第2話

 小学校に行く前に集団行動になれさせるためにとでも思ったのか、父母は私を保育園に一年間だけ入れた。

 毎朝、私はキミ姉のスカートの端を握って保育園に行った。

 保育園は、小学校の西側にあって、家から歩いても十分とはかからない。一年間きっちりと通った。

 日曜日だったろうか、家の前をにぎにぎしく、”みこし”が通った。夏の暑日だったが、子供達は元気にゾロゾロと付いて行く。

 どこから付いて来たのだろうと思いながら、気が付いたら私もその中に入っていた。

 私は嬉しかった。こんな風に自由に動けるんだという事が。でも、もし家族に見付かったら怒られるんだろうな、と心の端で思いながらも、どこまでみこしが行くのか興味深々だ。

 橋の手前を左に曲がり、すぐ右に曲がった。多分、大神宮だいじぐさんの社まで行くのだろう。道は左に曲がり、登り坂である。道の脇にある土手に登れば、無事みこしはやり過ごせる。が、土手は高すぎて上がることが出来ない。みこしはすぐそこまで来ている。どうしよう……。と、私の前に手をのばしてくれた人がいる。私はその手を握った。その手は、何も言わず私を引き上げてくれた。見ると小学高学年くらいの男の子で、うすよごれたランニングシャツに半ズボン、ズック靴を履いていた。笑っている。私はお礼もいえず、下を向いてばかりいた。多分、この出来事が私にとって初めての恋というものだったのだろうか。今でも体が暖かくなる。

 保育園では、お昼の弁当を食べる時、ミルクという白い飲み物を出してくれる。ドラム缶のような大きな入れ物に入っていて、それは紙で出来てきた。後でわかるが、アメリカから贈られた脱脂粉乳の粉だという。今まで飲んだ事のない美味しい飲み物だった。

 春になって、もうすぐ卒園だという時、私達はゾロtあゾロと町の中を行列を作って歩き、大神宮さんに登った。

 先生は私達を草の上に丸く座らせると、両手を出させた。その両手の上に白い冷たい四角のものを乗せてくれた。手を洗う水もなかった。四角な物は両手を広げてやっと乗る大きさだった。

「さあ、頂きましょう」と先生の合図で、そのままかぶりついた。

 それは、なんとまあ、冷たくて甘くて、プリプリした物だった。

 陽気のせいと、歩いて来て喉が渇いていたのとで、格好の食べ物だった。掌までペロペロなめていると、

「じゃあ、帰ろうか」と先生がいい、手がベタベタのまま帰って来た。

 後でキミ姉から聞いたところ、例の脱脂粉乳に砂糖を利かせ、寒天で固めたの物で、ゼリーというものらしい。

 四月から私は十二年間の学校生活に突入した。入学記念にと、植樹をする事になった。

 私達の学級の植樹の場所は、私が登下校する時に利用している北門の近くだった。

 北門は、二本の太い丸太が間を開けて立っているだけだった。丸太の両脇は竹の杭が細かく立っていて、辛うじて道路と校庭を仕切っているに過ぎない。

 私は向かって左側の二本目の竹の垣根の脇に、スギの苗を植えた。割り箸のような名札を先生からもらうと、スギの前に立てた。私の植えたスギは、六年間学校を卒業するまで私の背丈を越すほどに大きく育っていた。

 小学校は木造で、廊下などは板の間から縁の下の土が見えて恐かった。

 その頃は上ばきはわら草履で、赤い鼻緒が付いていた。わら草履は、はいているうちにだんだんと脇の方からわらぐずが出てきて、教室の隅の方に溜まっていた。

 毎日繰り返される何でもない日なのに、私はその日突然、学校に行きたくなくなった。駄々をこねる私の手を引っ張って、姉は有無を言わせず、学校に連れて行った。例えば弟と一緒に積木などで遊んでいるのが嬉しかった。だけど、そんな我が儘は通るはずもなかった。

 姉は学校に着くと、お昼の合図がなるまで教室の後に立っていた。私は時々後を振り返っては、安心して時を過ごすのだった。

 そんな風にして、学校という建物や規則に馴染んでいったのだ。手のかかる子供だった。

 冬になると、毎年の事だが、足が冷たくて眠れない。弟がいない頃は母に抱かれて寝ていたが、弟が生まれてからは、私はヒサ子姉と寝る事になった。夜中にヒサ子姉が布団に入ってくるのを待って、姉の両足に冷たくなった私の足先を捩じり込ませ、やっと眠りに付くのだった。姉も心得ていて、横を向いて私の足先を受け入れてくれた。

 ある時、私は兄の岳夫と寝る事になった。多分何かの人寄せがあったのだろう。私はいつものように冷たい足を兄の股に突っ込んで眠りに付いた。兄はギョッっとしたのか、私の足を払った。が、眠い私は無理につっこんで眠った。やっと眠りに付くことが出来た。

 ある日、お手伝いさんが変わった。チヨちゃんという人は、私達子供の気持ちを良く分かっていた。

 私が一番気に入った事は、湯タンポを作ってくれた事で、夕食の用意が終わると、例えば七輪の上などに水を入れたなべを乗せて置いて、風呂から出る頃に各自に湯タンポを作って持たせてくれた。

 湯タンポは陶器でできていて、蒲鉾型になっている。栓はコルクで、その周りを布切れで包んで、お湯の漏れを塞いでいる。

 チヨちゃんは、子供の気持ちがわかると同時に、時間もうまく使い、昼食が終わり、夕食用の買い物の前のわずかな時間、座敷にいる母の前に座り、針仕事に余念がない。私は、チヨちゃんもやめてお嫁さんに行くんだろうなと思った。

 

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