Episode.12...Do not see, I see.

曇っていた曇天の空が開いていった。

 愛で風が染まっていく四番街周辺―――。

 それにも拘らず、古びた腐った木の匂いがする探偵事務所に足を踏み込んだ。中にはPCなどのメディアを検索したり、テレビやラジオで情報収集するデータ室がある。

 渉は召喚のため待合室に移動する。

 飯尾武は、データ室のPCを立ち上げる。人工の電子画面から出てくる文字を見つめる。モニターをしばらく見ていると、メールチェックと、ニュースで騒がれていないかどうかだった。警察が事件の事後処理をした、との旨の連絡が丁寧な文章で送られてきた。

 依頼は無い。

 サイトを立ち上げたというのに面白がってpvを付けている程度だった。これだとただのブログとそう変わりはしない。

 後は、この作家志望だったという青年を追っかけてきたという玉城香をどうするか、という問題だった。悪戯っ子でした、でこの問題を終わらすわけにはいかない。

 ―――一方その頃。

 ふかふかのソファにちょこんと座り、スタンドの電気を点ける彰子を他所に、渉は本日二回目となる召喚を実行した。紫色の亜空間の中から出てきたのはヤクザの上層部の親分が現れた。渉は空間を呼び出すこの瞬間が嫌いだった。

「ちょっと待ってくれ、探偵さん。私の愛娘があの飛行機に乗っているんだ。どうか命を助けてくれ!この通りだ!」上層部のオジサンが先ほどの戦いから滲み出ていた風格は失い、今度は一父親として懇願している有様だった。それを見て、皆驚いた。

「えっ、何だ?急に」渉はいった。

「おいおい、こっちまで大声が聞こえてきたぞ、喧嘩は余所で、って何だ、アンタか。何だ、突然?」飯尾武は驚いた。

「実はな、娘の医療費を払えなくて、仕方なく、手っ取り早く金になる仕事に就いたんだ。許してくれぇ。俺はどうなってもいい、ただ、あの娘だけは地獄に落ちてほしくないんだ」

「地獄に落ちなきゃいいんだな?」飯尾武は言った。

「まあ、生きて帰れないことくらい、俺は知っているさ。そこまで馬鹿じゃない。……それより、娘にせめてもの救いが欲しかっただけさ。あの世(ヘブン)でこれを渡してくれ……」そう言って、オジサンが何かを手渡した。

 鈍い真っ赤に染まった瓶の中身は星の砂だった。星の形をした粒が可愛いらしく、子供に人気のあるお土産だ。

「よし、分かった……渉、データ室行ってテレビ点けてこい」

「良いよ、武さん」渉は言った。

「今、三番街近くで飛行機の空気の密度の急激な変化と居眠り運転が原因で飛行機の軌道が回転してしまったみたい……ほぼ原因はパイロットのせいだろうけれど。今のところ娘の死亡速報は出ていないみたい、重体が80人、重軽傷が8人程度らしい」

「何て言うか、オジサンも悲惨ね。あたしが娘の代わりしましょうか?……お代は安くないわよ」彰子は足を絡め、キャンドルの火を面白がって消している。クマのぬいぐるみを抱いているところは少女っぽいあどけなさを残しているとも言える。

「あなたはどう思うかしら、可愛らしいクマさん」そう言ってクマさんに話し掛けている。

「オジサンの娘さんが生きている方にベットを賭けてもいいわ―――その方が辛くないでしょうし」

「下らねえこと言ってねえで、三番街の病院に行くぞ。死人になったりしてコロシでもやりだしたら、この探偵頭のネジ外れてるからな―――地獄に送りかねねえし」

「頭のネジが外れていようが、私が処分しなければ、警察が処分するだけだ。行くぞ、香。作家の件は後で聞いてやる」

「ありがとうございます、探偵さん」彰子の口癖を真似した香が言った。

「探偵さんから全てあなたの話は聞いたわ、香さん。どんなに真似してもあたしのようにはなれないわよ―――暗い鈍い海の淵に潜んだ闇の顕在と、境界の向こう側に沈んで言った血塗られた聖女の間に違いはないかもしれないけれど。それでもこの街で生きている限りは死しかないわ。せいぜい気を付けなさい、香さん」

「彰子さんって何者なんですか?」

「ただのクレイジーで、スパイシーな女の子さ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る