Episode.10...Death came suddenly like a heat haze.

「とにかく……今から殺す奴の顔くらい見ておくもんだ。もう拝めないんだからな」飯尾武はそう言った。向かう途中で、車から三番街に隣接する夜景の工場を眺めた。

 夜景の工場って人工的な灯りの配列が綺麗に並んでいて、誰か素敵な男性とデートしたくなった。しかし、相手がお兄ちゃんしかいないのであれば、その夢も水泡に帰すものであるだろう。

 いつか素敵な年上の男性が現れないだろうか……。

「ん?私の顔に何か付いているか?彰子」

「探偵さん、昨日ミートスパ食べたでしょう?服に匂い付いてる。直してきて」

「一々細かい奴だな。香水を付けておくよ。前に俺が殺した彼女に買ってもらった香水がある」何気なく物騒な話題をだす飯尾武だった。

「殺したってどういうこと?何かいけないことでもしたの?」

「違うんだ。肺炎で苦しんでいた彼女をここへ連れてきたんだ。マリアといったけどね。外国人のように聞こえるかもしれないが生粋の日本人。ただ、聖母マリア様のように育っていってほしいと願って付けたらしい。そんな由来を聞くくらいの仲だった。私達は。しかし、都会の排ガスに胸をやられてね。仕方なくここへ連れてきたんだが、ここでも状況は変わらず、といった感じで。清楚な大学に通っていた良い女性だったが―――仕方なかったんだ。苦しんでいる顔を見ていたくなかったんだよ。彰子。君だけはそんな女性にならないでくれ」

 飯尾武の独白を聞いて、彰子は何故か胸が熱くなった。探偵さんにも彼女がいたなんて、そして両想いだったのだろう。それが病魔によってこの死狂世界に送り込まれることになったのだから。

「かわいそうな彼女さんね―――ねえ、渉」

「ズー……ズー……」渉は自動車で寝ていた。そして、寝言で、「もうすんませんでしたぁ」と言っている。

「君のせいで渉が夢の中でも怯えているじゃないか……なんとかしてくれたまえ」飯尾武はいった。

「良いのよ、これで」そういって、飯尾武の車のダッシュボードから、ブルガリのレモン色の瓶の香水を取り出して、匂いを嗅いだ。

 ―――大人の匂いを嗅いだような気がした。

 クーペは、車中で弁当を食べた後、埠頭を眺めつつ、細い路地に踊りだした。

「渉、起きろ!事件だ!」飯尾武はいった。

「はい、武さん。俺は車で詠唱を続けています。彰子と香さんは早く外へ出て!」分かったとばかりに頷いてドアを開けると、路地の先には廃工場の石油缶が点々と並んでいる。

 それをひっつかんで、ライターを取り出すのは太ったオジサンだった。

「嬢ちゃん―――喧嘩慣れしてるかい?」

すると、オジサンは、ライターでタバコを吸うと、吸ったタバコを地面に放りなげた。新しく揃えた部下に命令すると、部下達はナイフを手に持ち替える。

オジサンは、拳銃を取り出した。

「嬢ちゃん達でオレ達とやりあうなんて百年早いんじゃねえか?さっさと帰って勉強しな」

「そんな陳腐なセリフを言うだけ元気があるみたいね。安心した。香さんの能力を見れずに終わったら、寂しいじゃない」

「何言ってんだ、この女!やっちまえ」部下達はわめいている。

「馬鹿の一つ覚えみたいに喚く連中と違ってな、俺にはまだやりたりねえことがあるんだ」

「へえ―――それは何?」

「男の秘密だ」そう言って、オジサンは金時計で時計を見た。「こんなことしてられねえ、さっさと片付けるぞ」

「了解」そう言うと、部下はナイフを向け、構える。

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