第6話 古代の地下迷宮と罠の行く先

 勇者一行は、鬱蒼とした精霊樹林を進んでいた。


 草の根を、蝶よりも花よりもそっと愛でるように丁寧に掻き分けて、慎重に歩みを進めていく。


 さくさくと草花を踏みしめるような音と滅入るほどの翠緑が続くばかりで、一向に迷宮の入り口が見えてこないことに痺れを切らしたエルフが、長らく閉ざしていた口を開いた。


「ところで、古代の地下迷宮って何?」


「大賢者の遺物、過去の地下都市の名残だそうだ」


「地下都市?」


「全人類の移住を目的とした大規模な計画だったそうだが、真相は定かではないな」


「でも今、私たち地上に住んでるよね?」


「大方魔物の侵入が原因で、断念したのだろう」


「へぇー、そうなんだ!ところで大賢者って誰?」


「与太話に花を咲かせている場合か?ハァ……っ!お前!まさか戦闘経験が無いのか!?」


「うん」


 三人に戦慄が走る。


「は?」


 最初に言葉を漏らしたのは勇者であった。


「……え?何?」


「東の連中は何がしたい?何が目的だ?」


 エルフは不思議そうに、面々を見回す。


 白髪は引き攣った苦笑を浮かべて、魔族は口を噤み、勇者は血走った眼を地に向けていた。


 勇者は無愛想極まっていた仏頂面をあっさりと剥がし、骨張った小さき肩に両手を乗せ、指先の節々に力を込めた。


「な、何?」

「……決して傍を離れるな!絶対にだ!!」


「うん……」


 勇者の狂気を孕んだ面差しに気圧されたエルフは、息を呑みながら小さく頷いた。


「そんなに戦力を割きたくないのかね。流石は東の国、やる事なす事皆目検討つかないな」


 一呼吸終えた一行は、再び歩み出した。


「なんか樹蟻の巣みたいだね」


「そうだな」


 土泥で塗り固められたかのような縦に建てられし筒状の入り口に、エルフはキラリと目を光らせる。


「これ作ったのって誰?」


「そう何度も恥を晒せるか?普通」


「フローズ・クライスターと四人の弟子だ」


「ん?あれ?……って!誰も言わないから、つい忘れちゃってたけどさ!まだ、みんな自己紹介してなくない!?」


「そうかもしれないな」


 勇者たちはエルフをあしらい、迷宮の入り口への第一歩を踏み出そうとしていた。


「え?そんな流すような内容?結構大事だと思うんだけど!!」


 慌ただしく追いかけるエルフと、黒洞々たる闇夜の道行きに、進まんとする歩みを躊躇させる三者。


「どうしたの?」


「……」


「ねぇ!早く行こう?」


 最初に其の先に踏み込んだのは、エルフだった。


 一閃。


 一行は一瞬にして白き眩い光に包まれた。


「チッ!おい!馬鹿僧侶!!」

「馬鹿じゃない!」

「誰でもいいから、しがみつけ!」

「転送か」

「あぁ、恐らくだが。術者は相当の手練だろう」

「呑気なこと言ってる場合か!早く逃げ……」


 勇者一行は皓皓とした濃い輝きの消滅とともに、跡形もなく消え去った。





「ハァ……」


 隧道たる暗闇に双方、仁王立ち。


 怪訝な表情の勇者と、長杖を突き立てし老夫は、数メートルもの距離を空けての鋭い睨み合いが、転送から始終続いていた。


「御仁、此れは貴方の仕業か?」

「左様」


 色褪せた白き短髪は、黒き外套を仄かに靡かせ、皺の際立つ細い双眸で不敵な笑みを浮かべていた。


「ならば、剣を交えようか」


 瞬く間に掌に凛とした清澄なる霜が降りてゆく。

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