第2話
仕事を終え二人は自家用車に乗ってホームへと帰る。
都市部以外では見ることの少ないセダンタイプの車はいささか荒野には似合わない。
世界大戦により大半の植物が絶滅した現在では都市部から出る車の大半はトラックかSUVである。
レオの趣味である黒塗りのセダンは浮いていると言う他ない。
キャンサーはタバコを吹かし助手席に収まる。
開け放った窓から煙が流れていく。
二人は東方スラムへと向かっていた。
二人が育ったのは東方スラムによりもさらに東、極東スラムであったがそこは生物兵器が闊歩する限界を迎えた環境であり、都市部からも遠く軍属になり委員会のメンバーになった今は東方スラムへとホームを移していた。
「おいレオ、なんか来るぞ」
「…あれか?」
二人の車の後方に砂埃が見えた。
東方スラムにほど近い場所であるため、車が通るのはおかしくない。
だが、二人は都市部ではいスラムの治安を考え、後方を走る車の正体が野盗の類いを疑っていた。
何台かのSUVが見えてくる。
「ありゃ軍属っぽいな。レオ、ちょっと避けてやれ」
「了解」
だんだんと車の正体が見え、軍属のSUVが見えてきた。
キャンサーはレオに徐行するよう伝える。
元軍属と言う事もあり軍務の邪魔になる事は良しとしない。
やがて二人のセダンの横を何台かのSUVが通って行く。
レオがSUVが通り過ぎるとセダンの車線を戻した。
その時、最後尾のSUVから何発かの銃弾が飛んできた。
「何だオイ!」
「穏やかじゃねぇな」
跳弾が車に当たらなかった事を幸いに思うが、それ以上に最後尾の車をにらみつける。
「レオ、カーチェイスはしなくて良いが中で見つけたら言えよ」
「あぁ、つっても俺は何時もの娼館だ」
二人はそのままスラムへと走らせた。
‡
車を留めた二人は別れて行く。
いつも通りの二人でいる。キャンサーはバーへレオは娼館へと向う。二人の住まいはこのスラムにある。
キャンサーは行きつけのバーへ壊れかけの扉を蹴り開けて入っていく。
「あら? キャンサー? 久しぶり」
「おう、久しいな。またしばらく居ると思うぜ」
バーの店主である女が出迎える。
店の客は殆どが馴染みであり銃器店や機械化換装店の人間やガラの悪そうなのは生物兵器や廃墟を漁る狩人達である。
どっかりとカウンターにつくとキャンサーの前には灰皿とレモンとラム酒が出された。
キャンサーはレモンを齧るとそのままラムを飲もうとする。
「その場を動くな。只今よりこの場にいる全員の行動を規制する」
若い女の声が響く。
キャンサーが振り向くと入り口から8名の軍事が短期間銃を構え入店している。
スラムに住む住人、とりわけ荒事専門の者しかいないこの店の客たちは突然の軍人の乱入に動じる事はない。
「ねーちゃん。軍って言っても勝手はいけねーぜ。なんの容疑で容疑者が誰か言ってからだろう」
酒を飲んでいた狩人の一人が言う。
軍人の女が発言者の元へと地通った。
「よろしい。容疑者は貴様ら砂塵の団のメンバー全員。容疑は都市部への生物兵器誘致である。直ちに武装を放棄し床に伏せろ」
最初に発言した狩人が床へと引きずり倒される。
狩人の仲間たちは軍人の言う命令に逆らう様に護身用の拳銃に手をかけた。
キャンサーがカウンターから降りる。
「お前ら、大人しく言う事に従っとけ。生物兵器誘致なら180日くらいの強制労働だ」
元軍属であり当然そういった事柄には精通している。
「ご協力感謝する。見たところこちらの狩人の仲間という訳ではなさそうだが」
「元軍属だ。この手の事には詳しい。アイツらも悪い様にはしないでくれよ」
「善処する」
狩人達は拳銃を取り上げられ、腕には手錠が嵌められた。
女の部下である兵士が狩人達を連れSUVに乗せたのが見えた。
キャンサーはタバコを灰皿に押し付けもみ消す。
「なぁ」
「如何様か?」
「中央都市側から隊列組んで車飛ばしてたか?」
「そうだが……? 何かあったか?」
「いや、そうか、そうだな。 あんたは先頭か?
」
隊列を組んで移動する場合小さな規模であれば責任者は先頭車両の助手席に位置する。
キャンサーは当然過去の軍属時代に知っている。
それに快適性を求めない軍用車であれば最後尾の行動など把握できない。
「最後尾についてた機銃座の野郎は新人か?」
「あぁ、先日着任した者だが」
「どいつだ?」
キャンサーはヘルメットを被る隊員を見渡す。
軍人の女も不審そうではあるが、元軍属を名乗るキャンサーに免じて、指を指す。
「彼のはずだが」
「あぁ…… あいつかぁ」
「どうか……っ!?」
軍人の女が横を向くとキャンサーは既に指さされた男を殴り飛ばしていた。
軽量外骨格と言えど有に100キロを超す兵士を殴り飛ばす。
殴られた兵士は大きく損傷したヒンジが邪魔をして立つことが出来なくなっていた。
暴挙に出たキャンサーへ残っていた兵士が小銃を向けるが、既にキャンサーは女の軍人へとリボルバーを抜いていた。
「何をやっている!? こちらは正規の軍務を全うしている最中だ!」
銃を向けられ、たじろぐもキャンサーへと問いかける。
キャンサーは苛立ちながら殴り倒した兵士の顔を踏む。
「新兵へのシゴキってのがあまいんじゃねぇのかぁ 最後尾についてた奴らはわかってんだろ? お? 特別警戒地以外での人及び車両への発砲は上官の許可が必須だったはずだが? 俺の知らねぇ間に軍務規定は変更されたか?」
「なんの事だ? 説明しろ!」
軍人の女は問いかける。左ももの拳銃へと手が伸びるがキャンサーはハンマーを起こして返事をする。
「俺らの乗ってる車はよぉ黒いセダンだぁ オメェらの追い越しに譲ってやったら返事は機銃弾だったぜ。俺はよぉ売られたら高く買ってやるってのが大事だと思うんだよな」
「お前ら! その男の言葉は本当か?」
軍人の女が小銃を構える兵士に問いかける。
「発砲の事実はありませ…」
兵士が喋り終わる前にキャンサーは発砲した。
「ふざけんじゃねぇぞ! テメェは新兵のやった事のケツもフケねぇのかぁ! 芋引いてんじゃねぇ!!」
軍人の女は銃口を下げるよう言う。
兵士達はもたつきながらも銃口を下げた。
「礼をかいたようで申し訳ない。後ほど謝罪をさせて頂いても構わないだろうか?」
とりあえずで矛を収めるよう提案してくる。
キャンサーの足元で倒れる兵士は何かしらあるのかもしれない。
キャンサーとしても鬱憤を晴らしたかっただけであり、殺すつもりはあまり無かった。
「構わねぇ。来るんだったらここに聞きな」
キャンサーは最後に倒れる兵士の頭を蹴り飛ばし歩いていった。
一人の兵士が銃口をキャンサーへと向ける素振りを見せるとキャンサーは既に振り向き手には回転式拳銃を手にしていた。
女の軍人は直ちに止めさせ、倒れる兵士を車へ積み込むとすぐに車を出すよう指示した。
後方の窓を確認すると既にキャンサーは居なくなっていた。
「……最悪だ。初日から」
「何か言われましたか?」
「気にするな」
‡
都市の中で住む権利を有する家に生まれた彼女の人生はある程度の予定が存在していた。
都市運営に携わる企業や莫大な兵力を保有する企業は強固に守られた都市へと居住する権利を得ていた。
彼女の家は大きな企業ではあったが軍部とのつながりを得るため、士官として彼女を軍属にする事に決めていた。
彼女は20歳になり士官学校から配属が決まり、初の都市外任務を受任した。
任務自体は簡単な方であり、都市外での対生物兵器を生業とする狩人の集団を拘束する事である。
幸い軍は潤沢な装備を与えられ余程のことではない限り民間、それもスラムの人間に負ける事は無い。
初仕事ということもあり緊張のなか始めた仕事だったが、一人の男により円滑に終わる希望が見えた。
だが、そうは行かなかった。
自分の預かる兵士、それも新兵が何かやったらしい。
軍の装備を破壊し、多人数相手でも制圧されない自身を見せる男は円滑な任務終了の妨げになっていた。
元軍属を名乗り協力的だった彼は激怒していた。
正直に言えば今すぐ帰りたかったがそういうわけにも行かない。
男に踏まれている新兵は一応は親族なのだ。
どうにか矛を納めてもらうことができたが、この後の事を思えば気が重い。
もし新兵の失態を軍へ報告されれば不味いことになる事は避けられない。
民間人対し軍の行ったことでのクレームは取り合わないが、まだ男が何者かわからない以上警戒せずにはいられない。
彼女は部下である兵士へ狩人たちの輸送を任せ、東方スラムへ残る事にした。
「たかが100キロほどの移動だ。問題なく行え。以上」
「了解」
以前から部隊にいた古参へと任せる事にする。
彼女は一台だけ残したSUVへ乗り込むと元軍属の男、キャンサーについて調べる事にした。
「……マズイかも、何こいつ……」
閲覧レベルが足りずキャンサーの履歴については入隊時からしばらくの事しか分からなかった。
彼女は友人を頼る事にする。士官学校より以前からの友人であり、今では後方部隊へ中々のポジションで入った友人だ。
「……久しぶり? 私よ。ちょっと聞きたいことあるんだけど」
『久しぶり。何わざわざ個人回線なんて使って』
「元軍属のキャンサーって人なんだけど、東方部隊で対生物兵器戦をしてたのまではわかるんだけどそれ以降が閲覧できなくて……」
『なんで元軍属の人? まぁ良いけど、』
「初任務で揉めたのよぉ……」
『めんどくs…… わぁ……』
友人は何かを言いかけキーボードを叩く音だけが聞こえた。
『アンタ凄いのと揉めたね』
「え?! そんなヤバい?」
『ヤバいわよ。私の際限でも半分くらいしか分かんないわよ。この人分かるだけでも、
「ちゃんと謝りに行こうかな…」
『行ってらっしゃい。この人除隊理由も不明だし後ろは真っ黒かもよ』
「………… 行ってきます」
起きてしまった事は仕方がないと腹をくくるしかなかった。
‡
キャンサーは夕方になりガレージ近くの仮住まいへ帰っていた。
売られた喧嘩は買ってやったので清々しい気分であった。
空薬莢を捨て新しい弾を装填する。
ベッドに寝転がり日が過ぎるの待った。
レオはいつも通り娼館である。
キャンサーは馴染みと女を共有するのは好まず東方スラムの色街の住人たるレオが居る間は女が居ないのだ。
また、日が過ぎるのを待つ。
目を覚ます。
仮住まいの階段を踏む音が聞こえた。
レオであれば機械化の影響もあり重量を伴った音がする。
音が軽かった。
キャンサーは靴を履き、回転式拳銃を手に取る。
部屋のドアからブザーがなった。
ドアホンやカメラの類は無い。
キャンサーは開けるしか無かった。
3つの鍵が開けられ、重い鉄の扉が開いた。
「遅くなりましたが、謝罪に伺わせて頂きました」
昼間とは様子の違う軍人の女が立っていた。
キャンサーはベルトに回転式拳銃を挟むとドアを全開にしてやった。
「なんだ? ホントに来たのか。変なやつだな」
キャンサーとしては少し怖がらせるくらいのつもりであった。
だが、女の軍人はキャンサーの軍時代を知り怖いどころではなくなってしまったのだ。
キャンサーは女へ中に入るよう言うとドアを閉めた。
「座りな」
一脚しかないか革張りの椅子へと座らせる。
緊張した面持ちで硬直していた。
キャンサーはどっかりとベッドへ腰掛ける。
「そんで何のようなんだ?」
「昼の件で改て謝罪をと思いまして……」
「マジでか、あんたスラムにはこねぇ感じだな。士官って言っても歳見るに
「は、はい。先程の任務が初任務で、その、中央都市から現場経験として配属されました」
緊張からか聞かれていない事まで喋ってしまう。
キャンサーはベッド脇のクーラーからラムを取り出した。
「脅かして悪かったな。まぁそんなに気にすんな。ただあのガキは俺等の前には出すなよ」
サイドテーブルへラムとグラスを並べる。
注がれたラムを飲むようキャンサーは女へと滑らせた。
「まぁなんだ。酒でも付き合え」
「い、頂きます」
女はキャンサーから出されたラムを一気に煽った。
むせる声が響く。
キャンサーは鼻で笑った。
「アンタ、都市では酒は飲まなかった口か?」
「はい…… 士官学校へ通っていたのもあり飲む機会が無かったのです…… こんなにキツイんですね……」
「優秀だねぇ、まぁ飲み方が悪かったな」
キャンサーはレモンを齧ると少しだけラムを飲む。
女も真似をしたがレモンを齧ったところで顔にシワが寄っていた。
キャンサーは笑うが女にはそれどころでは無いらしい。
「酒の味でも見てみたらさっさと帰んな。ここはアンタにゃ下品なところ… ん? おい。起きてっか?」
キャンサーの前では女は顔を赤くし眠ってしまっていた。
一応と急性アルコール中毒の所見が無いかを確認した。
「やっぱシティーガールは違いますなぁ。頭ん中以外は生かよ」
キャンサーは女を担ぎ寝床へ寝かした。
アルコール分解薬もあるが、あいにく都市内の人間向けのような高品質な物ではないため、時間に任せるしかない。
キャンサーは革張りの椅子に腰掛け目を閉じた。
禁忌管理委員会処理行動課 ガジン @gajin
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