第11話 王の影

 延々と続いた螺旋階段をようやっと降りた一行。


 彼等を待ち構えていたのは、際限なく続く連なる住宅街であった。


「おぉ!!」


 エルフが一目散に駆け出す中、三人は地に目を向ける。


「此処らで描くか」


「……?何をだ」


「……魔力が吸われている」


「は?」


「何?」


 二人は訝しげに、大地を凝視する勇者に目を向けた。


「来賓へのもてなしにしては、随分と高圧的じゃないか」


「全く気づかなかった……」


「侵略者に対する対策か、あるいは……」


 徐に天を仰ぐ。


「……どちらにせよ、面倒だな。近くに吸収か封印の魔石があるのか?」


「木を隠すなら森の中。魔石を隠すなら玉座の間……だろう」


「つまり、ハンデ背負って戦えと?」


「この程度の足枷に遅れを取るようでは、この先で役に立つとは思えないが?」


「魔法専門の相手に辛辣とは思わないのか?」


「俺も昔は魔法使いだった……」


「……」


「当然、今もだがな」


「妙に話の論点がズレているように感じるんだが……」


「隙が生まれるのなら、出来る限り援護しよう」


 勇者は泰然とした台詞を吐き捨てて、霞むほどに進んでゆくエルフの跡を追わんと一歩を踏み出す。


 その背中を引き留めるように、カースの決して鼓膜には響かぬ程度に、ため息を零すように囁いた。


「それはお前が幼き赤竜を肩に乗せていた頃か?」


「だったら、どうする?」


 音も立てずに立ち止まった勇者は、突き刺すような鋭い眼光をウェストラに向けた。


「いいや、何でも」


 そして、勇者は振り返る事なく、進んでいった。


「行こう」


「暇は黙ってろ」


 地に円たる魔法陣を鮮血で描き終えるとともに、二人は再び不均衡な肩を並べて、淡々と歩みを進めていった。


 どれだけ周囲に目を凝らそうとも、子供の甲高い笑い声も、道路を渡る荷馬車も、露店さえも無い、閑散とした場所であった。


 カースが天高く見上げるほどに天高く聳え立ち、威風堂々たる大扉の前にして、一行は立ち並ぶ。


「ここ?」


「見るからにそうだろうが」


「何故、玉座の間が必要なんだ。これほどまでに平和な場所であれば、必要ない筈……」


「統べる者がいなければ、大衆は正しさ見失い、時に混沌を招く。無論、理不尽な支配も同様に……」


 そう言い、徐に片手で大扉を開く。


 そして、勇者はエルフの影にそっと掌を翳して、囁くように唱える。


「棲まえ、幻影」


「ん?何か言った?」


「いいや」


 ギイギイと囂々たる軋みを上げる大扉が、静寂を漂わせていた玉座の間に響き渡る。


 吹き抜けから隅々まで、疾くに周囲に目を凝らす。


「誰も……いないね」

「あぁ、偉そうに玉座に坐してる野郎以外はな」


 玉座の間に、ただ一人坐した沈黙の鎧。


 眼下に突き立てし大剣を両の手で握りしめ、侵入者を前にしても、一向に動き出す気配のない様子。


 大剣の装飾なる紅き宝玉が、鈍くキラリと輝く。


 勇者一行は慎重に歩みを進めていく。


「今描くか?」


「……いいや。終えてからだろう」


「ん?」


「何を?」


「役立たずは後方に置いておくか」


「いや、この間から出した方がいいだろう」


「すまないが……今すぐ此処から出てくれないか」


 二人は痛いげな仔猫を憐れむかのように、鋭く凛とした眼差しで、目を震わすエルフを突き刺した。


「わ、私しか高等治癒魔法は使えないよ!」


 エルフは真後ろに据え、三者は雁首を揃えて仁王立ち、其々の得物を徐に手に携える。


 大きく一歩を踏み出すとともに、その三人によって破られんとする静寂。


 だが、先に沈黙を破ったのは鎧であった。


 疾くに立ち上がるとともに、三人の視線を糸も容易く横切った。


 残像が微かに視界の片隅に映り、何が宙に舞う。


 彼等が徐に目を向けた先、其処には勇者の右腕が浮かび上がっていた。


「ぇ?」


 ウェストラの絶句。

 カースは疾くに拳を固め、勇者は掌から霜が降りてゆく、ほんの一刹那。


 鎧の握りしめた大剣の鋒は、茫然と立ち尽くしたエルフの喉笛を捉えていた。


「ハァ」


 常々にため息を吐き零している勇者は、エルフの揺蕩う影へと目を向ける。


「颯爽と醒ませ」


 次第にゆらゆらと影が揺らぎ出して、鎧の大剣の薄っぺらな影が容易く禦いだ。


「不覚だ」

「あぁ」


 明確なる遅れを取るウェストラとカースは、煌々たる火花を散らし、金属音を鳴り響かせて鬩ぎ合う二者の合間に潜り込む。


 勇者は氷剣の形成の最中であった。


 カースは肥大化した拳を水平に振るう。

 ウェストラは徐に本扉を開き、書き綴られた字面を流れるように二本指でなぞる。


 鎧は頭上を砲声たる風切り音が通り抜けて、地からせり出す土石の槍を難なく躱わした。


「爆ぜろ」


 槍の鋒が唐突に紅き燈を帯びて、轟音とともに白煙が二人を覆い尽くす。


「ヴァァァァ!!」


 仄かに紅き鱗を顕にした両手を重ね合わせて肥大化させ、容赦なく地に叩きつける。

 

 瓦礫が縦横無尽に飛び交い、更なる土埃が玉座の間を充満するほどに舞い上がる。


「エルフ!無事だろうな?」

「無論だ」


 颯爽と疾風の如くエルフの丹田を抱き抱えた勇者が、吹き抜けの2階に飛び上がっていた。


「うぅ」


「危ないから、此処に居てくれないか?」


 勇者は緩やかに身を下ろす。


「わ、私は……邪魔?」


「すまないが、今回の敵は三人がかりでようやっと互角と言っていいだろう。君は…」


「足手纏い…だもんね。庇護魔法を掛けて、じっとしておくから」


 仄かに青ざめ、引き攣った微笑みを浮かべて、こぢんまりと膝を抱えて蹲る。


 蒼き硝子らしき球体が包み込む。


「付け焼き刃だが、連携はできるか?」


「あぁ!足を引っ張らなければな!」


「ヴァァァァッッ!!」


「魔力制限が思いの外、厄介だな」


 慌ただしく周囲に目を配る。


「封印石は!?」

「保護色…いや別の物に扮しているだろう」


「チッ!なら、さっさと壊せ!」


 縦横無尽に暴れ回る暴君たるカースに、ウェストラは手を焼くことながら、俊敏に鋭い刃を的確に振るう鎧に、悪戦苦闘していた。


 周囲に目を泳がせて手を拱く勇者は、二者択一の選択に迷っていた。


 傍らに名ばかりの堅牢を纏った少女と、一刹那さえも生死を分ける二者との優先順位を。


「……使うか」


 徐に大剣を握りしめ、鎧を注視する。

 不安定に伸縮し、稀に眩く鋭い眼差しを浮かべるようにさえ見える影。


「ルクスのために。ルクスの…」


 ただ一人ぶつくさとほざき、逡巡する。


「長考してる場合か!」


「あぁ。すまない」


 そう言い、渋々降り立った。


 掌に凛とした淡き霜と結晶が降り掛かりながら。

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