第26話 古株戦士と若兵士の会話

「最近の奴らは、プライドが高いのが多いから仕方ねぇよ。でもまぁ、その面倒な誤解が未だ晴らせてねぇってのは、俺たち被害者連中は報われねぇな」


「フッ、お前もそう変わらんだろう」


「あぁ?別に女に興味なんざねぇよ。人並みの幸せを享受できれば、必要なもんはなーんもいらない。それに、俺はいつまでも爺さんに求婚中だからな」


「儂の秘技を知ろうなんぞ、10年早いわ若造が!」


「なら、10年でも、20年でも喜んでお供しますよ、我が敬愛すべき師団長殿」


 若兵士は言葉を交わしながら、矮躯な翁の傍らに緩やかに腰を下ろして、ニヒルな笑みを浮かべる。


「その頃には死んでおるわ」


「んじゃあ、棺の中から引き摺り出して、無理矢理にでも叩き起こして差し上げますよ」


「全く、老骨に鞭打ちおって。貴様ら若造連中は、もっと儂らを労わるべきじゃろうが」


「なら、さっさとこんな騎士団抜けて、悠々自適に隠居生活すれば良いんじゃねぇの?」


「儂らが消えてしまったら、この騎士団は、本当に逆襲者の一群になってしまうだろう」


「どっちだよ。まぁ確かに、最近の団長はちょっと鼠同然の蛮族兵団員にチョー甘々だからな」


「過去の英雄たちがこの惨状を見てしまったら、さぞ悲しむだろう」


「過去の英雄?一体、何のことだ?」


「結成当初のノースドラゴン騎士団の兵たちは、他国からは龍の騎士として恐れられ、北諸国では神の使者と崇められておったのだ」


「騎士団って、かなり前からあったんだな。俺が入ったのが丁度2年ぐらい前だもんな?やっぱ、過去の騎士連中の方が強いのか?」


「当たり前だ。昔は良かったぞ。貴様のような品も無い者たちもおらず、本当に英雄そのものだった」


「酷いことを平気で言うねぇ、最近のジジイは。じゃあよ、やっぱ団長も今とは違ったのか?」


「当然だ。奴には到底制御できん、強者つわもの共の集まりだったからのう」


「まだ生きてんのか?それともあんたみたいに、隠居生活を楽しんでんのかよ?」


「すぐ側におるだろう」


「え?何処に?ま、まさかオルストラか?」


「阿呆が。彼奴にこの任が務まるか。それこそ、全ての栄光が無に帰してしまうわい」


「まぁ、それもそうか。つーか焦らすなよ。結局のところ、誰なんだ?」


「勇者だ」


「マジか!?」


「猛獣に等しい眼差しに、類い稀な強さと、威厳を持つ姿。あれこそ正しく、龍の子だ」


「へぇー、見る影もねぇな。つうか現に、俺たちに敵対的だったしよ」


「当たり前だ。騎士団の全てを託した者たちが、先代の誉に泥を塗っておっては、儂でさえ教え子たちに容赦なく刃を振り下ろすわ」


「まぁ、それはそうかもしれねえけど……。ちょっとは優しさを見せてもねぇ?」


「アクア、ヒリュウ、エルフ、ドワーフのあらゆる種族とも分け隔てなく平等に接し、騎士の定められし法を侵す者には容赦なく、裁きを下す男だった」


「平等ってのも時に厳しいもんだね。…で、今の団長とどっちの方が良かったんだ?」


「五分五分じゃな。どちらも偏り過ぎておった」


「万能超人とはいかないもんなんだな。やっぱ、今の団長よりも強かったのか?」


「あぁ。比べる事さえ烏滸がましいほどに」


「へぇー。俺たち総出でもキツいのか?」


「今の彼奴は全盛期の十分の一にも満たんだろうが、儂らをこかすことなんぞ、朝飯前だろう」


「じゃあ魔王討伐も楽勝だな、あー良かったぁー」


 心なしか安堵した顔つきを浮かべ、徐に天を仰ぐ。その虚ろながらも潤沢に満ち満ちた瞳には、無数の煌々たる星空が映り込んでいた。


「さて、それはどうだろうな。結果など、誰にも分かりはせんよ」


「そういうもんかね」


「お前も十分、弁えているだろう」


「戦闘には何が起こるか分からない。だろ?まぁ、でも世界最強の勇者様なら、そんなの幾らでもねじ伏せるだろ、多分」


「精々、期待しておこう」


 燦爛なる夜空を早くも見飽きたのか、そそくさと翁の古びた鎧に目を向ける。


「随分と懐疑的だな。……つーか、勇者ってずっとあの鎧着てんのか?何か臭そうだな」


「儂が騎士団に入団した頃から、ずーっと、あの姿だったぞ」


「うえ、マジかよ。じゃああの鎧ん中には十数年分の汚れが、溜まってんのかよ」


「いいや。あれは北諸国が創り出した鎧だ。そんな利便性に欠く代物を造るなど、決してあり得んよ」


「北諸国?あれって非売品だったんだ、そうなんだ。あぁ、そう。へぇー、意外……でも、ないか」


「あの鎧は勇者の数多くの功績を讃え、北諸国自らの意志で、其々の品質を競り合い、生み出された、最高品質の全身装備の鎧だ」


「あ?兜はどうしたんだ?まさか落としたのか?」


「虹龍との戦闘で壊れてしまったらしい」


「マジか。でも、凄えな。俺もいつかはそんな風になりてぇなぁ!!」


「お前じゃ一生掛かっても、無理だろうな」


「んだよ、やってみなきゃ分かんねえだろ。俺の内なる才能が、今にも開花の時を……!」


「ほう、そりゃ大層な夢物語だな」


「夢ってのは大きい方が良いだろ?」


「ハッ、そうかもしれんな」


 翁は静かに笑みを零した。




 そして、水浴びを終えたエルフが艶やかな長髪を靡かせて、木陰の幹に凭れ掛かって眠りにつく、勇者にゆっくりと歩み寄っていた。


「何か用か?」


 徐に目を開き、眠たげな目でエルフを凝視する。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


「いいや、元から起きていた。それで、用があるならば、手短に済ませてくれ」


「いや、水浴びしないのかなって」


「不要だ」


「どうして?実は隠れてお風呂に入ってるの?」


「いいや、この鎧には魔法が施されている」


「……?」


 エルフは不思議そうに小首を傾げる。


「食事、睡眠、排泄、入浴、あらゆる面においての健康状態を維持する庇護魔法だ」


「じゃ、じゃあ全く寝てないの?」


「あぁ」


「どれくらい?」


「この鎧を身に付けたのが、約12年前の戴冠式から3年後の事だから、恐らくその頃からだろう」


「そんなに……。眠いーとかさ、お腹減ったとか!そんな感覚にならないの?」


「もう慣れたよ、耐え忍ぶのは、もう慣れたんだ。だから少しも辛くない、苦しくない、痛みさえも」


「我慢しなくていいのに」


「いつ何時、襲撃が来るやもしれん。そう思っていると、眠ってしまう方が、怖いんだ」


「それじゃあまるで、まるで人形みたい」


「かもしれんな」


 しょぼくれたエルフに天啓が授かったかの如く、晴天なる陽気な表情に変わっていく。


「ねぇ!せっかくだから」


「断る。食も同様に不要だ。俺は此処に居る。用があれば、直ぐに来い」


「……うん、分かった」


 再び、面差しは曇天に包み込まれ、両脚を引き摺りながら、その場を去っていった。


「もう時期、夜更けだ」


 ランタン片手に天を仰ぐ。


「英雄気取り様は何処にでもいやがるな。なぁ、オルストラよぉ、本当にやんのか?」


「あぁ、野郎の情報を手引きする者がいる。その情報によれば、周囲の者と精鋭3人に、そして、彼奴の傍に居るのが最後。合計5だ」


「で、あの勇者様はどうやって引き離す?」


「それも考えてあるから、お前らは黙って配置に付いてろ。決行は皆が寝静まった頃だ」


「へいへい」


「ったく、仲間殺しとは落魄れたもんだぜ」


「まぁ、あの野郎が首領になったのが、全ての元凶。そう思えば、俺たちは被害者みたいもんだろ。ちゃーんと、きっちり責任取って貰わなきゃなぁ」


 燃ゆる炎がパチパチと乾いた音を立てて、無数の火種が空へと昇っていく。


 そんな焚き火を囲う団長と勇者。


「全てはお前の不始末だ」


「えぇ、仰る通りです。恩師殿」


 そんな中、一つの小さな足音が近づく。


 暗闇から姿を現したのは、怪訝な形相を浮かべたウェストラであった。


「話がある、付いて来い」


 その一言に僅かに足に力を込めたアルベルトを視界に入れず、勇者が徐に立ち上がった。


「すぐ終わる。筈だ」


「あぁ、分かった。では、失礼する」


 勇者はリューズを鋭く一瞥する。


 その所作に小さく頷き、勇者はウェストラとともに深き暗闇へと紛れていった。


「ハァ……いよいよか」


 古びた地図を両膝に載せ、物憂げに呟く。

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