私と東京の100日戦争 外伝
柊 蕾
第1話 ワッキーの鍵を駅で探す話
「あー、やっちゃった……」
ジュンク堂で購入した1000円バックを漁り、深いため息を付く。
「自転車のスペアキーもうないんだけど……」
目の前に止めてある銀色に輝く十年来の相棒「ワッキー」を見つめながら呟く。
いつもなら、涙を堪えながらも「ワッキー」と別れ、後日スペアキーを作成して家まで持って帰るのだが……、
「ここ、有料駐輪場だしなぁ……」
今回ばかりはそういう訳にもいかなかった。
私が今ワッキーを止めているのは駅前にある一日100円もする駐輪場。
もし、「ワッキー」を放置すれば、ペナルティとして追加料金を取られてしまうのだ。
昨日、友人に対抗するため調子に乗って、10,000円以上する香水を購入した私にとって、それは避けなければならない出費だった。
「はぁ、担いで運ぶしかないか」
そう言って、ワッキーを抱きかかえる。
しかし、
「おっもぉぉぉぉぉおおおお!」
普段、PCと睨めっこしている事務職員にとって、ワッキーを抱っこして帰るのは至難の業だった。
「……もしかして、駅に落ちてたりしないかな」
いつも鍵を入れている場所の近くには定期入れがある。
もしかしたら、定期をかざすときに落としたのかも……。
うん、そうに違いない。
間違いないな。
流石私、これは偏差値180だ。
「フフ、勝ったな!」
突如舞い降りた天才的なインスピレーションに感動しながら、駅に向かう。
そして、
「あ、あ、あの、あの!」
緑の窓口にいた駅員さんに震えた声で話しかけた。
「はい?! どうかしましたか?」
「いやー、その……」
「……?」
やばい……。
最近、事務の人達としか話してなかったから会話の仕方が分からない。
しかも、話すって言っても直接じゃなくてメールでのやり取りだったしなぁ。
「えー、あの、そ、そのっ!」
軽いパニックを起こし、ちいかわ状態になっていると、
「何かお困りごとですか?」
こちらの事情を察したのか、駅員さんが優しく微笑み、声をかけてくれた。
「あ、はい!」
流石一流企業の社員。
就活の時「DXってアメリカのワシントンのことですか?」などと意味不明な発言をし、その場を凍りつかせてしまった私とは次元が違う。
この人に聞けば解決しそうだな。
そう思い、ホッと息を付きながら、言葉を続ける。
「その……、自転車を落としちゃったみたいで」
「なるほど……。って、はい?!」
「……?」
何でそんなに驚いてるんだろ?
「あの、それって本当に落とされてますか? 盗まれたのではなく?」
「いやー、盗まれてはないと思いますけど……。盗む人なんているんですか?」
「はい。よく聞きますけど……」
「へー、変な人もいるんですね……」
「はぁ……」
都会は怖いなぁ。
自転車の鍵なんて盗んでどうするんだろ。
そんなことを考えていると、
「ちなみに、落とされたのは駅近くの駐輪場ですか?」
駅員さんが何やら困惑した様子で声を発した。
「いえ、たぶん駅の中だと思いますけど……」
「駅の中?! 持ち込んだんですか?」
「え? はい」
「それは、『改札まで』ということですか?」
「……? いえ、普通に改札の中に持ち込みましたよ?」
「え! 入ったんですか?! ホームに!!」
「え? ダメんですか?!」
「ダメだと思いますよ……。その、社会常識的に……」
「そうなんですね。知らなかったです」
まじかー。
そんな暗黙のルールがあるなんて知らなかった。
もう社会人になってから半年以上経つけど、分からないことが増えていく一方だなぁ。
そう唖然としながら立ち尽くしていると、
「もしだったら防犯カメラで確認しましょうか? そんなに大きいものを持ち込んだのなら多分映っていると思いますし……」
「え? いえ、バックの中に入れていたので映っていないと思いますけど……」
「ば、バックの中?! キャリーとかですか?」
「そうではなく、普通に今持っているバックですけど……」
そう言って、「ZYUNKUDO」と書かれた微妙なデザインのバックを見せる。
すると、
「こ、この中に?! どういうこと?」
駅員の人は何故かうめき声をあげた。
そんなにジュンク堂が珍しかったのかな?
都会では蔦屋書店の方がポピュラーなんだろうか。
都会っ子ぶってジュンク堂のバックなんて買うんじゃなかったと後悔していると、
「あっ!!」
「……?!」
駅員さんが声をあげた。
「すみません、落とし物ってもしかして『自転車の鍵』ですか?」
「はい、そうですけど……」
「あー、なんだ良かった。ですよね! おかしいと思ってたんです!!」
「……?」
状況が掴めず困惑する。
あれ、私最初っからそう言ってなかったっけ?
……。
もしかして……、
「あの、私最初なんて言ってました?」
「『自転車を落とした』と仰ってました。ブフッ……」
「え、あーーーー。スゥーーーーーーーー」
「ふふ、今確認してきますね」
「あ、はい。お願いします……」
間違いに気づき顔を赤らめながら下を向く。
道理で変な反応をされるわけだよ……。
やっぱりコミ力って大事なんだな……。
そんなことを考えながら地面を見つめる。
この後、せっかく探してもらったにも関わらず、自転車の鍵は見つからなかった。
そこで、温かい飲み物を買おうとしたところ、財布の中からチャリーンと音を立てながら鍵が落ちてきてしまった。
この時間、そして私の恥じらいは何だったのか。
私は朝、コンビニに立ち寄った際、財布の中に鍵を突っ込んだ自分を恨み続けるのだった。
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ご覧になってくださった皆さん、ありがとうございます。
もし、少しでも面白いと思ってくださいましたら、長編作品もご覧いただけると嬉しいです。
体況が悪くカクヨム投稿は止まっていましたが、順次再開予定です。
長編は週一、100日戦争は月一くらいで投稿を目指しています。
無理せず頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。
私と東京の100日戦争 外伝 柊 蕾 @fuyunisakuhana
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