第4話 その手が届くのは

 羅列された単語の数々に私の開いた口は塞がらなかった。そのうちの一つを失うことすら私には想像もできないというのに。リリオはわざとらしく口をへの字に曲げながら言った。


「地安で働くって……これ以上能力を使うつもりかい?次は心臓か脳でも代償にするのかな?」


 ククリはリリオから目を逸らしたが、何も言おうとはしなかった。


「やれやれ……。君、自殺するためにここに来たの?だったら迷惑だからそこらの木で首でも吊って貰いたいんだけど。」


「そ、それは言い過ぎじゃ……。」


 見かねた黛さんが口を挟もうとするが、そんな表面だけのフォローではどうにもならないほど部屋の空気は冷え切っていた。


「というわけで、君は不合格だよ。」


 リーダーのその言葉を聞いて、エナさんは静かに扉を開いた。帰れということらしい。こんな状況でも一切動揺せずに職務を全うしているのは流石と言わざるを得ない……が。


「ま、待ってくださいっ!」


 扉に向けて歩き出そうとした彼女を引き止めるように声を上げた。部屋中の視線がこちらに向けられる。緊張はする……が、出会ったばかりとはいえ顔見知りを、それも重傷の人間を放っておけるほど私はドライではないのだ。


「治せる、かもしれません。私。」


 私のその提案に、ククリを含めた私以外の全員が目を丸くした。しばしの沈黙が流れる。最初に口を開いたのは意外にも後森さんだった。


「ホントにやれんだな?」


 面倒なことになった、といった表情でこちらを見つめながら言う。


「可能性は高くないですが。」


 内臓が半分無くなってる人間を見たのなんて初めてだし。私が目を泳がせながらそう答えると、後森さんは小さく溜息をつきながらも私のそばへと歩いてきた。


「……怪我人を追い出すってのも寝覚めが悪いからな、仕方ねぇ。手伝ってやるよ。」


「ありがとうございますっ!」


「で、どうやって治すつもりなんだ?」


 後森さんはそう言いながらククリの腕を無理やり引っ張って元居た椅子に座らる。


「ククリさんの怪我が能力で支払った代償だって言うなら……私の能力で『通常』に戻せるかもしれません。時間が経っているでしょうから難しいですけど。」


「そんなら、なおさらモニター役が居た方がいいだろ」


 後森さんは懐から針を取り出すと、慣れた手つきでそれを手の甲に刺した。ククリの顔が一瞬苦痛に歪む。後森さんは手の甲に咲いた花から花弁を一枚、乱雑にちぎると私に差し出した。


「噛め。」


 薄桃色をした花弁を受け取る。体温を孕んだそれは切除された肉片のようで少し不気味だったが、花弁を噛むと、頭の中に情報が流れ込んできた。体験したことない感覚に一瞬狼狽える。目に見えるわけではないが、これは……年表のような――。


「こいつの能力の使用履歴だ。どうだ、届きそうか?」


 年表には今まで使われた能力とその代償が羅列されていた。リストの最終履歴は……11年前。「肋骨 2本」とある。


「――かなり古いですね。でも……やってみます。」


 できると思います、という言葉を飲み込み、彼女の手を握る。イメージは海底に向かって手を伸ばすように。手が触れさえすれば治せるのだが、なにせその「異常」が遠い――。目を閉じて大きく息を吸った。今はただ深く潜ることだけを考えよう……。


 それからしばらく時間が経った。体感では五分ほどだが、もっと短いかもしれないし、もっともっと長いかもしれない。途中何度か手が触れそうになったが、その度により深くへと「異常」は潜っていってしまうのだった。だんだんと呼吸が荒くなっていく。こんなにも長時間能力を使い続けたのは初めてだ。


「やっぱり、無理そうかな?」


 リリオさんが私たちの背後で声をかける。気にしている――というよりは最初からあまり期待はしていなさそうな声色だった。


「……もういい。どうせ治るだろうなんて思ったことないから。」


「そんな……そんなこと言わないでよ。きっともうすぐ治せる……。」


 そう言っては見たものの、先ほどから進展はなく無駄に体力だけが消費されていたのは事実である。でもここで諦めたら――。


「もうやめてって。私のことなんかほっといて。」


 あまりに辛そうに肩で息をする私に見かねたのだろうか、ククリはしきりに「やめろ」と口にした。その一言ごとに「異常」は深海へと沈んでいく。……このままじゃ、ほんとに届かなくなるッ!


「だからもう――。」


「馬鹿ッ!いつまでそんなこと言ってるの!?」


 突然大きな声を出した私にククリの身体が震えるが、なりふり構わずに続けた。


「ここで……1stで働きたいんじゃなかったのッ!?あなたが何のためにここに入ろうとしたのかは分からないけど……死ぬためなんかじゃないんでしょ?どんな理由があるにしろ、人のためになりたいって思ったからここに来たんでしょ?」


「っ……。」


  冷汗が止まらない。思考に脳のリソースを割くことができず、考えていることを垂れ流すように叫んだ。


「それに……どうでもいいなんて嘘もつかないで。――ねぇ教えてよ、貴女のこと。全部教えて、私に」


 ククリが大きく目を開く。驚きと羨望と、少しばかりの恐怖がない交ぜになったような表情だった。


「わ――私は……。」




「私は、自分の生きる意味が知りたくて、ここに来たの。」


 ククリが目を逸らしながらも、重い口を開いた。私の身体が、精神が、彼女のより深くへと沈んでいくのを感じる。


「私は、私の人生の意味を見つけてくれる人を、場所を探していた。」


 ククリが自らの心の内を語るたびに、少しづつ私の手は深くへと潜っていった。もう少しで、届く……。


「なら……私が見つけるよ。」


「……え?」


「私が、あなたの生きる意味を見つけてあげる。ううん、私があなたの生きる意味になってあげる。だから……。」



 

?」




 瞬間。私の指先に何かが触れた。逃さぬように必死に手を伸ばして指を絡める。そして「それ」を、指で掴んだ。白い光を伴って、大きな金属音があたりに反響する。




「やっと……届いた。」


***


 金属音が止んでから、慌てて息を吸った。いつしか呼吸を忘れてしまっていたようだ。


「すごいね、君の能力。まさかほんとに治しちゃうなんてさ。こりゃあ、これからは二人コンビで活動してもらうことになりそうだね。」


 私の息が整ってきたのを見計らって、リリオさんが声をかけてくる。黛さんに渡されたタオルで汗を拭きながら、ククリの顔を見ると、憑き物の落ちたような表情をしていて少し安心した。相変わらず目は逸らされたけど。


「うん、全部きれいさっぱり治ってるな。少しはやるじゃねぇか。」


 ククリの手から針を抜いた後森さんは私の背中を勢いよく叩いた。激励にしては痛すぎる。跡が残ってそうだな……。


「よし!それじゃあ怪我も治ったことだし、叵辿ククリくんと古池紗芽くん、君たちを正式なメンバーとして――。」


「駄目です。」


「――え?」


 リーダーの言葉をさえぎって私は話し始める。


「リリオさんが許可しても、私が許可できません。ククリ、もう一つだけ私と約束して。」


「な、何……?」


「これから私と一緒に活動するなら、怪我は治せるわ。……でも、だからって自分を犠牲にするような無茶なことはしないって、約束して。」


「……分かってるわよ。そんなこと、言われなくても。」


 ククリのその言葉を聞いて、私は胸を撫でおろす。


「もうあなた一人の身体じゃないんだからね」


「めちゃくちゃキモいよ、その言い方」


「それじゃあ、リーダー、改めてどうぞっ!」


「まったく……まだ入団すらしてない人に話をさえぎられるとは思ってもなかったよ。まぁいいけど。それじゃあ、リーダー、もとい帝国直属地方治安維持組織マスター、フェ=リリオが二人を正式に我が1stのメンバーと認めます。」


 リリオさんは「今のが一番かっこいいセリフだったのになぁ……」といつまでもブツブツ言っていた。


 こうして、私とククリの共同生活が幕を上げたのだった。

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