第4話

 小学校四年の旧正月に、母の実家から従兄弟のハルオさんが庭の方から入って来た。

 ハルオさんは母の妹の一人息子で、父は戦死し、母親は学校の先生をしていたが、苦労がたたってか、死んでしまった。なので母親の姉である本宅に預けられていた。伯母さんの旦那さんという方は、躾の厳しい方で、ハルオさんも私の家に遊びに来ていたことが分かったら怒られるに決まっている。それでコソコソと裏の方から来たのだろう。

 私がもしそんな環境で育っていたらと思うと、ハルオさんが同じ従兄弟と思うだけに、かわいそうだった。が、面と向かって同情する気はなかった。それはハルオさんに失礼だと思うから。


 私は母から、風呂汲みの仕事を言いつかる。兄の岳夫と一緒にだ。岳夫と学校から帰ったら、百ずつポンプを汲む事に決めた。

 ポンプの口にはさらしの袋が付いている。錆を取る袋のようで、母が時々洗った袋と取り変えている。そのポンプの口の下に、父が作った長いブリキの樋をつけ、風呂に水が入るようにする。何回か繰り返すと風呂がいっぱいになる。樋をはずし風呂の蓋をすると今日の役目は終り。兄は勉強に、私は弟と遊ぶ。

 店の前の、道路をはさんで山木さんというお宅があった。おばあちゃんが一人で住んでいたのだが息子さん家族が越して来ることになった。

 母と挨拶に行くと、弟の四郎がひとりで家に上がっていて、何か御馳走になっている。

 息子さんの奥さんが

「あなたも上がって! はちみつを塗ったパンがあるわよ」と誘ってくれたけれど、私は母の後に隠れて返事が出来ないでいた。結局のところ、私は引っ込みじあんなんだと思う。

 何年もしない内に山本さんの息子さん達はまた引っ越して行った。そしておばあちゃんはまたひとりになった。

 ある日、母は古い布団を作りなおす事になった。布団の皮を解き、中の綿は打ち直してもらい、皮は洗って板に糊付けする。乾いたら布団皮用に縫い、綿を入れる。

「前のおばあちゃんを呼んでおいで。話しはしてあるから」と母が言う。

 おばあちゃんを呼びに行くと、ホイキタとばかりに、おばあちゃんは来る。

 布団に綿を次々に入れる。私は初めて見る作業で、手伝いながら見ていた。

 お昼になったので、切のいいところでお昼ごはんにしようとおばあさんにいい、おばあさんは家に帰っていった。と、おばあさんの肩に真綿が乗っている。私が「あっ!」と言うと、母は指を口に当て「シッ!」と言った。母も分かっていたのだ。

 お昼が終り、また来たおばあさんの肩に、真綿はのっていなかった。

 夜になって父に話すと、

「ハハハ!」と笑うばかりである。

 父は福島の生まれで、苦労して来た人だった。商売をしてわずかずつお金を溜め、実家に送っては家を建て直し、お墓を作って来た経緯があるので、お礼に地の物の真綿や、時には干柿なども送ってくるので、前のおばあちゃんのささいな出来事も笑って過ごしたのだろう。

 冬の風の強い日は、おばあちゃんの家の風呂の焚き口が外にあるので、苦労があった。そんな日は、早目に風呂を焚き、

「前のおばあちゃんにお風呂に入るように」

と父が誘う。私はおばあちゃんの家に駆ける。

 おばあちゃんは、待ってましたとばかりに風呂を貰いに来る。

「頂きます」

「ごちそう様でした」と帰っていく。

「ごちそう様って?」 と父に聞くと、

「体がごちそうになったって事だよ」父が教えてくれた。

 お返しに、というのでもないが、普請好きの父がお風呂を動かす時などは、風呂頂きに行きます、と前もっていっておくらしい。

 おばあちゃんが

「早く入っちゃいな」と誘いに来ると、まだ日があるのに、私や弟は遠慮なく頂く。

 おばあちゃんの家は、風呂から川が見えて、川の土手には花菖蒲が咲いていて、それは見事である。でも木の桶の風呂の中には釜が出ていて、うっかりすると触ってしまい危険である。

 うちの釜は、父の考案で、ドーナツ型になっていて、火を燃やす回りに水が廻って来て、暖かくなって風呂に戻ると同時に冷たい水が入ってくるという仕組みになっていて、ドーナツ型の上では、煮炊きが出来るというものである。

 父は時々、家の中の無駄を無くし、倹約を考えていた。近くの鉄工所で作ってもらうと特許を取る気もなく、誰でも作ればいいという気持ちらしい。夕食の用意をして風呂も沸かくという仕組みは、家中で好評だった。

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