Episode.16...Junk parts are getting together by the noble will.

<銀杏苗 side>

「嬢ちゃんはオジサンが守ってやる―――だから、安心しな」そう言って出て行ったあのオジサンの影は忘れもしない。

見も知らぬ暴力団の幹部の娘として振舞うようになったのは、初めての体験だった。

それから平和が訪れ、大学にも通えるようになったある日、彼と出会った。

「やあ、久しぶり銀杏さん。元気してた?」

そんな愛する彼の気さくな会話を他所に私はどこかに失くした星の砂の瓶を探していた。

銀杏財閥(トップクリエイター)の愛娘は一千年の寿命をも持つとされてきたのはこの星の砂(せいめいいじそうち)を持っていることで発揮されてきたのだ。

それが福井で発見されたとの通報を受け、私は三番街の大学病院で暴力団員の娘として振舞うようになった。何せ、ある麻薬取引の現場に偶然娘が現れたとして事件のニュースで報道されかねないため、いっそ身代わりとして、三番街の大学病院で入院していることにしておいてほしいようだ。

財閥としてあのくらい部屋の中で純粋培養され育った身としては、またあの暗い部屋に戻って躾を受けるのは絶対嫌だった。それになんとなく危ない橋を渡っているようで面白い。仕方のない取引だったが、受け入れることにした。

病院でヤクザの人達と会話するのは面白かった。何せ毎日が生き死にの連続だったからだ。そのうち私もこの世界に染まりたい、と思い始めていたうちの出来事だった。

「あなたが銀杏苗(いちょうなえ)さん、ですね?」そう言われ、重い体をふるい起して起き上がる。すると、長身の細身のボロボロの真っ黒なコートを着た男が立っているではないか。その周りにはかっこいい男の子と、制服を着た女の子、後高い背の女性が立っていた。

かっこいい男の子は渉と呼ばれた。すると、あのときのオジサンが紫の亜空間からやってきた。

「よお、お嬢ちゃん。もうこの病院から足を洗ってもいいんだぜ、ほらよっ」そういって投げたのは星の砂だった。

丁度良かった。この星の砂さえあれば、もう体の異常に悩まされることはない。

「その様子じゃあと一歩で天国に行きそうだったんだな。大丈夫。もうこのオジサンが守ってやるからな―――じゃあ、探偵さん、ちょいと面貸してみな」オジサンがそう言うと、探偵の銃を奪い、自らのこめかみに突きつけた。

「おいおい、何やっているんだ。お前の愛娘ってこいつのことなんじゃないのか?」

「こいつは銀杏財閥の愛娘さ。純粋培養されるのが嫌だから家出したいとの申し出があってな。わしに娘なんぞおりゃせんよ、わっはっは」

「じゃあ、あのくるくる回った飛行機は?」

「―――気のせいか何かじゃねぇのか、お兄さん。あばよ」そう言って、銃の引き金を引いた。

極彩色の光が降り注いだかと思えば、オジサンの存在がどこかへと忽然と消えてしまった。地獄に落ちるのであれば、この紫色の空間に戻るだけで済んだ話だったがそうではないみたいだった。

「あのおっさん、銃で撃って、天国(ヘブン)と地獄(ヘル)、どっちに行ったんだ?」

「さあ?……下らない奴の中にも良い行いをする人間もいたものね。始めて知った」そういうのは彰子と呼ばれたお姉さん。

「じゃあ、お代はこのお嬢さんの家族から払ってもらおうか」

「……金なら、一杯あります。言い値を払いましょう」

「前代からのツケが残っていてね、それも払ってもらおう。300万ほどだが」

「ええ、結構です」

リノリウムの廊下をスリッパで歩く音が聞こえる。物音を聞きつけたのだろう。

「何事ですか、あなた達は。……何?喘息が治った。そんなわけあるか!……本当だ。気管支に異常が見当たらない。明日にでも退院の手続きを取りましょう」波闇健三医師が言った。

「……その星の砂。君のお守りか何かなのかい?大事そうに持っているが」

「銀杏家の秘宝なんです。これを持っている者はあらゆる難病を治し、不老長寿に導くとされています」

「そうか……お大事に」飯尾武は言った。

「オジサンに会わせて頂きありがとうございます。後は彼に会うだけです」私はそうお礼を言った。

「彼って?」玉城香さんは言った。

「実は、留学をしに日本を出て行った彼を追っかけに家出をしたんです」私は言った。

「話は事務所で聞くよ」飯尾武は言った。

 陽は傾き、雪も溶け始めてきた最中、クーペに乗り込むと、車から仄かな匂いが香る。玉城香が、セボリーを育てているらしく、その香りなのだろう。それを胸いっぱい吸って、窓を開ける。三毛猫の丸く背中を掻いている仕草が可愛らしく見つめていると、その光景はすぐに消えていった。

 私は、渉さんの顔をまじまじと見ると。

 顔を近づけて行って。

 ……結局、口づけなんて出来なかったけれど、その代わりに寝ている渉君の鼻を摘む。呼吸が出来ずに、ふがふが言っているのを見て私は、クスクス笑った。

 セボリーのすがすがしい香りが心の傷跡を塞ぐ。

 そして、車は四番街へと向かう。

 ―――彼に会うために。


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