Episode.11...The pain was erased in frozen Cola at the night bar.

あたしは、第一話の回想をしてみる。


寒い夜だった。

深くしけった時節遅れの花火のような音が遠くで鳴った。

祭りだろうか。いや、単なる銃声だろう。

探偵が、真実を明かした者にだけ授ける天使の福音―――。

血塗られた弾丸に込められた一つの真実。それは死だ。

また、今日もどこかで死を祀っている。そんな囲われた世界で、あたしは願う―――。どこまでも、彩ってくれ。


 あの銃声は福井で鳴った銃声だったのかもしれない。しかし、福井とは数百キロも離れたこの歓楽街で聞こえるわけもない。

 もし、そうであれば―――。

「あなた達、この四番街でコロシをしたね?銃声、聞こえたよ」彰子はいった。

「へっ、そうなんですか。てっきり、私、福井の民を薬漬けにしただけかと、思っていました。……罪は絶つべきです。断罪とも言いますが―――」香は言った。「あなた達、死になさい」

「ほう……そんなことまで、知っているのか。じゃあ生かしておけねえな」ヤクザの上層部らしきオジサンは言った。

「何言ってんだぁ、こいつら、殺すのは俺達だってのにぃ」ヤクザの部下らしき男が言った。

「静かにしやがれっ」そういうのは上層部らしきオジサンの方。「取り分はお前達に任せる。何しろお役人さん達がお前達を殺すことでお株が上がる、との法令を出したのでね。この四番街を担うのは警察だ。お前たちじゃねえ」

「何よ、悪いことやっているのは―――どっちかしらね」そう言って、彰子は『写実主義』を行使した。

「なあに言ってんだ、お前達やっちまえ!」そういうのは上層部のオジサンの声をしたあたしだった。

「なんだこいつ。ええい騙されるな、どんなトリック使ったのか知らんがお前達行け」ヤクザに群がっている方のオジサンは言った。

「何ですか、親分が二人いるぜ」

「……どうなってんだ?」

 ヤクザ達は困った半面、どうしていいか分からない。とにかく持っていたナイフで彰子たちの近くにいる親分めがけて突進した。

 すると。

「だから、お前達は半人前って言われるんだ―――出直しな」あたしの口はそう言って、オジサンがゆっくりと取り出したのは違法取引した、マグナムだった。両手に構え、軽く二三発当てた。すると、石油缶に命中した一発のために、油状の物質をもろに被ってしまった。

 部下達が慌てているのを見て、部下が突入してきた。侵入阻止のために、香が立ちふさがる。

「どけっ、女!」

「聖なる防御壁の前に敵はいません」そう言って、腕を動かし正方形の形の紋章を描いていた。すると、地面から、正方形の形でテニスコート一面程度の広さの壁が現れた。

 それを念力のようなもので起こす。

「悪の心を持った人間には貫けません。正義の心を持った人間のみそれは射ぬけます。試して御覧なさい」香は長い髪を揺らして、そう言った。かなり疲労しているようだ。

 さらに彰子たちの近くにいる上層部のオジサンは銃弾を込め、今度は正確に狙いを定め、撃った。

 自らの正義を貫くための、正義の弾丸。

 それは見事、聖なる防御壁を突き抜け、悪の心臓の中心を打ち抜いた。

 ヤクザが悲鳴を上げている隙に、空間が広がった。召喚空間の呼び出しに成功したのだ。

 空間座標の位置変換でいつも正確な場所に呼ぶことが難しいらしく、ときどき間違えることがある。そのたび探偵さんがいっつも怒っているのだ。

 ここはダークブルーのクーペの助手席だった。

「あぶねえ……寝起きは間違えやすいんだよなぁ。俺別の能力を身につけたかった」

「そんなこと言っていたら、仕事は増えないぞ」

「本当に、今日は憑いてないぜ」

「いつものことじゃないの」

「仕方ねえな、ちくしょう!」

「おっと車を叩かないでくれ、故障したらどうするんだ!」

「……すみません、武さん」


Vol.12…


 バラバラに砕け散っていくヤクザ達を圧縮していく中で、香は、惚けた様子で突っ立っていた。

 それは、人殺しをしてしまったのか、と己を確認する時に見せる一種の恍惚のようなものだろうか―――。血塗られた銃創を見て、玉城香は想った。彼らは一体どうして私達と争うようになったのだろう、と―――。

「武さん、で宜しかったですか?どうして、彼らは私達を殺そうとするのですか?」

「ああ、あっているよ。……それはね、ここは生活管理課の管轄なんだ。本来、異形のモンスターのような連中だと思っているかもしれないが、彼らもどこかで何かをしでかしてしまった、社会のレールを外れてしまった者達なんだ。そいつらが、警察という盾をカモにして、私達を狩ろうとする原因とは何か?それは検挙率なんだ」

「検挙率?警察が犯人を検挙する、アレですか?」

「そうだ。その検挙率が芳しくないわけで。どうも、我々の事件を無かったことにするやり口を使って、排除しているやり口が気に入らないんだよ。だから、犯人に餌を付けて、私達を追い回している。今でもこんなに呑気で居られるのは、彼女の写実主義で写した、彼女の母親の聖なる加護によるものなんだ」

「そうだったんですか、彰子さん」

 こんな街―――腐ったブタ肉とベシャベシャのチリソースで描かれたピザのようなスラム―――ゴミと称して産業廃棄物の塊と注射器の数々。ガソリンの入った石油缶が辺りにばらまくように放置されている。おまけに、女の喘ぎ声が日夜どこかでオオカミの遠吠えのように聞こえてくる有様だ。

 さっさと聖なるマリア様のような光を浴びたい、と日夜願っている。

 この件が片ついたら、どこか旅行でも行こう、だなんて考えているのかしら。モヤシのように培養された闇の街なんてさっさと出て行ったほうがましだ、みたいに。あの探偵さんはそう思っているのだろう。

しかし、この街にはうま味がある、と聞いたことがある。

 マネートレードだった。警察との癒着だった。正義は正義を行う者を時にからかいながらも最後は癒着せざるを得ない。

 だからこの街で働くのだ。全うな仕事につけるが、それでもこの街を選んだ原因は、一言いえば、住めば都というやつだろうか。それとも闇に魅せられたのだろうか。闇に蹲る男女の心のダークな部分をさらけ出せる場所。

 そんなダークな街のシルバーブレットになれるだろうか―――。

「まあ、この香水、良い香りするわね。ちょっと私にも頂戴」そう言って、彰子は飯尾武の香水を借りて、自らの体に身につける。「ええ、まあ、そんなとこかな。でも、私の母親は、この街の出身じゃないの。代々の能力者の家系で、身を守るための能力を身につけている血筋が偶然、私のお母さんだったわけ」

「そうだったんですか……」

「ま、後は断末魔の叫びを聞いた後で、ゆっくり話をしましょう。ヤクザって不思議ね。人殺しを己の欲望を満たすためにやるものだと思っているところが……」

「どういうことですか?」

「それはね、こういうことよ」彰子は、香の顔をまじまじを見つめる。香はドキドキしていると、スッと顔を引いて微笑んだ。「笑顔でいる方が似合うわ。誰だってそうでしょ?」

「そのために、仕事、してるんですね!」香は言った。

「ま、そんなとこ。……探偵さん、私、そこのコンビニでコーラ頂戴。喉乾いた」彰子は言った。

「あっ、私、オレンジジュース!」香は言った。

「やれやれ……渉君、自給から引いておくことで良いかな?」

「ま、俺は良いっすよ。俺のツケで払っときます」

 クーペはどんどん走ると、近くのコンビニに付いた。赤いラベルのコカ・コーラを彰子が、ミルクティーを渉に配る。オレンジジュースを貰った香は笑顔で飲んでいた。この笑顔も何年もつだろうか。さっさとこの街から出ていける方法を探そう。

 今じゃ旅行くらいしか陽の光を浴びれないが、それでも―――いつかは。

「―――なんて、思っていない?」あたしは飯尾武の心を見透かしたように言った。

「じゃ、行くぞ」飯尾武は無視して、エンジンのキーを回した。

 見上げると飛行機雲が虚空に一線を描く。

 心の声を飛行機のエアーポケットの中にでも封印しようか。

 飛行機が回転する。航空ショーでもやっているのだろうか。旅客機で航空ショーするなんて聞いたこともない。

 もし、そうであれば―――事故だった。

 やれやれ。どうしてこう毎度毎度事件が起こるんだろう。逸る気持ちを抑えて現場とは逆の方角へ向かう。いずれ、死した世界からやってきた死人がやってくるのだろうし。

 あたしの想いとはよそに、オレンジジュースを飲んでいる香が、掛った雪と共に缶コーヒーをそっと撫でるように飯尾武の頬に付けた。

「うわっ」飯尾武は驚いた。今時こんな悪戯をするなんて―――。

「冷たかった?」悪戯っ子な子猫の目で見るように、玉城香は見つめてきた。

「探偵さん、悩んでいるの」玉城香はいった。

「まあ、不安材料はあるかな」

「私、この街好きです。暖かい人達が一緒にいますし。全然気にしないでください」

飯尾武はまたも心を見透かされてしまった。玉城香を眺めて想う。近頃の大学生はよく出来ているなぁ、と飯尾武は感心する。事務所につくと、ボロボロのコートが落ちてくる雪を跳ねた。古木で作られた木製アパートの上を歩くと、ギシギシと音がした。

「渉さん、召喚お願いします」香はいった。

「オッケー。香さん」伊崎渉は言った。

 呼び出すのは簡単だ。

 最も、本題はここからだった。




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