10話

 兼吉兄は、学校に行けないなのか三日三晩、色町で遊び泊り、したようだ。私は知らなかったのだが、後で母からら聞いた。

―――男ってやだなあ、なんで思い切り悪く、意気地がないんだろうか。

 電話も引いた事だし、屋号も作って、商売は兄のペースに少しずつ色付けされていった。

 私が中学生になると、兼吉兄は見合いし、結婚した。

 結婚式の夜、父は少し安心したのか、飲めない酒を飲んだせいか、ぽつぽつと話し始めた。

「子守の年季が明けた時、年季と言っても親が約束したことで、お金も親に渡っているし、その親も、父親は私が家を出る前に、母親ももう死んでしまっていて、従妹が実家を守ってくれている

 それで年季奉公が終わると、私はすぐ上の兄を頼って東京に行った。私は五人兄弟で、末の妹は実家の近くに嫁に行っていて、一番上が横須賀の兄さん、私の他の二人の兄さん達は各々東京へ働きに行っていたのだ。上の方の兄さんを頼って行った東京だったが、兄は地下鉄の工事現場で穴掘りをしていた。

 見学しようと行くと、穴が崩れて死人が出たと騒いでいるではないか。あゝ、ここはキケンでだめだと思った。」

 私は、折角東京に来たんだから、とあっちこっち見て歩いた。

 すると浅草のせんべい屋に「求人募集」の張り紙が出ていたので、その店に入った。

 せんべい屋は、製造ではなく、朝、リヤカーに山のように乗せたせんべいを売って歩く仕事を募集していて、次の朝行くと、何人もの人がリヤカーで売り歩くのだ。いくら歩いても菓子屋はなく、みんな止めていくらしい。私も、売れなくて、その内に止めた。

 福島の実家に帰ろうとしていたが、東京で知り合った友達が栃木にいる事に気が付いて、途中で汽車を降りた。するとその友達が言うには、今、働く人を探している所がある、というので、その家に行ってみた。

 勿論、せんべいを作っている家だった。

 そこでせんべい作りを覚えたんだよ。そうして働いている内に、母さんに会ったんだ。

 母さんはその家の二番目の娘さんだった。病気だった旦那さんが亡くなり、奥さんも続いて亡くなってしまった。娘さん達、特に二番目の母さんになる娘さんは、ショックで何をしでかすかわからない程、気が立っていて、目が離せなかった。

 私がこの町に家を作って、母さんと結婚したのは、母さんが心配だったのも重々あるけど、それにせんべい作りの機械を一式やるからと、長女の所へ婿に来たばかりの旦那さんの言う事も、信じたからだ。だけどそんな話しは嘘だということがすぐ分かった。

 うまい話しは信用できないんだ。だいたいがそうだ。私の父もそうして騙されたんだ。

 元もとは武士だった私の父親が、商売など商売など出来るわけがない。畑の野菜をてんびん棒のざるに入れて町場に行き、わずかな売り上げの金で酒を飲んで帰る毎日だった。そんなある日、商売を始めないかという甘いことばに騙されて、ハンコをついたのが運のツキ。

 東に見えるずい分離れた向こうの山のふもとまであってという家の土地を、まるっきり取られてしまったんだ。怖いもんだよ。

 それで、私は働きに行くことになったんだから。………

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