第28話 傀儡と新たなる幹部

「ねぇ、なにぃ?もういい夢見てたのにぃ」


 エルフがボサボサの頭をして目を擦りながら、嬉々として茫洋な地に進みゆくウェストラの背に、文句を垂れ流しつつも、しっかりと付いていく。


「お前に相応しい練習相手を見つけた」


「えぇ!?今から訓練するの?」


「当たり前だ!お前は誰よりも弱い上に、東の精鋭だ。少しは自覚を持ってもらわなくては、困るからな」


「……?」


「此処らでいいだろう」


「何が?」


 徐に屈んで、大地に手を当てがった。


「我、世界の覇者に君臨せし英雄の誕生に、今一度、現世の召喚に応じよ」


 詠唱を終えるとともに、大地が盛り上がってゆき、人の形を成す岩や石が形成される。


 それは、段々と凹凸を生み出し、身に付けられし衣服や武器、装飾までもが顕現する。


「これって……」


「あぁ、そうだ」


 傀儡たる勇者の爆誕。


「凄い……」


「これからお前の練習相手はコイツだ。騎士団の連中より、いや、まぁ同じレベルに上達するまで仲良くしろ」


「うん…」


 ウェストラは傀儡を残して、去っていく。


 恐る恐る、歩み寄っていく。


 茫然と立ち尽くす物言わぬ人形へと。


 そして、草食動物のような角の取れたエルフの眼を、鋭い眼差しが突き刺した。


「あぁ、言い忘れていたが、ソイツに傷を付けない限り、一生追いかけて来るぞ」


「え?」


 その一言に目を逸らす傍らで、土の剣が頭上に振り下ろされる。


「あっ……」


 緩やかにその先に目を向け、瞳には眼前に迫った刃が映り込む。


「もう朝か」


 ウェストラは、一心不乱に逃げ回るエルフを尻目に、憂慮の念を脳裏に巡らせていた。


「まぁ精々、頑張れよ」


 それぞれが夜明けを迎えて、次第に喧騒が賑わい始める元へと、歩みを進めていった。




「またご一緒してもよろしいですか?」


 先日の同席していた兵士が、出立間際のウェストラたちに、物腰柔らかに問い掛ける。


「うん、良いよ」


「好きにしろ」


「ありがとうございます!」


 嬉々として、身を浮かすように馬車へと乗り込んでゆく最中、再び最前列の馬車に腰を下ろしていた勇者と団長だったが、末尾には地面に項垂れたカースが乗っていた。


「……外しましょうか?」


「構わない、此処にいろ」


「ヒスロア・ノースドラゴン。だったな」


「……あぁ、そうだが」


 僅かに気怠げそうな眼で一瞥する。


「生き残った俺は、お前の僅かな情報を頼りに、栄光の代わりに情報提供を約束した南の国の為、精鋭として勇者の旅路に加わったのが真実だ。目的の相手がすぐ側に居たとは、思いも寄らなかったがな」


「要件だけを述べたらどうだ?」


 その辟易した勇者の愚鈍なる一言とともに、馬車は緩やかに進み出していく。


「……」


 あまりの舌剣さに手を拱くアルベルトでさえも、勇者に怪訝な形相を浮かべていた。


「あぁ、そうだな。……お前は一度でも、敵国の者の想いに耳を傾けたことはあるのか?」


「無いな。万が一にも敵に同情してしまえば、僅かな隙が生じ、敗北の確率が上がってしまうだろう」


「ならば、お前は人として見ているか?俺たちを、他国の民を、北諸国の住民たちを」


「む……」


 勇者が一瞬の躊躇いもなく口走ろうとした瞬間、全ての馬車が眩い閃光に包まれた。


「全員、避けろっっ!!」


 アルベルトの必死の警告より僅かに早く、全ての馬車は内側から爆ぜるように、粉々に砕け散った。


 その数メートル先、詠唱を終えて黒々と禍々しい足を踏み出したのは、まごうことなき新たなる幹部であった。


 翁の傍らに座っていた若造だけが、馬車から吹き飛ばされてゆき、大地に降り立った。


「なんで、なんで俺なんかのために……ジジイ!」


 本来の姿が見る影もなく粉々になった馬車から、大量の粉塵が舞い上がり、僅かに朦朧と無数の人影が浮かび上がって、揺蕩った。


 その影に歩み寄ろうと、若造が強張った頬を緩ませながら、大きく一歩を踏み出す。


「やめておけ!」


 それを止めたのは勇者の傍らで仁王立ちし、物憂げな表情を浮かべた団長であった。


「な、何故です!?」


「よく見ろ」


 やがて、粉塵が霧散していき、その曖昧な影の容姿の全貌が明らかになっていく。


「な、はっ!?」


「アンデットか」


 逃れる事のできなかった兵団員たちは一人残らず、幹部同様の醜悪なる姿に変えられて、終わりを彷徨う亡霊のように、道連れとせんとする生者たちに、のろのろとした歩みで向かっていく。


 その先には、ウェストラたちがいた。


「た、助かりました」


「礼はいい。さっさと戦闘体制に入れ」


「アンデットなら私が……っ!!」


 そう言い放ち、足竦むエルフは杖を構えながら、アンデットたちに距離を詰めていく。


「やめておけ、高等魔法の中でもリスクの高い大技だ。不用意に扱えば、お前の命でさえも落とす事になるぞ」


「でも!」


「幹部の仕組んだ魔法なら尚の事、此処は、慎重に動いた方が得策だろう」


 そんな忠告に歩みをピタッと止めて振り返ったエルフとは裏腹に、救い出された愚直なまでの兵は、アンデットの群れに走り出していた。


「よせ!」


「捕縛」


 鈍色の一本の鎖が忽然と掌からせり出し、瞬く間に大蛇の如く、螺旋を描いて巻き付く。


 だが、そのアンデットは紅き光を帯びて、内側から燃ゆる焔が吹き荒れて、爆散した。


 そして、兵士諸共囂々たる爆炎とともに、幾多の肉片が爆ぜる。


 僅かな黒煙が俄かに立ち昇ってゆくが、間近に居た兵士の肉体を焦がすのには容易なまでの爆発に、エルフはハッと我に帰ったとともに、長杖を向けて詠唱を唱え出した。


「ヒール!」


 草花が生い茂った大地に、兵士は堕ちた。

 其は焼け焦げた肉塊寸前の体を立ち所に修復し、元のあった傷さえも癒すほどであったが、兵士が目を覚さすことはなかった。


「ねぇ!大丈夫!!」


「もう死んでる、近付くな!」


「何で!?ちゃんと魔法を掛けないとわからないでしょ!!」


「少し遅かったようだ、魂が抜け出ている。それはただの抜け殻に過ぎない、もう諦めろ」


「そ、そんな……」


「それよりも、ヤバいな……」


 ウェストラが額に冷や汗を滲ませ、僅かに武者震いをしていたのは、無数のアンデットの先、謎のステッキを携えた僧侶であった。


「なんで、先代の東の精鋭……サクス・ミリテリアスが此処にいんだよ」


 黒々と禍々しき新たなる幹部は、割れた黄金を帯びた楕円の金貨らしき物を握りしめ、獣の咆哮かのような叫びを上げた。


「ウァァォォォッッ!!」

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