第7話

次の日学校に行くと、早いうちから鳥越先生が教室にいて、

「荒井さんちょっとー」と言う。

 私は「はい」と先生の所に行くと、

「今ね、キヨちゃん家に行ったふたりの友達にも聞いたんだけど、ちょっとこっちへ来て」

「なんですか?」

 先生は昇降口のすのこの上に私をしゃがませると、

「実はね、きのう、あれから先生の所へ言伝てがあって、きのう二階でお金がなくなったんだって。それで一緒に行った友達にも聞いたんだけど、『知りません!』ていうのよ。あなた知っているんでしょ。お金どうしたの。千円よ。大金よね」

 先生はひとりで、ツルツルと口から出てくる言葉に、楽しんでいるようにも見えた。

 いや、真剣でなかろう筈がない。先生なのだから―――

 それから先生は三時間、同じ事を、例えば帰りに背中に隠した物はお金ではないの?と。今欲しい物、例えば私は黒いズック靴を履いているのを見ると、赤い靴が欲しいの。先生の旦那さんに言って買って貰ってあげるから。先生の旦那さんも給料は安いけど、それ位なら、とかを繰り返し繰り返し、三時間も話していた。

 私はその度ごとに、りんごの芯です、靴はこれで十分履けますから、いりません、を繰り返し返事した。

 お昼になり、先生は「教室に帰りなさい」と私に投げつけるように言うと、職員室にでも行ったのだろう。

 クラスのみんながお弁当を食べていたが、私は食べる気がせず、お弁当の処理をどうしよう。母に何と言おうか、とばかり考えていた。

 と窓ぎわの人が、

「オイ、見ろよ。キヨが先生に連れられて渡り廊下を行くぞ、しかもスキップなんかして」

「どうしたのかしら?」

 私も覗いて見た。男の子が言うように、キヨちゃんはスキップして、先生の手を引っ張るように、行く。私にあんなに詰問していた人と同じ人なのだろうか。キヨちゃんはかわいいのかしら。なんだか理解できない光景だった。

 私は家に帰っても、両親に今日あった事は話さない事にした。もう終わった事だから。

 後日の日曜日、キヨちゃんのお父さんが店に買い物に来て、ついでに―――という風にして

「実は先日、お宅のお嬢さんにどろぼうと勘違いしてしまい、済みませんでした」と言った。

 私が先生に言われたのに、なんで店にいる両親に謝るのよ。私にだって謝ってほしい。 

 同じ日に相談したように先生も店に来て、買い物がてら風を装って、

「先日は済みませんでした。実は娘さんにお金を取ったろうと言ってしまったんです。済みませんでした」

 と先生も言った。店にいた父と母に言った。私の顔も見えていたのだろうが、私には見向きもせず頭も下げなかった。先生の沽券というものだろうか。

 もし、先生が頭を下げてくれたら、もう、多分それらの事は全て忘れようと思っていたけれど、私の親に下げた頭は、私にではない。一生忘れるものか。

 小学校では冬になると、教室の前側には暖飯器というものがあって、小使いさんが火のついた炭を各クラス毎にに持って来て、一番下の灰の上に火のついた炭と新しい炭をを入れてくれる。少し離して、上から順々に網の引き出しが何段かあり、お弁当を入れる。暖飯器の前のドアを締めて勉強の時間になるのだが、その内におかずが温かくなると、いろいろな匂いがしてきてにぎやかである。たくあんとかが入っていると、覿面に匂う。

 先生用というか、教室の前面には、ダルマストーブがあって、先生が手をあぶったりする。休み時間になると、何人かの女の子が先生の周りを取り囲んで話しをしている。時々キャーキャー言うが、私はあれ以来、先生に近付いた事はない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る