15話

 なんだか家族が崩壊してしまったような、張り詰めていた気持ちが破れたふうせんのようにペシャンコになってしまった。

 小さい頃からの倹約、親の役に立つ、自分で仕事を見つけてする、そんな小さな行いなどいくらの物でもなかったような。兄弟一緒にとか、その人のためにとか、そんなものの全てが虚しくなった。

 私は何のために、誰のために、もくもくと―――。全て信じてもしょうがないような、バカバカしいというか、そんな風に思えて仕方がなかった。

 夕辺、近所の人達が店を片付け、黒白の幕を下げていた時、薄汚いコートを着た男の人がフラフラと店に入ろうとした。

 父が、何ですか? と聞くと、その男は

「週刊誌の者ですが…」と言う。

 父は、帰ってください、何もないですから帰ってください、と男の前に手を広げて、阻止した。

男は

「それでも何か……」 といいながらも、シブシブと帰っていった。

 一週間ほどして、母もボツボツと起き出したので、父は午前中の仕事が終わると、どこへ行くともなく、姿を消した。

 父がそんな風に姿を消して一週間ほど立った時、家族の前でボソボソと話し出した。

 父は、姉の家で空の足跡を辿っていたらしい。最期の日、男と会い、夜になり、父に電話をすると、多分一緒に死ぬ覚悟は出来ていたのだろう。相談の上の事だろうから。

 電話は、お別れだったのだろう。父の優しい声を聞いて、死ぬ覚悟は出来たような気がする。

 しかし、一緒に死のうとした人は、その場から駆け出してしまい、姉ひとりが―――。

 覚悟のできた女は、強いのだろう。男なんてあてになる物かと私は思う。

 姉が飛び込んだ踏切の近くの家の人は、

「駆け足で逃げて行った人の足音がして、女の人はそのまま―――」と聞いてきたのが最後だった、と父は言った。

 父が聞いてきた人たちの話によると、相手の男は、ある銀行の偉い人を父親に持った人で、姉と良い仲だったらしい、が―――。

 と父は言ったきりになった。

 私達は黙って父の話を聞き、姉の事はおしまいにした。

 何日か休んで、中学校に行ったが、誰も何も言わなかった。 

 ただ、黙々と毎日を過ごした。

 毎朝、一緒に学校に行く孝子さんも、何も言わなかった。たぶん家族から話すなと口止めされていたのかもしれない。

 姉と出かける事も無くなり、母の気持ちも落ち着いたように見えた。

 ある日、近くの娘さんが死んだという話しを母がした。

「その母親が話していたという事だけど―――」

と聞いた私は、

「死んでくれて良かったじゃない!」

と私は言った。

 母は多分、悪口風に言いたかったのかもしれないが、自分の娘の事と気付いたのか、急に黙ってしまった。

 他人の事ではない、自分の事だろうに、と私は思った。

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