第8話
春休みになって私はキミ姉が東京に帰る時に一緒に行く事になった。一張羅の上下を着て。でも靴は例の黒いズック靴だった。
汽車の中は込み合っていたが座れた。と服の上から白い着物を着た男の人が、杖をついて、首から募金箱を下げて、歌をうたいながら、募金を強制するでもなく歩いて行った。戦争の犠牲者だと言っているようなものだ。その人は本当に戦争に行ったのだろおうか?。山本さんのおばあちゃんがいたらその人の手を取って涙を流したに違いない。
下北沢のアパートまで行った。
下北沢のアパートは会社の宿舎になっていて、六畳一間に、入り口に小さな台所があった。坂ったれに建っていて、六畳の窓からは坂の下へと視界が続き、道の両側には畑が連なっていた。
アパートの前の坂を上って右に曲がり、まっすぐ行くと駅に着く。その途中に店が連なっていて、日頃の買い物はここで済ます。
電車に乗る時は、線路に二本ずつ四本渡り、ホームに入る。切符を売る所はなかったような気がするが、降りる人が入れるキップを集める箱はあったような気がする。
夕方の買い物が済んで帰ろうとした時、キミ姉の目に、靴屋のショーケースが並んだ”赤い靴”が目に入ったのだろう。
「ねえ、靴買ってやろうか?」
「いいよ、これで……」
「まあ、なんとかなるよ、買おうよ」
姉はお金のことを言っているのだろう。
お店の人は、赤い靴を出してくれた。
「はいてみていいですか?」 姉が言う。
「もちろんです」
私は靴のベルトを外し、足を入れた。丁度いい!
「あら、丁度いいんじゃない。これ下さい。はいて行きますから。これ包んでください。」
私の履いていた靴を新聞紙で包んでくれた。
私は赤い靴を履いている。姉の家に帰る間中私は地に足が着かないというか、飛んでいるような気分だった。
私のの家に帰り、父母に靴の話を得意げに話したが、その赤い靴を履いて行く所はどこにも無かった。その内に赤い靴は履けなくなり、いつの間にか家のゲタ箱から姿を消した。
夏休みは父が横須賀の伯父さんに用事があるというので、私と岳夫兄も一緒に行く事になった。私と岳夫兄をおじさんの家に置いて父は日中、用事に出かけ夕方帰って来た。
おじさんと散歩していると、近所の男の子たちに囲まれ、兄は果敢に戦った。それを見ていた伯父は、考えたのだろう。
後日、伯父が家に来て、岳夫を養子に欲しいと言う。父と座敷で二人きりの話しだったが私は座敷の唐紙の外で、聞いていた。心配で仕方がなかった。
父は、兄であろうと、私の子供をあげる事は出来ない、と首を縦には振らなかった。
大切な兄が取られなくて一安心だった。
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