第9話 魔族と白髪
時同じくして……。
半円たる隧道に鳴り響く、二人の足音。
「名は…?」
「あ?」
「お前には名が無いのか?」
「何で俺が、魔族風情のお前なんかに……」
「カース・アルマーニ。それが俺の名だ」
「……ハァ。ウェストラ・イミテイトだ」
闇夜が続くばかりの道すがらに、不均衡の肩を並べて、淡々と歩みを進めていく。
「ハァ・ウェストラ・イミテイトか?変わった名だな」
「違うに決まってるだろうが!」
「人間流の冗談のつもりだったんだが」
「笑えねえよ」
「……あの二人は無事だろうか」
「恐らくな」
「あの少女には、強さを一切感じなかった」
「あぁ、なら尚の事、要らぬ心労だろう」
「…?」
「あいつは名ばかりの勇者だが、露骨にあのエルフを気にかけていたからな」
「そうか…」
「あぁ」
カースは張り詰めていた緊張が解れたのか、ホッと胸を撫で下ろした。
「何だ?」
ウェストラは訝しげな眼差しで、徐に一瞥する。
「お前……赤竜の血を受け継いでいるな」
「ならば……どうする?」
「ただ訊いただけだ、気にするな」
「そうか」
「お前の瞳にも小細工が施されているように見えるが、それは義眼か?」
「俺の眼ではない。それだけだ」
「そうか……。お前も色々とあったんだな」
「上っ面程度で理解した気になるなよ」
「あぁ。すまない」
壁に凭れて眠りにつく傀儡が、闇夜から忽然と姿を現し、二人の足音によって目を覚ます。
巨躯たる泥人形が地響きを起こして、慌ただしく起き上がり、二人の行手を阻んだ。
「……ゴーレムか」
「チッ」
「俺がやろう」
「死に際に瀕するまで、助けをするつもりはない。俺に無様な姿を見せるなよ、アルマーニさんよお」
「それで構わない」
カースは前傾姿勢で駆け出すとともに、両の拳を固めて、下から掬い上げるように振るう。
ブンっ!と空を破るかのような風切り音とともに、拳は風を振り払う。
「っ!」
ゴーレムは巨躯の身ながら、敏捷な身のこなしで眼前迫っていた拳を軽快に躱して宙に飛び上がる。
「…」
ウェストラは徐に壁に手を触れる。
「馬鹿が」
そして、天井から無数の不恰好な鋭い槍がせり出した。
天井スレスレに飛び上がったゴーレムに容赦なく突き刺さるが、依然勢いは止まらぬまま、拳を振り翳して、ウェストラへと迫った。
「ハァ……。万物を無に還されし歴代勇者の栄光にして呪縛なる強大な力を、我が手に宿したまえ。律せ」
振り下された拳がウェストラに触れる寸前、閉ざした口を開く。
「解」
その一言に泥人形は原型を無くして、ただの土と泥に帰した。
そして、その土を徐に口に運ぶ。
「プッ!」
軽い咀嚼を終えると、唾を多分に含んだ土を、勢いよく吐き出した。
「食えたもんじゃないな」
「何をしてる?」
歩み寄るカースの疑問に、怪訝な表情を浮かべて、言葉を返す。
「随分と魔力に疎いんだな。魔力ってのは殺した相手の血肉の一部を喰らうと、魔力総量が著しく上昇するんだよ」
「他者の血肉を……だと?」
その一言に眉根を寄せて、拳を骨が鈍く軋むほどに握りしめ、怒気の籠った腕を小刻みに震わせる。
「あぁ。考案したのは俺じゃないがな」
「風貌は?」
「あ?」
互いの鋭い視線がぶつかり合う。
一刹那の静寂。
先に沈黙を破ったのは、ウェストラの方であった。
「紅毛で煤汚れた鎧に、禍々しい紫の長剣を携えた、薄汚い野郎だそうだ」
思いの外、あっさりと答え、地に散らばった土泥に視線を戻す。
「他は?」
「さぁな」
「他は?」
「もう知らん」
「他は?」
何度も問い続ける。
辟易したウェストラは、役立たずの顰めっ面を浮かべたままのカースを横切った。
だが、一瞥する。
「ッ!……」
紅き鱗が連なった背中へと。
「そういえば赤龍をいつも肩に乗せていたらしい」
「赤龍だと?」
「あぁ、まだ赤子同然だが」
「そうか」
カースは思い詰めた様子で地に俯く。
その様を一瞥しながらウェストラは静かに視線を切って、前へと歩みを進めていく。
まだ見ぬ地へと。
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