第3話
一年生の正月に、私は着物を着て小学校に行った。一月一日は登校の日だった。
寒い校庭に並び校長先生の”ことば”を聞いていたら、前の晩の寝不足と着物の三尺が体にくい込むのとで、立っていられなくなった。多分、貧血になったのだろう。
先生が私を抱いて、小使いさんの家に連れて行ってくれたらしく、気が付くと小使いさんの家にいて、囲炉裏の前にあぐらをかいた小使いさんが私を抱いて、囲炉裏で暖めてくれていた。
私がモゾモゾ動くと、
「大丈夫か?」
と小使いのおじさんに聞かれた。私は頭を下げ、ウン といって、そのまま帰って来た。みかんを五個も貰った。
「みんなも貰ったから」と小使いさんは言った。
小使いさん家は、小学校の中にあって、家族で住んでいる。いつでも、例えば二十四時間、対応しているのだろう。小使いさんの家族も大変な仕事をしているんだなあと思った。
父は子供達の食事に蛋白質が足りてないと思ってか、菓子屋仲間と、夜な夜な川へ出掛けては、いろいろな魚を捕ってきた。フナ、コイ、ドジョウ、時にはウナギもいた。
次の朝、魚をさばいている側に行って、どうやって捕るのか聞いたが、教えてくれなかった。
兄達もよく川に行って魚を捕るが、ガラス箱とヤスだったり、三角網を持って行ったりした。兄達が魚を捕ってくると、七輪に火を起こし、自分達で焼いて食べてしまう。たまに私が物欲しそうにしていると、小さいのを分けて呉れる。カジカをくれると美味しい。卵を持っていると、なおうれしい。
その頃は電気の需要が伸びていて、使用量に追いつかないのか、週に一度、電休日という日があって、それは水曜日だった。日中は何とかなるが、夜は困る。早目に夕飯は食べるが、店にはアルコールランプを二つも下げても暗い。おまけに明日にはランプのホヤを磨く仕事がある。それは必ず私だ。
「もう、店閉めよう」と父が言うと、兄達はマッテマシタ!!とばかりに、自転車を入れ、店を閉めると、それぞれの部屋へ行ってしまう。
三年生の冬にも雪が降った。休みの時間に外に出てみると、岳夫兄のクラスが雪合戦をしていた。岳夫兄は雪合戦が面白かったのか、頑張って、汗もかいていた。そのまま教室に入り、冷えたらしい。風邪を引いてしまった。学校から帰り、シャツを変え、寝たが、熱が出てなかなか引かなかった。
父は町の医者を呼んで、診察してもらったが、風邪でしょうと注射をして帰った。が熱が上がるばかりで、入院する事になった。熱が下がる様子はなく、肺炎になってしまった。それからまた肺結核になるという不運になってしまったのは、どうした事だろう。
どうにかならなかったのだろうか。
父は、見舞いに来た人たちに、
「あそこの医者に診せたばっかりに、病気にとりつかれてしまった」となげいていた。
家族が付き添うには忙しいので、堀井さんのおばさんを頼んだ。堀井さんのおばさんは以前手伝いに来てくれていた人で、穏やかな人だった。おばさんは通い出来ていた。
母が雑誌を買ってくると、私が学校から帰ってくるのを待って、すぐに持って行くようにと言った。
私は、ウン、と言い、そのまま走った。少しでも早く兄にこの本を見せてやりたかった。
病院の大きなガラスのドアを開け、目の前に迫る大きな階段を登る。二階はひっそりとしている。人が居るのかと思う程静かだ。
ドアを開けると畳が敷いてあって、そこの布団の中に兄がいた。
「これ!」 と意気込んで本を出したが、兄は返事をするどころか、天井を見たまま、目を動かそうともしない。
私がつっ立ったままでいるので、堀井さんのおばさんは、
「その中にパンが入ってるから食べて行きな」
と言う。
私は兄の枕元にある大きな四角な缶の丸い蓋を開けた。その中には、ジャムパンやら、手の形のクリームパン、上に粒々の乗ったアンパンがぎっしり入っていた。どれも食べたかったが、兄が痛い注射を我慢したので食べられるのであろうと思うと、手を出すことが出来なかった。少しして私は帰った。その間中、兄は一言も話しをしてはくれなかった。
兄は一年近く病院にいて、退院してきた。又、同じ学年の勉強をするのかと思っていたら、それなりの学力があったのか、春になって友達と同じに進級する事ができた。
岳夫の病気が治ったお祝いにか、欲しがっていた鳩を飼う事になった。器用な父は事もなく屋根の上に鳩小屋を作った。
その内に勉強が忙しくなり、鳩は欲しい友人に譲ってしまった。
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