第10話 最深層
勇者とエルフは慎重に歩みを進めていく。
エルフはチラチラと目を泳がせて、勇者の仏頂面を逐一窺っていた。
緩やかに宙に振り抜く右腕の籠手の欠損は、見る影もなく修復し、心なしか装甲が薄くなっていた。
そして、突然、視界が開けるとともに、煌々たる灯火が二人を包み込んだ。
「わぁ!わ!わ!わーっっ!」
道の果てを過ぎて尚、死に急ぐエルフは宙に足を乗せ、勇者はそんな宙ぶらりんのお転婆娘のローブを握りしめて、感慨深く言葉を漏らす。
「ようやっと……」
幾層もの出入り口が繋がり、広がりし空間。
天から燦々たる太陽光が降り注ぐ、新緑生い茂った大樹が聳え立っていた。
「8階層か」
壁の至る所に穴ボコがあり、眼下は遥か先まで幾重にも重なる濃い緑葉が、大地を覆い隠していた。
「全部繋がってるのかな?」
「あぁ、全ての道はこの世界樹に繋がっている。此処の遥か下に迷宮の守護者がいる」
「随分と詳しいね」
「一度、潜ったことがあるからな」
「え?」
「何だ?」
「行ったことあるんだ」
「あぁ」
「一人?」
「いいや、数人とだ」
「どんな!?」
露骨に声のトーンを上げる。
「ただのパーティだ。魔法使い、僧侶、戦士、剣士。そして俺はそのお供だ」
「えぇーいい……」
エルフは喉元にまで出掛かった言葉を呑み込む。
勇者は静かに何かが突き立てられていた、眼下に目を向けて、哀愁漂わせる顔つきへと沈んでいく。
「行こうか」
「うん」
勇者はエルフを抱え、宙に身を移した。
エルフは閉じた口を両手で必死に塞ぎ、勇者が空いた掌を大地に突き出す様を一瞥する。
そよ風たる突風が草花たちを押し除けて、淡々と降りてゆく。
「フライ」
数多の花々が華やぐ花畑が迎える大地の寸前に、ふわりと二人は浮かび上がる。
「おぉ!」
勇者は強かに生い茂る華麗な花々を容赦なく踏み躙って、悠然と降り立った。
「あっ!踏んじゃ駄目!」
「なら、何処に降りればいい?」
捻るようにひしゃげる花々を目の当たりにした、エルフは四肢を振り回して暴れ出した。
「分かった。もう十分理解したから、暴れないでくれ」
そう言い、勇者たちは渋々、幹に身を移した。
「これでいいか?」
「うん」
そっとエルフを下ろして、大樹に背を凭れ掛かけた。
「ん?」
花畑の先には建造物たる大きな両扉が、禍々しいオーラを放って佇んでいた。
「あれ?守護者の部屋って」
「あぁ、まだ螺旋階段と地下都市が待っているがな」
「地下都市……?」
「何度も言うが、此れ等は本来、人類の居住地の筈だったんだ。無い方が不自然だろう」
「そっか。じゃあその先にいるの?」
「恐らくな」
「……来ないね二人とも」
「此処で待っていれば、そう遠くない内に来るだろう。今は少しでも身を休めておけ」
「うん」
エルフも同様に、やや勇者とは離れた幹に膝を抱えて凭れ掛かった。
妙に重苦しい間が続く。
けれど、小鳥の羽音とともに囀りが響く。
暖かな陽気とそよ風が、大樹の木の葉を戦がせ、エルフの艶やかな長髪を靡かせていた。
向日葵のような華やぐエルフの頭に、木漏れ日が差していた。
「明かり?」
「あれは人工太陽だ。地下への無作為な魔力供給が半永久的に継続させている」
「そうなんだ」
「あぁ」
「何で地下都市に造らないの?」
「魔力生成した紫外線は毒性が強いのだろう」
「ん?それって魔法が毒みたいなものだから?」
「そんなところだ」
「……。あの二人、ちゃんと来るかな」
「仮にも精鋭と謳われた者たちだ。この程度で死なれてはこちらが困る」
「そっか、そうだよね。うん」
そして、大地に囂々たる鈍い音を鳴り響かせて、土埃とともに蔑ろにされた草花が舞い上がった。
「っ!?」
エルフは捕食者に見つかった草食動物のように、慌ただしく身を跳ね上げる。
「お前…いい加減にしろよ」
「すまない」
土埃に仄かに浮かび上がる、エルフは見覚えのある二つの人影と聞き覚えのある声に耳を動かして、笑みを溢しながら、徐に立ち上がった。
「両翼があるだろうが」
「その時が来るまでは、まだ使えない」
「今この瞬間がそうだろうが!」
「大丈夫ー!?」
満面の笑みを隠しきれずにいたエルフは、二人の元へと疾くに駆け寄り、土埃に潜り込んでいく。
「ハァ」
土埃に紛れても尚、包み隠せぬ堅牢たる禍々しい大扉に目を向けた。
大扉の瞼無き眼が、ギョロギョロと周囲を見渡し、突き刺す眼差しを向ける勇者とぶつかり合う。
途端。
紅き瞳から燃ゆる涙が頬を伝う。
とめどなく緋色の鮮血が滴る最中に、勇者は強かに静寂なる不敵な笑みを浮かべて、呟く。
「リターン」
突然、大扉の眼が爆ぜる。
噴き出した硝煙が眼球を立ち込めて、その眼下にはボトボトと肉塊らしきものが地に落ちていった。
勇者は徐に立ち上がり、三人の元へと歩み進めていく。
「休憩を挟むか?」
「誰に言ってる?」
「不要だ」
「大丈夫!」
「そうか。ならば、行こうか」
一瞥する一行を横切って、大扉の前へと歩みを進めていった。
勇者を尻目に、三人がたわいもない雑談を交わす最中にも、勇者はそっと手を当てる。
「……錯乱だけか」
露骨に口角を下げながらも、石造同士が擦れ合うような軋みを上げて、大扉を片手一本で軽々と押し出した。
そして、闇が続くばかりの道を開いた。
「これが……大賢者か」
それは一驚を喫して不意に零れた畏敬の表れか、あるいは──。
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