第25話 旅立ちと水浴び
「凄まじいな」
「あぁ、世界最強を謳うだけの事はある」
「たった一夜にしてこの有様とは、恐れ入ったよ」
ローレル小国の門前から数里、数千を遥かに上回る魔物の亡骸と土泥が、大地を埋め尽くしていた。
「まぁ、後始末は我々の役目だがな」
一人の兵が、不安げに周囲に目を配る。
「……ウォリンズはどうした?」
「恐らく、まだ兵舎に居るのかと思います」
「私も今朝から彼の姿を目にしていませんね……」
「あいつは人一倍愛国心の強い奴だからな。こんな惨状を前にして、簡単に放り出す訳無いんだが…」
たった数十名あまりの兵士が、数千の魔物の死体処理に悪戦苦闘する最中、ウォリンズも、冒険者たちも、勇者一行の姿さえも見当たらない。
激しく揺らいだ馬車の中で、エルフが煩慮の念を周囲の者たちに漏らしていた。
「あのままにしちゃって、大丈夫かなぁ?」
「さぁな、急に勇者様が我儘言い出したんだから、俺たちは黙って付いて行く他ないだろ」
「でも、何で急にあんなこと言い出したんだろ」
「知らん。本人に聞け」
勇者一行は、騎士団達とともに新たなる地へと、数十の馬車を並べ、輪なる歩みを進めていた。
「ねぇねぇ!」
「はいはい、何でしょうか?」
「ノースドラゴンってどういう意味?」
同じ馬車に同席する、一人の兵団員に問う。
「ったく切り替え早いな、お前って」
「あぁ、それはですね、団長の恩師の名前から授かったものなんですよ」
「へぇー!」
相不変に、エルフは眼を炯々と輝かせる。
「まんまだな」
「あとさ、騎士団って事は、階級があるんだよね?どう決めてるっていうか、その~分かりやすく見せてるの?」
「それはですね、これが表してるんです」
胸に付けた羽根らしき徽章を取り外して、二人の前に差し出した。
「……羽根?」
「龍の鱗にも見えるが」
「これは龍の鱗で翼を模して造られた物なんです。羽根の数によって階級付けされており、団長が5枚、副団長が4枚、師団長が3枚、我々一般兵が1枚、となっているんです」
「お前たちは余程、竜が好きなんだな」
「えぇ!そりゃあ!もう!」
言葉を被せて食い気味に言い放って、目を眩いほどに輝かせながら、顔をすり寄せた。
「近付くんじゃねえよ、変態」
「あぁ、すみません!好きなモノにはつい、興奮しちゃいまして……ははは」
「勇者様の腕を見たら腰抜かしちゃうね。きっと」
「腕?腕に何かあるんですか?」
「うん、それがさぁ、腕が……」
誰かが、口走ったエルフのブーツを足蹴にする。
疾くにその先に目を向ければ、鋭い視線と鬼気迫る形相を浮かべたウェストラがいた。
「っ!な、なんでもない。……あれ?」
「ハァ……?そうですか」
勇者と長が居並ぶ最前線の馬車にて、徐に籠手を外すと、団長は瞬く間に瞳孔を開く。
「あ、あぁ。これが、流石は恩師殿。成すことが我々の考える範疇を遥かに上回りますね」
「まぁ意図して、やった訳じゃないがな」
「だとしても、やはり因果か何かの糸に繋がれているのでしょうな。羨ましい限りです」
「フッ、そうか……。懐かしいな」
「……?」
「昔もこうやって、馬鹿な話に花を咲かせていただろう?」
「……馬鹿ではありませんが、そうですね。あの頃は、全てが新鮮で毎日興奮してばかりで、とても寝付きが悪かったですよ、はは」
「よく言うな。お前のいびきの悪さと眠りの深さには、何度……手を焼いたことか」
「ハッハッハッ!そうでしたかな!」
「もう時期、全て終わる。そうしたらまた、お前たちを連れて何処かに行くのも、有りかもしれんな。まぁ、あればの話だが……」
「その時は地の果てだろうが、地獄の底だろうが、喜んでお供しますよ。互いに生きていれば……ね。ははは」
両者の会話は他の誰よりも弾んでいたが、団長は決して己の得物の鞘を手放さず、勇者は常に右手を空けていた。
「ところで、野営地展は決めているのか?」
「えぇ、此処の地理に詳しい者がおりまして。その通りに行きますと、あと一刻も経たずに、水浴びもできる森林に着くでしょう」
「そうか」
アルベルトはそっと一瞥する。
煌々たる鎧を纏った、勇者の体躯を。
「何だ?何か付いていたか?」
「いえ、ただ匂わないな。と、思いまして」
不思議そうにボソッと囁く。
「……?」
勇者はアルベルトの囁きに小首を傾げながらも、次なる地に向かう前に視線を移した。
波乱が巻き起こるであろう夜が、緩やかにその光の絶たれた影が漂い始めるまで……。
全ての者たちは笑みを浮かべていた。
そして、村程度の森林に足を踏み入れる。
「よし、馬は補給場を確保して休ませ、念のために、全ての荷馬車に結界魔法を張り巡らせておけ!もう時期、夜だ。女から順に水浴びに入ってくれ。男連中はもう一仕事こなしてから、酒浴びだ!!」
「ォォ!!」
「オォッッ!!」
「シャァァッッ!!」
辿り着いた一行は、それぞれの残された仕事に着手し始め、ウェストラとオルストラの二人と勇者たちは、ひっそりと身を隠した。
「精鋭様!」
「ん?」
騎士団の女一群が微笑んで、忙しなく兵団員たちを眺めていたエルフに愛撫するように語り掛ける。
「宜しければ、ご一緒に如何ですか?」
「良いの?」
「是非!」
「……うん!」
その笑みに呼応し、その者たちとともに、茂みの中へと身を潜めていった。
「……へへ!ようやっとか!」
「馬鹿が、静かにしろ!」
水浴びに戯れる緑地へと、足音を忍ばせ、慎重に歩みを進めていく二人の兵団員たち。
醜悪なる笑みを浮かべ、無駄話に刺々しい花を咲かせながらも、決して周囲の人影に対する警戒だけは、決して怠らずにいた。
「何のつもりだ?」
「あ?」
だが、花冠を大事そうに持ったカースが、あと少しの所だった二人の元に立ち塞がる。
坐禅を組んで、暗愚な逆襲者たちに、龍の如く、鋭い眼差しを突き刺した。
静寂。
一人の兵士が息を呑んで、緩やかに得物に手を掛けんとする。
「……チッ!」
だが。
「行くぞ!」
「あ?あぁ、でもよぉ」
「いいから、黙って来い!」
二人は目的地を前にして渋々踵を返して、往来の激しき荷馬車に歩みを戻していった。
「あのような不逞の輩のせいで、我々騎士団の誉が廃っていってしまうのだ」
「まーた愚痴垂れてんなぁ、爺さまよ」
若き兵士が酒瓶片手に、木陰の幹に背を凭れ掛け、静かに目を閉ざして潜んだ、翁へと近づいていく。
「元はと言えば、村の連中との金品と食料の交換の最中、奴等が愚行に走ったせいで、このような事態を招いてしまったのだぞ」
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