Episode.6...Clown spits out many paints
あたしは、あの時の出来事の追想にふけっている。キャンドルライトの灯りを見つめながら、ipodで音楽をかけた。最近のアニメの主題歌はこんな腐った世の中でも映えるくらい何というかイケている、と思う。『消せない罪』のベースのイントロを聞きながら、ベッドで横になっている。抱き枕に抱きついていると、探偵が傍から急がせているのが聞こえた。
「渉、早く出すんだ。召喚してくれ。座標指定は空間を呼ぶときに短縮されるから、すぐに出来ると思うが」武がいった。
「まあ、そうだな」お兄ちゃんはすぐに詠唱の時間が入った。位置空間座標は既に脳内で何度も設定してたから、今度はすぐに呼び出せる。パソコンでいえば、ショートカットキーのようなものだった。
すぐに呼び出した、異形と化したチェーンソーの刃にそっと触れる男。名前は飯田敦というらしい。そして、過去の来歴を話すことになった。
飯田 敦は福井県で建設業を営んでおり、会社で専務をやっていたのであった。しかし、妻が子供を産み、子供が成長し、反抗期を迎えるころになってから家庭の歯車は空回りした。
子供の名は、飯田 恭介だった。友達が覚せい剤の闇ブローカーから受け渡されたドラッグに手を染めていることを知り、急に怖くなった。それを悟られ、クラスから仲間はずれにされ、いじめにあったのだった。物を隠すなどから始まり、手で叩くなどの行為に及び、ついには体育の時間に教師の監督から逃れた隙に、あらぬことを言われるようになった。
「あいつ薬やってるんだって」
それが伝染して広まり、家庭の事情までいつの間にか知られるようになった。恭介の異常を知るようになったのは、絵具が顔に付いていたことで知った。
しかし、怖くてその後は見知らぬふりをしていた。家を移り住むにしても、経済的な事情で動くことが出来なかったからだ。自らの仕事にかまけて息子の面倒もろくに見れない日々も続いた所為だった。
しかし、飯田家の家に薬中野郎出ていけと張り紙を張ろうとしていた少年を捕まえた。話を聞いてみると、その少年はある生徒から頼まれてやったことであるらしい。随分中学生にしては高度で悪質ないじめをするんだな、と肌で感じ、身も凍えるくらいぞっとしたのを覚えている。もう、頼むからこんなことしないでくれ、と少年を悟し、この場から立ち去らせたのであるが、そのときだった取れない絵具が脳裏によぎったのは。
どうしていつまでも取れないのだろうか……
ある時、恭介を呼び出した。顔に付いているのは何だ、と聞くと、涙目になってこういったのだ。
「ストレスでじんましんができたんだ。今まで黙っていて御免」
たったそれだけ言って出て行った息子の顔を忘れはしなかった。この恨みをどこにぶつければいいのか、途方に暮れ、サイトをサーフィンしていると、「闇の街へようこそ」と妖しげなタイトルのサイトに引っかかった。バナーを間違えてクリックしたのであるが、そんなことはどうでもいい。
そこでは、この街で殺すことは違法でない、と条例まで記してある。何だ、この異常な街は、と驚いたが、興味をもって読み進めているうちに、ある文が目に入った。
・ここでは、魂が浄化され、地獄に落ちてほしい人を選択できます。ただし、そのためにはこの街の住人にならないといけません。何故なら、請負主の私がこの街から出られないためです。
探偵.飯尾武
その言葉に真っ先に飛びついた。
どんなことだっていい―――。
この街にいけば、恭介に降り注ぐ魔の手から逃げられるのであれば―――。
そうすると、依頼料は銀行に百万円ほど振り込んでください、と書かれている。万が一、指定した人物が地獄に落ちないようであれば、私にご一報下さい。クーリングオフは聞きます。と書かれてあった。そして、連絡すると、すぐに呼び鈴が鳴った。
誰だろう、と訝しげに思っていると、妻の千恵美が玄関のカギを開ける。長身の細身で、ボロボロのコートに身を包んだ男性が立っていた。
「正義なんて、所詮、他人事に過ぎないのさ。私に何をしてほしいんだ?処刑する人間を指定してくれないと、処刑は出来ない。事件の捜査であれば、その分追加で処刑も行うかどうかも指定してもらうが。ただし、条件がある。依頼主が私の街の住人になることだ」そう言った男は名刺を差し出した。
飯尾武―――しがないどこにでもいそうな、胡散臭い探偵だった。
そうして、異能の住人が誕生するのかと思った。
しかし、飯田敦は、このJanneという無慈悲な世界から見放されたのだ。人間として生きることを捨て、異形な者として世の中を跋扈する怪物と姿を変えてしまった……
「まっ、仕方ないわね。世の中と適合しない、という点ではあたしと変わらないわ」
「そうだぜ。おっさん。―――もうおっさんにやって来る明日はないけどな」
オーバーワークス内で誰かの叫ぶ声が、外から聞こえた。やがて、か細くなり、声は収束する。
枯れ葉の散っていく季節にそっと微笑んでいる男が一人、オーバーワークスの小道の脇にそっと立っている。香水の香りが辺りに漂った。雪の付いたコートを取り払い言った。
「四番街にも―――探偵がいるんだな。寒いから一番街に帰ろうか」男はそう言うと、自分の名前を残して去っていく。文字通り、べったりとそこにペンキのように描かれながら、廃ビルの一角にペイントされる文字列、それは、よく見ると殺してきた人間の名前だった。それを自称探偵は、指でなぞる。
愛おしいくらい狂った色をした紫のペンキで、white lightに向かってそっと囁く。
灯った街灯は変色してしまった。
そんな些細な悪戯をする異能力者は、このペンキがすぐに消えていくことを知っている。
「今度は誰にしようか―――そろそろこの事務所に厄介になろうかな。あちらがホームなら俺はアウェイとして。この闇にそんな暖かなホームグラウンドは似合わない」男は呟く。
ひっそりと、塗りつぶした白のペンキで、独白した。
君達は朽ちて行くんだ―――と。
そこへ渉が通りかかった。
「なんだ、おっさん」
「やあ、久しぶりだね。飯尾武は元気にしているかね?」
「なんで、武さんを知っているんだ?」
「俺は、彼と仕事をしていたからね」そう言って独白する。カリフォルニアで探偵事務所を開いていた事。探偵事務所で、ボスを殺して奪い取った銃で最愛の女性マリアの右目を邪気の雫という弾丸で葬ったこと。そして、この男の喉を誤って狙って撃ってしまって、能力が開眼してしまったこと。
「私は言葉を吐く―――この世の言葉とは関係なく言葉を吐く」
そうして、異能の言葉を吐く。ペイントされた紐状の言葉が渉に纏わりつくと、身動きが取れなくなった。
「さあ、武に言ってくれ―――彼女を貰うよ、と」
「彰子の事か?」
「そうだ」
「巫山戯るんじゃねえ!」
「俺に力を見せてみろ―――」そう言うと、銃で額を狙う。渉はガクガク震えて、汗が滲み出た。あの世かアンリアルシークレットに送られるかも知れない。怖くなり小便を漏らした。
「ふざけた自信だな、帰れ―――武に懇願しろ。さもなくば、あの世だろうが、もっと怖い所に送ってやる。地獄だ」
「分かった、止めろ。このくらいで許してやる」そうすると、雲が現れ、チェーンソー男を呼び出し逃げた。
「チッ、余計なことしやがって」そうすると、ペイントで真っ赤なチェーンソー男が、次第に溶けていった。
「化物がいる―――今の俺じゃ勝てねえ!」
渉は、もう振り返らなかった。
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