた」


「…」


「その魔族たちは龍の血を引く一族の末裔だった。周囲の国からの迫害から、逃げるように流れ着いていたと云う。南の最果て、確固たる意志がなくては決して辿り着けぬような場所。其処に小さな村を建てて、貧しくも気品失わず、助け合って生きていた」


 団長の背後でピタッと歩みは止まる。


「俺はその地の名であった、セイクリッドと名付けられ、救い出してくれた親子の元で、息子のように育てられることとなった」


 徐に刃を振り翳す。


「何事もなく平穏なまま、数年の月日が経った頃、その親子の元に一人の娘が授けられる。まだ、幼いながらも周囲の物を何でも食べてしまい、うっかり口から溢れ出した炎で、家を焼いてしまうような暴れん坊だったが、無邪気で本当に可愛い妹だった」


「チッ」


 徐々に明るくなっていくカースの様に、頬杖を突いて聴いていたウェストラは、視線を逃げるように他所に目を逸らした。


「ようやっと、一人でも立って歩けようになり、パパやママ、兄ちゃんなんて言えるようになった頃、赤子の龍を肩に乗せた幼い少年が、隣接する村や小国を襲っているという話が、そんな最果ての地にまで轟いていた」


「……」


「情報が絶たれた村だった事と龍の騎士との噂もあってか、村の者たちはあまり気には留めず、いつもながらの生活を送っていた。だが、その次の夜、俺はいつものように山菜やキノコを取りに、一人山奥へと進んでいった。人の灯りの届かぬ所には、絶景の夜空が広がっていたんだ。それを見ようとふと空を見上げれば、無数の火種が天へと昇っていた。振り返るまでもなく明白に、その火の先には俺の、俺に無償の愛を与えたくれていた村があったよ。山賊か、盗賊風情が恐れ知らずに襲ったのだと己に言い聞かせながら、向かっていけば、子供たちの悲鳴が山々に谺した。まだ、ほんの幼い子供たちの声が、酷く耳に纏わりつき、悪夢か何かなのだと思って、辿り着けば、何人もの何十人もの遺体が大地を覆い尽くしていた。其処には、俺の家族の姿もあった」


 振り下ろされた刃が首筋に触れんとしたその時。その者の、オルストラの胸には、不出来な氷剣が、突き刺すような淡き冷気を放ち、深く貫いていた。


「あ?」


 あと一歩、あとほんの僅かに早ければ、あるいは届いていたかもしれない刃は、むざむざと音を立てて、地に臥した。


 遅れて、オルストラの両膝が地に付く。


「……お前の充分な働きには感謝していたよ。今まですまなかったな、オルストラ」


「ぇ、偉そうに口聞いてんじゃねぇよ!!テメェのせいで、俺は何もかも……」


 その氷剣の先には勇者がいた。


「……俺はお前が、ただ羨ましかったよ」


「……。あぁ、知っていた」


 その一言を最期にアルベルトの剣によって、オルストラの首が宙に舞う。


「お前にも凄惨な血に塗れた過去があったのだろう。だが、お前を許せそうにない。これまでも、これからも……ずっと。すまない。本当にすまない。命の恩人に告げていいような事ではないと分かっていたのに、言わずにはいられなかった」


「……お前は、あの時の生き残りか」


 冷徹に見下げんとした一言に、拳を握りしめる。


「あぁ、そうだッ!」


 ウェストラは天を仰ぐ。


「もう時期、夜明けだ。お前らどうせ寝てないんだろ。少しは眠った方がいい。消すぞ」


 呆れるウェストラと怒気の籠った言葉を放ったカース、そして、まるで人形のように一切表情の変わらぬ勇者たちは、暗闇へと覆い隠された。

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