第12話 影から出でし鎧武者

 身籠るエルフを不安げに一瞥する。


「外に出した方が良かったんじゃないか?」

「下手に動くよりかは、幾分安全だろう」


「なら、もっと見晴らしの良い場所にするべきだったろうが!!」

「あぁ、全くもってその通りだ。省みるよ」


 玉座の間に飛び交う土石の瓦礫とともに、ぶんぶんと砲声なる拳を振るい回し、未だ弱点の掴めぬ二人は、幾度となく首筋を掠める刃を、息を揃えて紙一重のところで躱していた。


「流石に、魔族に魔力制限は荷が重かったか!」

「あぁ、そのようだな」


「案を出せ!」

「封印石の破壊が最優先だ。いずれにせよ、あの鎧に傷を付けなければ、話にならない」


「その肝心な核が見つかっていないんだろうが……ッ!」

「こんな殺風景な場所に隠し場所など無い」


「つまり……」

「あぁ、恐らくはあの鎧の装飾の何かしらだろう」


「剣か!?」

「鎧の中が空ならば、内包している可能性もある」


「なら…」

「だが、あの剣の禍々しい宝石は、ただの飾りじゃないだろう」


「チッ!俺が隙を作ろう、お前は宝石をやれ!!」

「承知した」


 ウェストラは魔導書を片手に、死が彷徨う最前線へと潜り込んだ。


「喋れないのか?この野郎」


 この場では、全裸に似つかわしい魔法使いに、鎧は禽獣たる黒き眼差しを向けた。


 じりじりと間合いを詰める。


 鎧が大剣を頭上に振り翳し、カースに振るう間際、慎重に進みゆくウェストラに踵を巡らした。


「あっ……」


 そのまま流れるようにウェストラに刃を振るう。


 唖然とした表情で茫然と立ち尽くす。


「なーんてな」


 浮かび上がる影から忽然とせり出す黒き二つの刃が交差し、鎧の兜を掠めた。


 本の僅かに宙に浮く兜目掛け、足を蹴り上げる。


 だが、忽然と鎧の影から現れし者。


 二本の妖刀を携えし武者。


「我、主人の危機にて馳せ参じたり」


「は?」


 蹴り上げたウェストラの右足が、血飛沫とともに円を描いて、ふわりと宙を舞う。


「不遜なる狼藉者よ、切り捨て御免」


「チッ!」


 第二撃の刃を首を目掛けて斜に振るう。


「っっ!!」


 カースは二人の間を割り込むように眼前に入り込み、連なる鱗を纏った右腕を翳した。


「はっ!?」


 剣というには余りにも細く、弱々しい薄っぺらな金属の塊。


 だが、それは龍をも断つ刃と化す。


 刃は柔い葉野菜を切るように、スッと腕を軽々と裂いていく。


 紅き鮮血たる血飛沫を噴き散らし、儚げに無数の鱗が宙を舞う。


 一刹那。


 カースの瞳に映るのは、掌を突き出した勇者の姿であった。


「サラマンダー……蒼ッ!!」


 燃ゆる蒼炎が鎧武者を襲わんとする最中、背に跪く鎧が大剣を盾代わりに眼前に翳した。


 刃にぶつかる焔は、纔かに突き抜ける小火を残して雲散霧消し、パチパチと乾いた音ばかりが鎧武者の兜に当たるだけであった。


「ホーリースピア」


 思わぬ詠唱と伏兵。


 瀬戸際に立たされたカースでさえも、其の声に振り向かされた。


 殻を破ったエルフが樹木たる長杖から、神々しい光の槍を生み出していた。


 凄まじい回転と共に放たれる渾身の一撃。


 避けるには余りにも容易き間。


 だが、それ故にカースの心臓に迫った刃は歩みを止めて、退き下がった。


 一同は一斉に床を蹴り上げて飛び上がる。


 地を抉り取っても尚、回転を止めぬ槍に皆が目を奪われて息を呑む最中、


「……」


 武者だけが鮮血に染まった刃を眺めていた。


「不覚……次こそは必ずや仕留めまする」

「……」


 再び、其々が刃を向ける。


「先ずはあの装飾の破壊からだ」


「あぁ」


「言われなくても分かってんだよ」


「ハァハァ…ッ!!」


 静寂。


「サラマンダー…蒼ッ!!」


 膨らむ籠手から、猛き蒼炎が荒れ狂う。


「この刃に切れぬもの無し」


 流動体を二つに割くように一刀両断。


 勇者は疾くに二人に目配せをする。


 小さく頷くカースと、一瞥するウェストラたちは、失った足を立ち所に再生させ、足並みを揃えて駆け出した。


 鎧は大剣を上段の構えで虎視眈々と機会を窺い、鎧武者は鞘に収めしもう一本の刀の鍔を小突くように爪弾き、刃を振り払う。


 二刀流見参。


 悠然たる二者の立ち振る舞いに、カースは臆すことなく猪突猛進し、其のやや後ろを走るウェストラは囁くように何かを唱える。


「汝、我の求めに今一度、応えよ。聖なる光を帯びて、獰悪を極めし武神を檻に閉ざせ」


 勇者は瞳を瞑って立ち尽くす。


 閉ざした眼前に仄かに浮き出る紫紺の陣。

 氷剣を握りしめ、緩やかに重心を低く落としながら、溜め息を零すように吐き続ける。


「フーッッ……」


 ポタポタと止め処なく鮮血が滴り落ちる。


 全貌が映るほどの血溜まりを作り上げて。


「サンクトゥスカヴェア」


 忽然と煌々たる黄金の眩い光が鎧武者を取り囲む。


 鎧武者は咄嗟に右の刀を逆手に持ち変え、刃を振り投げる。


 カースの耳を貫き、胸元に突き刺さる。


 ウェストラに鋭い衝撃が走り、仰け反る。


「ッッ!10秒…いや3秒だ!!」


「充分だ」


 鎧は勇者の前方に予め刃を斜に突き立てる。


 勇者は徐に目を開くとともに、足を乗せながら首元から水平に刃を振るう。


 一閃。


 瞬く間に鎧の懐に潜り込みながら、双方のぶつかり合う視線。


 決する。


 鎧を横切った勇者と仁王立ちする鎧。


 其れ等の間の頭上に舞う。


 二足の片割れ。


 勇者は膝から崩れ落ちる。


 だが、


 パキッ!っと突き立てた大剣の宝石に亀裂が走る。


「見事」


 其の一言と共に宝石は打ち砕かれる。

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