Episode.8...The Sun follows a wolf-like night that disappears with a deep its core-beat.

駐車場から車を出すと、おじさんはもういなかった。クーペは太陽の沈み具合から、暗い群青色へと姿を変える。

エンジンのキーを回していると、彰子が三番街から出てきてこちらへ近づいた。

「ハロー」彰子は挨拶した。「元気ないみたいね、探偵さん」

「人を殺してきた。後で事情を話す」飯尾武は暗い顔をしていたようだ。

顔を覗き込むようにしてあたしは言った。

「事情なんてどうでもいいわ。探偵さん、その様子だと失敗したみたいね。死ななかっただけ、良かったわ」

「たまにはそういう日もあるさ」飯尾武はタバコを吹かした。こんな時は大抵機嫌が悪い。

「あたし、まだ中学生なんですけど」

「度数の低いカクテル飲んでる奴に言われたくないな」飯尾武はエンジンを吹かした。今日はこいつも機嫌が悪いようだ。中々掛らない。キーを複数回回すと、街を出発した。

「失礼ね。探偵が間違って女子大生殺したっていうんで飲み会に行ったんでしょうが」

「正確に言えば間違いじゃなかったんだ」

「……どういう意味?」

「彼女、人殺しをするつもりだったんだ」

あたしは野菜ジュースを飲んでいた。青汁よりはましかと思って買ってみたんだけど、案外大丈夫な自分に気付いた。どうしてだろう、と思っていたあたしを置き去りにして車の外の風景は進んで行く。大通りを車で走っていると、流線形の灯りが列を成していくつも立っていた。

「この街、いつ見ても綺麗ね」

あたしは話を切った。人殺しなんて言葉もう聞きあきたからだ。話の道筋がダークな方向に向かっている気がして、好きじゃない。

今日は月も出ていないし、紅い灯りに染められた車をしり目に風景はどんどん進んで行く。

シーンは変わり、オーバーワークス。

その駐車場に車の足を止め、あたし達は帰って行った。

今日、学校に行ったこと、話せなかった。

探偵さんは、更に新しいタバコに火を付けようとしている矢先にあたしが奪った。あたしはタバコをゴミ箱に捨てて言った。

「あたし、今日学校に行ったんだ」

「不登校解消したのか」

「でも勉強なんてつまんない」あたしは言う。

「この仕事も同じくらいつまらないもんだ」

「そう言えば、探偵さんとは別人のかっこいい探偵がいたの。あたしが死のうとしたのを止めたんだ」

「―――他の街の奴かもしれないな。私が調べておこう」

「たまにはそういう日もあるさ」あたしは低い声を作って言った。「そう、言わないの?」

「そんなセリフは、同情するためにあるんだ。事実を言うためにあるんじゃない」飯尾武は頭を撫でると、オーバーワークスへ向かった。あたしは子供扱いされたのが嫌だった。

しかし、何故だか撫でられて安心している自分に気が付いた。


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