第3話
「奥様」
決意を新たにノートに書き込んでいると扉を鳴らす音が聞こえた。
誰のことだと独言て自身をさしていることに気づき慌てて返事をする。
失礼します。と入ってきた侍女は「奥様、朝食はどういたしましょう」と訊ねてきた。
奥様、うわー奥様。慣れない。
「⋯⋯えっと、エドワード様はどうされたんですか?」
「旦那様でしたら、先程出て行かれました」
「そう」
たぶんしばらく顔を合わせることはない。
公爵様は皇太子様にアドバイスをする役目を担っている。だから煩わしい結婚を退けるために結婚をすることで昇進し、私は爵位を得ることで立ち位置を確保して人脈を広げることになっていた。
女として生まれればまず家庭に収まるという時代の中に生まれたベラはそれを望まなかった。
だから政略的に結婚をしたが公爵の心変わりによって立場が危うくなりヒロインを殺す。という役所だ。
侍女には部屋に持ってくるように指示を出して机に向きなおる。
でも、本当にそれ以外に選択肢はないのだろうか。
今の私には以前のような野心はない。私が死ぬという結末を逸らせるならば正直どうでもいいくらい。だから離婚してもなんてことはないわけで。
まず、どうヒロインと仲を深めさせるかよね。
現状を見るにお互いに関心がないし子供ができないのも1回きりの約束だしこれって私なにもしなくてよくない?あとはヒロインと出会ってくれたらそれはもううまくいくんじゃないかしら。あとは時期を見て離婚をすれば。まあこのあたりは追い追い考えるとして。
1番の問題は離婚したあとどうするかよね。
生活をして行く分の蓄えはある。けれどこれから先の人生を考えたら対策が必要になってくる。
両親にはまず見放されるでしょ。公爵様からの慰謝料はいらない。となれば私ひとりで身を立てるにはどうしようかしら。
私のできることと言えばなにがある?
ひと通り教え込まれたからまあ野垂れ死ぬことはないとは思うけど。
時代に反して両親は私にも男性同様の学ぶ場を与えた。だから公爵様のお眼鏡にもかなったのだと思う。それが不都合に働くなんて。公爵と離婚した伯爵令嬢だなんて、まず、この国で仕事をはじめることは厳しいわよね。
やっぱり国を出るしかないのかしら。だとしたら隣国や友好国は駄目ね。不要な疑いも考慮すると敵対国も駄目。皇太子の側近の妻という立場では行く当てなどないのではないかとさえ思う。できるならあまり関わりがないような国がいい。例えばこれから友好を深めたい国とか。
「なにをぶつぶつ唱えているんだ」
顔を上げると眉根を寄せた公爵様がいた。
「これは、どの国の言語だ?」
視線を移した公爵様は手元に目を落とし私の書いた文字を覗き込んで指でなぞっていたところで我に返り慌ててページを閉じる。
「なんだ、私には見られたくないものなのか?」
「⋯⋯なにか用でも?」
念のために日本語で書いておいてよかったと安堵しつつ飄々と答える。
「用がなければ会いに来てはいけないのか?」
「必要性がないかと」
「私たちは昨日式を挙げたばかりの夫婦というのにずいぶん冷たい態度だな」
「ええそうですね。ですから無礼をはたらく前に私は失礼することにします」
インクを閉めてペン先を拭き取って引き出しに片付ける。書き記したノートを胸の前で抱き寄せて公爵様の横を通り過ぎた。
いつの間にいたのだろう。
まったく気づかなかった。
書斎を出ると自室の一画に用意されたふたり分の食事が目に入った。テーブルの中央にはご丁寧に花まで飾られている。
「せっかくだ食事を共に取ろう」
最大限の嫌そうな顔で応えるが気にしていないようで椅子を引いて座るように促される。他人が見れば卒倒されそうだとは思いつつも促されるままに腰を下ろすことにした。
「こうして食事を取るのは初めてだな」
向かいに座った公爵様が思い出したように口を開く。
「昨日も式で食事を取ったと思いますが」
「……あれは、ちがうだろ」
ちがいが私にはわからなかった。
ナイフとフォークを手に持つと少しだけ違和感がある。優雅に振る舞う自身はどこか他人事のような気がしてくる。私はベラであるのにベラではないような他人の人生を生きているような。
「先程の言語だが、」口を開いた公爵様に意識を戻して耳を傾ける。
「あれは古代の物なのか?」
「⋯⋯そう思った理由はなんですか?」
「いや、以前出会った考古学者が調べていたような覚えが」
ナイフが食器に当たり大きな音を立てた。
「それはどちらでですか?」
「……興味があるのか?」
ああ、まずい反応をしたことに気づいた。
「ええ。後学になりますから」
何事もなかったようにナイフとフォークを手に握り肉の塊を切り分けて口に運ぶ。
「そうか。では私も同行しよう」
「は?」
「せっかくだから夫婦での旅行も悪くはないだろう? なにか問題が?」
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