19話

 夏には、家庭科の幸子さんは浴衣を縫うらしい。そこで母は浴衣地を買ってきた。

 夏休みは家に帰ってこいと、小遣いを一万円持たせた。私にはないものが次々と与えられ、幸子さんはいい気分だろうけど、知らなければそれまでの事が、分かってしまうと、どうして?なんで?となり、私は面白くなかった。

 私と同じように、というけれど、彼女の方が労わられているのではないか?でも、でも、私には家族がいるからいいじゃないかと言われれば、何も言えない。まあ、いい、好きにするがいいさ。

 高校一年の冬、十二月三十一日、私は兄の言いつけで集金をするため、夜中の十二時頃街中を自転車で走った。集金の店に行く手前で風紀係の先生に会ったので頭を下げた。

 私は家の手伝いで集金をしていたが、先生はそんな境遇は知らないのか、私と会った事を先生の持って居る手帳に私の名前を書いたようだ。

 学校が始まって、風紀の先生は次々と名前を呼び、説教をするようだ。その一人は先生の手帳を盗み見たようで、私の名前が書いてあったと、ヒソヒソ話しているようだ。

 私はホームルームの時、手を挙げて言った。

「家の手伝いで集金をしていた時、風紀の先生に会って、挨拶しました。それのどこが悪かったのですか。教えてください。先生の手帳に私の名前があったからって、コソコソと悪口言うのはやめてください。」と

 それ以来、その同級生は私の顔を見て、ヒソヒソいう事はなくなった。

 ある日、ふと仕事場でケーくんと幸子さんが何を話しているのか、幸子さんが笑っていた。声を出して笑っていたが、私の姿を見た途端、黙ってしまった。まあ好きにするがいいわ。私はそっぽを向いて用事をした。

 三年が過ぎ、もうすぐ卒業という時、父は一年間はお礼奉公するようにと幸子さんにいった。給料はちゃんと一人前出すから。初めからそういう約束だし、それが常識だと。幸子さんは、いい返事をしていた。

 ところが卒業して一か月もたたないうちに、突然いなくなったのだ。

 その日、母が買い物を言いつけて、それを買いに行ったと思っていたが、いつになっても帰ってこない。それでもと一時間待ったけれども帰ってこない。それで家中が慌てて、あっちこっちへ電話しても埒が明かない。

 私は思い切ってタンスを開けてみた。下から三段、二段、一段、まるきり空だ。荷物はいつの間にかなくなっていた。

 そして何故かケーくんもいなくなっていた。その日は日曜日で、ケーくんは仕事が休みで一日自由の日だったから、気が付くのが遅かったが、隣のおばさんが、

「ケーくんはバスに乗って東の方に行ったよ」

という。東の方は幸子さんの家の方だ。ケーくんの荷物は何もかもあったから、夕方には帰って来るだろうと思っていたが、帰っては来なかった。

 でもケーくんと幸子さんが手に手を取ってこの家から出てしまうとは、どうしても思えなかった。

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