第15話 エルフの修行……?

 信奉者たちの影が跡形もなく消え去ってから、僅かな数分後。再び、茂みから人影を現す者がいた。


 さくさくと草花を踏みしめる音を響かせ、頭に木葉を乗せながらも厳かな面持ちで、長杖を抱きしめて勇者の元へと歩みを進めていく。


「……ハァ。抜け出して来たのか?」


「私は何もしてないから」


「君は充分な働きをした筈だ。瑣末な事に頭を悩ませる必要はない」


「あの時、何でみんな私を狙わなかったの」


「他に割く余裕が無かったからだろう」


「違う!私が、私が敵とすら認識されていなかったから、だから……あんなに驚いてた」


「……」


「もう、おんぶに抱っこじゃ嫌なの!」


「足手纏いを連れ歩くのは慣れている。気にするな」


「っ!」


 頬を赤らめ、下向きに呟く。


「私は…嫌なの。だからっ!だから、お願いします!私に戦い方を教えてください!!」


 大地に触れんとするほどに頭を下げるとともに、目を精一杯に瞑った。


「……」

「……っ!」


 エルフは逡巡する勇者を待ち侘びる。


 静寂。


「……。そうか」


 勇者は徐に周囲に目を配る。


「いいだろう」


「え?」


 疾くにぶんっと髪を振り上げて、忙しなく満面の笑みを浮かべた顔を上げた。


「いいの!?」


「但し、次の国に着くまでの間だけだ」


「うん!あっ、はいっ!」


「ハァ……」


 

 月夜の照らす見渡しのいい開けた場所に身を移した二人は、十数メートルの空けて、言葉を交わす。


「己を守る術、相手を殺傷する術、その両方を同時進行する術を、順を追って教えていく」


「はい!」


「先ずは己を守る術からだ。周囲に仲間がいない場合、出鱈目に盾やら壁やらを作り出しても構わないが、援護が期待できる場合は先程同様、透けた球体状の壁を作ってもらった方がありがたい」


「はい」


攻め込むから、身を守ってくれ。体の一部でも触れれば、即終了だ」


「……」


「構えろ」


 エルフは慌ただしく長杖を構える。


 足元に紫紺の陣を巡らすと同時に、エルフは早々に澄んだ淡く蒼き球体に身籠った。


「相手の動きも見ずに籠るな!!」


「っ!」


「ブースト+テレポート!!」


 エルフの鼓膜に響くように怒号を飛ばす。


 紫紺の陣に重なる白き光の陣。


「そのような技は外側からの攻撃には著しく堅牢だが、内側からの干渉には非常に…」


 瞬く間に一縷の糸らしき物が眼下に迫る。


「脆い」

「えっ?」


 一瞬にして球体の内側に潜り込み、茫然と立ち竦むエルフの背後に佇んだ。


 忙しなく声の元へと振り返る。


「相手の動きを見ることも視野に入れろ」

「はい」


 自らの後ろめたさを苛めるように、グッとした下唇を噛みしめた。


「次だ」


 再び、定位置からの攻防。


 じっと、勇者の一挙手一投足に目を凝らす。


「ブースト」


 紫紺の陣に悠々と足を乗せ、眼前に迫る。


「氷剣」


 掌に霜が降りゆく最中にも、ただ憮然と立ち尽くしていた。


「っ!」


 杖を咄嗟に構えるも、既に氷剣の刃の鋒が首筋を捉えていた。


「棒立ちだぞ。牽制やブラフでもいい、とにかく相手に考える隙を与えるな。詠唱が長いのであれば、初級魔法でも構わない」


「うん」


「次だ」


 かすり傷一つさえ付けらていないエルフは、不思議と沈み込んだ重苦しい感情が取っ払われていた。


 

 三度、攻防。


「蒼!!」


 エルフの杖から猛き蒼炎が荒れ狂う。


 勇者は一瞬の強張りを見せる。


 だが、直ぐに悠然とした表情へ。


「喰え」


 膨らむ籠手が蒼炎を渦を描いて吸い込む。


「アイスフォール」


 勇者の辺り一面に広がっていく氷の床。



 颯爽と砕かれた氷の粒が宙を舞うとともに、泥濘に嵌るかのように沈んでいく。


「爆雷」


 黄金を帯びた一条の光、一閃。


 嵌った泥濘に電光石火の如く一縷の雷光が迸り、囂々たる爆煙が勇者を包み込む。


 草花を含んだ土泥と小石が宙に舞い上がる。


 土石の雨が降り掛かり、カンッカンッ、とぶつかる金属音が絶え間なく鳴り響く。


「ほう、目覚ましい成長だな……」


「そうかもね」


 大地を蹴り上げ、早々に泥濘から抜け出た。


 魔法陣を巡らす事なく、猪突猛進と駆け出して、眼下から土石の壁なる盾がせり出した。


 悠然と正面突破で容易く破りながら、自らの体躯で隠すように氷剣を放り投げる。


 土石の盾を横切るとともに、盾の裏に施された魔法陣が、煌々たる鈍色の光を発した。


「……」


 其の一瞬をかろうじて視界の端に捉えた。


 盾の裏からせり出した鈍色の二本の鎖が、勇者に絡み付くように縛り付ける。


「庇護せよ。スフィアスシールド」


 蒼い球体が勇者を包み込み、大蛇が獲物を貪り食うように、全身の骨が軋みを上げるほどに巻き付いて、離れようとはしない。


「……」

「上出来だ。だが」


「……一歩退け」


 エルフは周囲に目を凝らして、後ずさる。


「っ!?」


 頭上。


 氷剣が僅か一寸先に円を描いて、鼻先を掠めて地に突き刺さる。






「今日はここまでだ」

「ありがとうございました!!」


 深々と首を垂れるエルフを尻目に、勇者は踵を廻らせ、王都へと歩みを進めていく。


「ねぇ、名前は?」

「名前?」


 その一言が、勇者の歩みを妨げた。


「うん!まだ自己紹介がまだだったよね?」

「そうだな」


 勇者は徐に天を仰ぐ。


「アーサー・ノースドラゴン」

「良い名前だね!」


「私のな……」

「君の名はウェストラ・イミテイトだろう」


「へぇ……流石に気付くのが早いな」

「満ち溢れた殺意が言動に出ていたぞ」


「当然だろう。ヒスロア・ノースドラゴン」


 瞬く間に色褪せた白髪とともに、あどけなさの残る面持ちに変わりゆく。


「何故、名を騙る?」

「死人に教えても意味が無いな」


 双方、鬼気迫る形相で得物を握りしめる。

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