第9話
食事が終わり席を立とうとすると引き止められた。
彼の表情をみるにあまり良い話ではないことがわかる。
私は伯爵で彼は公爵だ。
逃げる事はできない。
「ベラ。私たちは政略的に結婚はしたが、君になにかあったかくらいはわかる。これから添い遂げる君との結婚生活を送るにはお互いの会話も必要だと私は思っている」
つまり、話せということだ。
私が妊娠していなかったことを。
それは喉まで出かかっているのにそれ以上口に出せば泣いてしまいそうで喉が締まった。
これは痛みだ。
誰にも知られたくはない。
たとえそれが公爵様だとしても知られたくはない。
「公爵様は、」本当にそうお考えですか?
「エドワード」
続くはずだった言葉は公爵様の発した声によって消えた。
「私の名前は公爵様ではない。エドワードだ」
「⋯⋯わかりました、エドワード様」
「ああ」
「エドワード様は私と添い遂げるおつもりですか?」
「⋯⋯⋯⋯それはどういう意味だ」
「私よりも条件が合う人が現れたらエドワード様は私と別れることを望むでしょう。ですから先程の言葉は無意味だということです」
「私は条件で君を選んだわけではない」
「ではどうして私を選ばれたのですか」
「君だからだ」
「答えになっていません」
「逆に問うが、君はどうするつもりだ。もし私よりも良い条件の相手がいたら別れるのか」
「私は伯爵です。エドワード様に従います」
「そうじゃない。君はどうするのか訊いている」
この物語の私の立ち位置はヒロインではない。
今はまだ出会っていないヒロインへと進むために私へと向けられる布石は潰しておかなくてはならない。
例えば私と結婚生活を送ったとして結末は見えている。
「私は、あなたと別れます」
公爵は血を絶やしてはならないという縛りがある。
貴族という立場上世界に貢献を広げる為にその責務は負わなければならない。
だが私と彼の間には子供ができない。
それはこれから先もそうだ。
彼はこの物語の主人公でヒロインと結ばれる。
そして私はヒロインに酷い仕打ちをする悪女だ。
結末としては私は殺されて主人公とヒロインは幸せに暮らす。
だからといって私は死にたくないしこんな生活も送りたくはない。
「そうか、わかった。覚えておこう」
そう答えるだけで公爵様はそれ以上追求することはなかった。
これは正しいことのはずなのに酷く居心地の悪さを感じてしまう。
もう話すことはないという理由付けをして席を立った時再び公爵様が口を開いた。
「ただ、君にも覚えておいてほしい。君は今私の妻であるということを」
それは公爵の妻として相応しい行動を望んでいるということだ。
「心得ております」
そう返せば公爵様は眉根の皺を深めていたが、軽快なアナウンスが港に着くことを知らせたため中断される。
各々が身なりを整え鞄に荷物を詰め込み部屋の外で待機していた船員に荷物を渡していく。
「逸れたら面倒だ」
当然のように繋がれた手によって公爵様の後をついていくと間口は乗船時と同じようになっていた。
少しばかり憂鬱ではあったが「ベラ、顔を上げてみろ」公爵様の声によって追った視線の先に感嘆の声が上がった。
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