Episode.5...Across the number of Cubic.

 そんな交差するだけ空虚なセリフがいきかいながら、とぼとぼと探偵事務所へと向かっていく……

 ここは寂れた事務所の中だった。3LDKの住まいの中の調度品がいくつか。キャンドルライトはモスグリーンとレッドパープルがそれぞれ二つづつ。カーペットには意味のない空の薬莢が数個。ジッポライターでランプの芯に火を付ける。飯尾武がチッ、狙いづれえな、と舌を鳴らしながら窓を閉める。火が消えるのだろう。

 これから何か始まるのか、と思わせるが、始まることは一つ。

 三番街から帰ってきた探偵が行うことは、死狂世界で創り出した人間を呼び出して、経緯を聞くだけだった。そして、真実の死を与える。

 この街にきた原因。一言でいえばそんなものだ。

 死を与えるべきだと思えば―――正義を振りかざすべきだと考えれば―――地獄は免れない。

 生を与えるべきだと思えば―――悪ではないものだ、と考えれば―――天国が訪れる。

 枯れてしまった観葉植物と造花を一瞥すると、見た目はそこそこかっこいい少年に話しかけた。

「仕事料は後払いでいいか?よりにもよってこの世の武器チェーン・ソーを使うとはな。死狂世界も現代の道具でやってくるようになったな。これで普通の人間と見分けがつきにくくなってしまう。まあ、最初だし、こんな奴ぐらいしかいないだろうが。くれぐれも気をつけてくれ。彰子」

 私は男の言うことを無視しながら、探偵の社長椅子の位置を直すと、「武、さっさと始めて」と言った。

 彰子と呼んでいいのは、お兄ちゃんだけだ。伊崎さんと読んでほしいのに。何というか、妙に馴れ馴れしい。何故か、この名前を呼び合う仲を強制された。


 あたしの回想が始まる。


「もう、太陽で輝いたこの世には戻れないんだ。お前達は闇と月で囲まれた夜で満たされた街にしか、活動できない。君たちは死人のようなものだ」そう言われた。

 死人とは殺された人間のことだろうか。まあ、そうだろう。

 私達は、この世でお母さんとお父さん、その周りの血の繋がっていない知り合いを殺してきたのだから。だが、たったそれだけのことだ。血の繋がった人間を殺してきたというだけで、死人扱いされてもらっては困る。

「うるさい」彰子はそう言って、探偵の足を踏んだ。面倒な益体のないことばかり言う男だと思った。すると、探偵は足を抑えている。

 足を抑えつつ、フッと笑った後、「貴様らは死刑ではない、転生してもらおうか。あの世みたいな街で働けよ」

 そう言って、銃を取り出した。

 撃たれた感覚はない。

 無傷の弾痕は、斬撃の残り香。

「ほう、地獄にも天国にも行かないとはな。決まった。君達は例外なんだ。異能をえた例外なんだよ」

 ただただこれも運命のように感じながら過ごしてきたのだから。Eyeで描かれたカメラには、銃の弾道が見えた。しかし、それを交わしはしなかった。

 ただ、私達は殺し合いがしたかっただけだったからだ。罪を被るのは当然の報いだろう、と思っただけだった。

 そこに後悔はない。

 悪に身を染めた人間はどこまでも血塗られた世界に移動するだけだった。

 たった、それだけの衝動に涙が溢れた。

 どこまでも生きていたい、と願ってしまった。

 あの地へと還れなかったのだろうか。

 それとも―――。

「いつかお母さんやお父さんに会える。ただし死人達の世界で断罪する敵として現れる。仕方ないだろう?後は見知らぬ人間がこの街にやってきたらその始末も頼む。最近足腰が痛いもので、銃で断罪するくらいしかできないんだ。よろしく頼むよ―――親愛DearなるFriendsよ」

 そう言われたのが一瞬でも嬉しいと思ったのが間違いだった。過ちというものだろう。ただし、そんな過ちを罪は許してくれなかった。消せない罪を背負いながら、生きていくことにここまで後悔しようとは。

 人なんて殺したくない。ずっとそう思いながら、生きてきた私だった。ただ、人はいつか苦しんで死ぬものよ、と教えてくれたから。だから殺してしまった。そんなに苦しまなくていいのに、と思っただけだった。

 たったそれだけなのに。こんな役回りを押し付けられてしまった。ただ、それも不条理とも思わない。

 苦しんできた人生だったから。

 それが私が殺してきた人達のいう言葉だったから、その話のどれも感動し時には怒りを覚えた。あのときまでは。

 しかし、それを聞いただけでは満足できなかった。絶対、この人達を苦しませてはいけない。そう思っただけだった。そのどれも苦しんでまですることではない、と思っていたことだったから。

 たったそれだけの理由で殺した。そんなつまらないことで賛同を得ようとする行為はなんというか、哀れというよりも下らない、としか思えなかったからだ。

 それだけで、殺すようになった瞬間だった。

 あたしは、外に出た。寒空は、どうしてこんなに愛しい夕陽に包まれているのだろう、と感動した。そして、詩衣萌絵に会いに行った。詩衣は、やせ細っており、ローブのようなロングスカートに身にまといブーツを身に着けていた。

「ハロー」あたしは、ブラックガムを一枚取り出すと、噛んだ。

「久しぶりですね、彰子さんでしたよね?ねえ、猫のムーちゃんが、暖かいですよ。触って下さい」

 そう言って、あたしの銀の金具付きの革手袋にそっと猫の手を差し出した。あたしは、革手袋を脱ぐと、ゆっくりと抱き上げた。

「うわあ、クマさんみたい♪」

 そう言って、あたしは抱き上げた。しかし、あたしには仕事が待っていた。もう残酷だけれど、天使に、堕天使が誘惑する訳にはいけない。ここで、分かれるしか無い。

「お花を頂戴」

「スイセンなんて如何ですか。咲き頃ですけれど」

「じゃあ、それ頂こうかしら。事務所に飾っておきたいから」

「事務所でも元気な子に育つと良いですね」

 ムーちゃんを元のお花畑に返して、スイセンを我が子のように紙の束袋に包むと、そっと、手を掴んだ。彼女の手は暖かった。

「死なないように、祈っています」

「死んでも良いわ、貴女が見守っているというだけで、微笑ましいから」

「……そうですか?」

「どうかしらね。いつまで、パレットが通用するか。この世も果てがあるでしょうし」

「果てまでは、永遠であって下さい。貴女も永久に咲いて下さい、このスイセンのように」

 そう言って、帰った。振り返ると、虹が光っている。アーチが掛かっていて、こんな夕陽くらい仕事はしたくないな、と思わず苦笑した。

 あたしが望んだんじゃない。でも、彼女を眺めるとそんな気分で生きてみても良いのかな、と思えるかな。

 さあ、帰ろうかな。雪ダルマを作るために、そっと雪を転がすと、後ろから肩を叩かれた。

「うわっ」

「素敵なレディさん、また会ったね」そういうのは、あの時の紳士だった。「どうしたの、雪なんか持って」

「雪だるま、笑顔になっているでしょ?」

「そうだね、僕がペイントしてあげよう」

「どんな風に?」

「見ていて」

 そう言うと、探偵が、口から、意味不明な言葉を呟いた。すると、雪だるまに文様が描かれている。べっこう色の銀細工のような繊細で今にも解けそう。

「見てご覧、カッコよくなっただろう?」

「そうね、ありがとう」

 雪だるまは、斬新なペイントでアーティスティックな銅像のようになっている。現代アートにも似た様相を呈している。

 彰子は、礼を言った。探偵は、返事をしなかった。

 雪は、残心を見せたように、未だそこに降り続いている。彰子は、ハクセキレイをパレットに描いた。

 小鳥は鳴いている―――闇と言う名の鳥かごから解放されたがっているように感じた。

 そして―――。

 小鳥をキャンバスから取り出す。小鳥の鳴き声が彰子の口から飛び出した。

 そして、ハクセキレイが空に飛んでいく。遠い空の向こうへ飛ぶと、見えなくなった。そこで鳴くのを止めた。もう、闇を恐れて鳴くこともないだろう、と感じたからだ。

「何をしているんだい?」探偵は最後に尋ねた。

「ボランティア」

 小鳥を親鳥の巣に帰そうとしていたのだった。探偵は微笑むと、彼女に、ココアの缶を買ってあげる。彼女は、手にそっと包むと、手のひらの中にほんのりと早い春が訪れたように感じた。

「そんなことしても春は来ませんよ。仕事をするのみでしか幸せはやってきません。しかし、貴女に今の言葉を与えるのは死にあまりにも近すぎる。残酷だ。―――だけどね」彼女の描いたハクセキレイを手に取った。「貸してごらん」

 するとハクセキレイと紳士は残像のように消え、あの詩井萌絵の場所に現れた。

 「―――あれ?どこかで出会ったっけ?」詩井萌絵は頭を傾げる。傾げた瞬間落下しそうに、クラっと来た彼女の腕を引いてDanceをするように、手に口を付けた。

 Kiss MarkからはDear Syoko.と書かれてある。

 それで気が付いた。

 「ありゃ、ありゃりゃ。困った、彼氏さん?」

 「―――だったら苦労はしないよ」クックックと笑ってどこかへ去って行った。

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