第3話 お医者さんごっこ

「じゃあ、まずは業務内容の確認から。君たちは我が帝国直属地域治安維持組織1stファーストにてメンバーとして働いてもらう。基本的には町の人々の困りごとを解決していくんだけど……。当然良い人間もいれば悪い人間もいる。場合によっちゃ戦闘――最悪の場合は他人の命を奪うことも覚悟してもらわないといけない。……それは分かってるね?」


 命を奪う――言葉だけなら誰にでも言えるが、実際に行動に移せる自信は今のところ無かった。でも、多くの命を救うためには犠牲が必要になることだってどうしてもある。それはこの仕事を志したときから覚悟していることだった。今こうして目の前にその事実を突きつけられても……不安になるこそすれど、決意が揺らぐことはない。


 私たち二人の同意の言葉を聞くと、リリオさんは満足したように大きく頷いた。


「よし、いい返事だね。それじゃあ対面試験を始めます! ……といっても、やることは一つだけなんだけどね。志望動機とか経歴とかそこらへんは書類で確認させてもらったから……あとはタスクの検査だけだね」


「……検査って、どうやって?」


 言ったのは自分のくせに、大して興味なさそうにククリはそう尋ねた。しかし、もっともな疑問だ。私も同じことを聞こうと思っていたし。


「そりゃもちろんこの二人のタスクを使って、だよ。まずは黛さんにお願いしようかな」


「は、はいっ! りょ、了解です!」


 リリオさんに肩を叩かれた黛さんは私たち二人に向き直る。そして顔のわりに大きな黒縁メガネを少し下にずらすと、裸眼で私たちを見た。自信なさそうだった目つきが少しだけ凛々しくなる。


「で、では失礼します。タスク――彩色顕微カラードスコープ


 見開かれた藍色の瞳が黒く光る。黒い光というのも矛盾している気がするが、そう感じたのだからそう形容せざるを得ない。まるで心の中を見透かされているような感覚がして、少しくすぐったかった。二、三秒ほどすると彼女は眼鏡をかけなおし、後森さんへと振り返って言った。


「う~ん、よく分かんないですね……特にククリさんの方は」


「だろうな。まぁ初めから期待してなかったが」


 シンプルな毒舌。黛さんは小さく「ひぃん」と悲鳴を漏らすと、少し申し訳なさそうな顔をして後ろへと下がっていった。どうやらこのぐらいの罵倒は日常茶飯事らしい。


「目で見るだけでタスクが分かるんですか?」


 そのやり取りを少し不憫に感じてしまったので、雰囲気を紛らわすために後森さんに疑問をぶつける。


「あぁ、濡羽はタスクの色が見えるんだ」


「厳密に言うとタスクに色があるわけではなくて、その人の能力がオーラみたいな感じで分かるんです。それが私は色に見えるってだけで……。紗芽さんは緑っぽい黄色、ククリさんは黒でした」


 黛さんが後森さんの解説を引き継いだ。申し訳なさそうな表情にもかかわらず少し早口になっているのは、研究者気質なのかもしれない、と脳内で一度も勉強したことなんてないプロファイリングを行ってみた。


「変化系と操作系のミックスに……特異系、か。それなら分かりづらくても仕方ないな。……そんなら、予定通り私の出番ってことで」


 後森さんは舌なめずりでも始めそうな微笑を浮かべながら、部屋の隅から椅子(というよりはソファに近い)を二脚引っ張ってきた。最初に彼女が座っていた椅子に似ているが、両手両足を拘束するベルトが付いている。……まさか締めないとは思うけど。


「ほら、早く座れ」


 私とククリは促されるまま椅子に座った。二人の着席を確認すると、後森さんはまず私の目の前へと歩いてくる。うぅっ、めちゃくちゃ気まずいんですけど……。


「……な、なんか拷問されるみたいでドキドキしますね~」


「あ? するに決まってるだろ。何のためにこの部屋に来たと思ってるんだ?」


「え?」


 ――ガチャ。呆然とする私をよそに彼女は慣れた手つきでベルトの金具を止めていく。拷問官ジョークかな?


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 私痛いのは苦手なんです! 傷物になるのも嫌です! まだ生娘ですよ!?」


「痛いのが苦手でどうやってここで働くつもりなんだ? 我慢しろ。――それに傷は付けない」


 彼女はそう言うと懐から細い針を取り出した。鍼治療で使うような奴だ。その針を私の手の甲にかざして狙いを定めると、ぷすりと半分ほど刺した。まぁこれだけ細いなら痛くはないかな。……あれ、ちょっとだけ痛いかも? あ、いた……痛いな……ッ!? い、いたたたたたたたたたたたたっ!!!


 針を刺した一瞬後、全身を痛みが駆け巡った。あんな細い針でこれだけの痛みが与えられるはずが無い――と脳が理解を拒絶するも、両手両足を拘束されながら打ち上げられた魚のように悶え、声にならない声を上げることしかできない。玉のような汗が噴き出し、目の前が強烈にフラッシュする。


「おーおー、痛そうだな」


 後森さんは呑気な声色でそう言うと、じたばたと足掻く私をしばらく手持ち無沙汰に眺めた後、不意に私の手に自らの手をかざした。黛さんが不安そうに声をかける。


「あ、あのぅ。そろそろいいんじゃないですか?」


「分かってるよ……加虐圧搾ハートフルペイン


 後森さんがタスクを発動した瞬間、私の体から痛みはさっぱり無くなっていた。徐々に痛みが引いていく、のではなく一瞬でだ。強烈な痛覚の揺り戻しによって一気に現実に引き戻されつつも、いつの間にか固く閉じていた目を開くと、後森さんの手の甲には白い花のようなものが咲いている。


「あ――え?」


「よく気絶しなかったな。お疲れさん」


 全身の汗に不快感を覚えながらククリの方を見ると、「大げさだな」とでも言いたそうな顔をしていた。今に同じ痛みを味わうことになるんだから、覚悟しといてよね。


「で、どんな感じ?」


「ん……自己申告の内容に嘘は無いみてぇだな」


 後森さんは花占いのように手に咲いた花弁をちぎっては、書類をペラペラとめくり、リリオさんに答える。間に入れる雰囲気ではないので、手足の拘束を外してくれている黛さんに声をかけた。


「何だったんですか? 今の」


「えっと、癒浦さんのタスクは他人の考えてることや体の情報、どんなタスクを持ってるか……とか色々が分かる能力なんです。と言っても私みたいに『見る』だけで、とはいきませんけど。痛みを与えれば与えるほど得られる情報も増えるんです」


 なるほど。それならただ手遊てすさびに私を拷問して楽しんでいたわけではないらしい。いや、少しは楽しんでたのかもだけど。ちょっと笑顔だったし。それもサディスティックな。


「んで、肝心のタスクは……『異常を通常に戻す能力』?よくわかんねーな」


「今、試しにやってもらえるかな?何か要るものは?」


「あ、じゃあ……鉛筆、ありますか?」


 私のその言葉を聞いて、黛さんが小走りで机から鉛筆を取りに行ってくれた。かなり気が利く性格らしい。今にも転びそうで見ていて不安ではあるけど。


「まずこの鉛筆を、折ります」


 渡された鉛筆の両端を持ち、力を込めて中央から折り曲げる。無残にも二本になったそれを周囲に見せてから、能力を発動した。


「タスク――通常通りデフォルトストリート


 音叉のような音が小さく響き、空気が僅かに振動する。能力を使うときのこの感覚は、心地よくて結構好みだ。鉛筆は一瞬白く光って元の一本に戻った。エナさんが小さく拍手をしている。どうやら彼の癖らしかった。


「なるほど……僕は見たことない類の能力だね。癒浦ゆうらは?」


「お前が見たことねぇんなら俺もねぇよ。要するに物を元に戻せるってことでいいのか?」


 セリフの後半はこちらに顔を向けながら後森さんは尋ねる。


「えっと、少し違って……例えば折れた鉛筆は戻せても、丸くなった芯は戻せません。鉛筆の芯が丸まることは普通に使ってても起こりうることですよね?」


「ふむふむ、文字通り『異常』かどうかが重要なんだね。……ちなみに他人のタスクを無力化したりは出来るの?」


「はい、できます。……もっとも、手で触れられるならの話ですけど。何が『異常』で何がそうじゃないのかは私でも完全には把握してませんが、タスクは『異常』に入るみたいです」


 リリオさんは私の話をメモに書き留めると、数秒何かを考えてから顔を上げた。


「うん。ひとまずは理解した。また分からないことがあれば聞くよ」


「じゃあ、次はこっちのおとなしい奴だな」


 大人しいというか無愛想というか……。後森さんは針を手にククリの座る椅子へと歩いていく。ふふん、今度はこっちが痛がってるあなたを見る番だからね。内心でほくそ笑んでいると、不意に彼女が声を上げた。


「あの……パーティションとかないですか?」


「あるぞ」


「隣に見られたくないから立ててほしいんですけど。」


「いいぞ」


 後森さんはそう言って部屋の隅から布製の大きなパーティションを持ってくると、二つの椅子の間に立てた。えぇ……。


「そんなのがあるなら最初から出しといてくださいよぉっ! 恥ずかしいところ全部見られちゃったじゃないですか!!」


「お前が言わねぇのが悪いんだろが……」


 せめて情けない声だけでも聞いてやろうと聞き耳を立てたが、パーティションの向こうから聞こえてきたのは低いうめき声だけだった。……あれ? もしかして私って本当に大げさに痛がってた?


「なんだ、あんま痛がんねぇとこっちもやりがいがねぇな……」


 少し残念そうな声色で言いながら、後森さんはパーティションと拘束具を外した。あ、絶対人が痛がるの見て興奮してるよこの人……。ククリは少し額に汗を浮かべていたが、特に表情を歪めているわけではなかった。


「痛みには慣れてますので……」


「それでそれで?肝心の能力は?」


 リリオさんは好奇心が抑えきれないといった様子で後森さんの背中に乗っかり、身を乗り出しながら手に咲いた花をのぞき込む。彼女は子供を戒める親のようにそれを制止しながら、手に咲いた花をちぎった。


「まぁ待てって……えーっと、『代償を支払う能力』――代償を払うことでいろいろ出来る。だってよ」


「履歴書の通りだね。いろいろ……って具体的には何ができるの?」


 リリオさんは顔だけを能力の持ち主に向けて尋ねた。


「衝撃波を出したり、バリアを張ったり、周囲を探索したりとか……まぁ色々です」


「ふぅん…………。そっか。代償ってのは何を払ってるの?」


「体内のエネルギーとか、血液とかです。そのせいでよく貧血になったりしますけど」


「へぇ…………」


 ククリの言葉を聞いてリリオさんは何かを考えるように少し俯くと、ゆっくりとした歩みでククリへと近づく。左右に蛇行しながら歩くその姿は、獲物の逃げ道を一つ一つ潰しては着実に距離を詰める、周到な捕食者のようだった。彼はそのまま拷問椅子を通り過ぎると、後森さんが座っていた椅子に腰かける。表情は今まで通りの薄ら笑いだが、目だけは全く感情が宿っていなかった。その空虚な瞳でククリをじっと見つめる。そのまましばらく彼女を見つめ続けてから、不意に口を開いた。


「で、君。内臓はあとどのぐらい残ってるの?」


「……ッ!」


 ――え?今なんて言った?内臓が何とか……。恐る恐るククリの方を見ると、彼女はさっきまでとは全く違う焦ったような表情を浮かべていた。


「攻撃をして防御もできて……ってそんな多機能な能力、相当燃費も悪いはずだよ。本来一人の人間が持つ能力は1つなんだからね。……そんな能力のリソースを血液で賄っている?言霊も無しにかい?それが本当なら君は能力を使った瞬間失血死しているだろうね。」


 何も言わないククリを、柔らかい表情とは不釣り合いな死んだような目で眺めながらリリオさんは続けた。エナさんが視界の端で「お前が言うか」とでも言いたそうな表情をしているが、気のせいだろう。


「君のタスク純度が化け物級に高いってんなら疑わないよ?でも君からはそこまで大きなタスクの波動を感じない。……だったら血なんかよりも重い代償を支払っていると考えるのは当然だろう?」


 リリオさんは極めて理性的な推論でククリの嘘を追及した。――口角だけが吊り上がった作り笑いとも違う不気味な形相で……。


 空気が凍りつく。身動きが取れない。この拷問室の中の誰も、瞬き一つしない。呼吸をすることも憚られるようだった。


「――右肺。」


 私がリリオさんの推測に唖然としていると、ククリが突然口を開いた。


「右肺、大腸40%、小腸55%、肝臓40%、肋骨4本、両足小指、左眼球網膜、右鼓膜――これが今までに支払った代償です。」

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