Episode.3...Dinky Doll / Dinky Girl.

 そう。やせぎすのライトブラックのコートを身にまとい、今もどこかで人のあの世の世話をやっている自称探偵。元インターポール、元KGB、挙句の果てには元整体師、といった名刺を器用に用いて、あらゆる職業を名乗ってきた。だが、誰も彼の生き様を知らないのが本当だった。しかし、どうでもいい、と思えるくらいこの探偵は、悪に対して残酷だ。みじめに泥臭く生きようともがいた結果、悪に走った人間ですら容赦をしない。冷酷と称するほど感情に乏しいわけではない。しかし、敢えて言うのであれば、悪に対して情を訴えたところでこの男は何も受け付けないのだ。

 飯尾武。

 その名は、以前に名前として使っていたが、この名前も本名ではない。

 今では偽名だというのにそう言わず、ニックネームなどと誤魔化していって嘲笑うのだろう。そんな胡散臭い彼が、放った言葉だった。

 あたしと出会った頃の話だ。

『生きていくには金がいるんだ。仕方のないことだろうけれど、君たちも協力するように。この街でやることは光の聖者のやることではない。決して天国には行けないんだな。漆黒の顕在、ともいうべきかな。同じ闇同士、重なり合って生きていくべきなんだ。光の聖者になりたければ、異能を得たまま暮らすこの街の生活を捨てるべきだ。分かったかね?』

 誰もいない穏やかな港村で育ったあたしには、そうとうきつい言葉であっただろう。しかし、そう言われて、この世の中を知らないあたしはそんな悪だの漆黒だのという者に対して憧れを見出してしまった。金を欲しい、と願うくらいまであたしの家の家計は逼迫していたわけではなかった。しかし、この際そんなことはどうでもよかった。何か、こんな村とはおさらばできるような目立った出来事でもあれば―――。だなんて考えていたのだから。

 現実世界とは異なる夢のような世界。ラスベガスのような金の亡者にとっては夢のような世界を創造していたのだろう。

 金の代わりに、この小さな村を捨てた、ときっと母は考えるに違いない。

 しかし、そんな事情を察してか、あたしと渉に対して、一つ、あることをした。

 それは、今まで何も知らず生きてきたあたしに対して、聖なる加護と称して、お祈りをした。それで何か、意味があるのか、これまでのジャンヌの四番街で生きていくことを決めたあたしには後々理解できることだった。

 それは、人殺しをすると警察に捕まってしまう、という事実だった。それを隠ぺいするのに、母のお祈りは何故か尽く幸を奏した。

 飯尾武は最初異能を得て母を呼びだしてお祈りをする仕草に、恥ずかしい、と思わざるを得なかった。何故、仕事の依頼で呼んできた外部の者に何の因果でそんなことされなくちゃいけないのか、などと思っていると、メディアなどから、一切音沙汰無くなっていく有様に飯尾武は驚いた。そして、家族構成と名前を聞くと、ほう、と言った。

『君は伊崎家の人間なんだね。伊崎家は、修道院にも行かず、ひたすら祈りを捧げ一生を全うした人が先祖にいてね。そこから天命を得た、といい、ミラー・ダイアモンドと呼ばれ、伊崎家代々伝わる、由緒ある呪いなんだ』

 何故、飯尾武がそんなことを知っているのか、という疑問に対して、母から後で聞いた、と答えた。本当に胡散臭い男だな、と思えたのはこの瞬間だった。

 そして、こうして晴れて悪に手を染める連中を片っ端から、異能であの世に送る係となった。

 飯尾武とはそれだけの関係だった。頭を切り替える。

 今日から、闇と光の部分を合わせもつ、この世界でやりあっていく。

 いつものように、出勤だ。

 辺りは一瞬、静まり返ったブランコ―――。

 今、この時間よ、止まれ―――怪盗によって嘲笑うかのごとく。

 触った手を舐めると鉄の味がする鉄棒。風のいたずらで音を立て続けるシーソー。静かな日常の雑音の中に混入して行く闇のノイズ。それが、じりじりとその密度を増していく。

 悪意の襲来に対して、いつまでも天使のように優しいwhite light。

 そして、振り返る。改装中の廃ビルに突如住むことにしたのは金が無かったからだ。それでも真気を操る妖術系のスペックは高い方だった。幻覚を操る人形遣い。あたしは武器として小型のパペットを隠し持っている。真気を持った人間を退治しておけば、探偵から金を貰える算段だった。危ない綱渡りをして、得られる報酬はまずまずといったところだった。

 生きるためには仕方がない。

 『断罪への供物は贖罪という名の切り札だ』

 お兄ちゃんはそう言った。

 どんな危なく、脆い綱であってもその先に道があるのであれば、渡って行く。それがお兄ちゃんの信念だった。

 現れたのは、チェーン・ソーを持った英国紳士風のスーツを着た片面が継ぎ接ぎだらけの皮膚で出来た男だった。

 フランケンシュタインみたいだわ、と思いクスリと笑った。こんな彼も生活を抱えていた一介の男性であることを知っている。しかし、何故殺人鬼に走ったのだろうか?彼の思考は頭のネジが飛んでいるとしか言えない。

 思考が、真気によって壊されたのかもしれない。

 どこからどうみても生物的に危険な死狂世界(アンリアル・シークレット)から現れた刺客だった。

「今日は憑いてないぜ。」そう言って、ぼんやりと体中に霊気を集める召喚系の渉。

「そんなの。いつものことでしょう、はあ、やんなるわね。こんなにあの世からの刺客がいるってことはあの世って面白いのかしら―――だったら、いっそのことあの世にでも行きたいわね。セブンスヘブンってやつ?」

 そういうのはあたし。

「どちらが死ぬのが先かい……ハハ、ハハハハハハ。ケッ、ついてねえな。ガキと嬢ちゃんだけじゃ栄養足んねえな」

 死狂世界を渡った人間の殆どが、言葉がまともに通じない。この場合、地獄から戻ってきたのだろう。呼び戻したというより、たまたま死狂世界の入り口が開いて、よく探偵が送ってきた人間がやってくることがある。

 男は、初期動作から瞬時にチェーン・ソーを放り投げた。

 あたしは避けなかった。

 チェーンソーが止まると予想していたわけではない。

 単純に、もう全ての動きがスローモーションのようにしか動けない自分がいた。

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