第36話 詰めが甘いんだよ

「花火……」


 懐中電灯を手に、おぼつかない足取りで崖を降りてきた花火のことを、桐ケ谷が慌てて助けにいく。

 花火はそんな桐ケ谷を煩わしげに払いのけてから、得意げな顔でふんぞり返ってみせた。


「……こんなところで何してるんだ?」


 俺の回りで起こる煩わしい事態は、いつだって花火絡みだったけれど、さすがに今回は予想外だ。

 だって、まさか林間学校でやってきた人里離れた山の中に、他学年の花火が姿を見せるとは思わないだろう。


「はい、ご苦労様です。でも、もう十分なんで戻っていいですよ」


まるで虫を追い払うように、しっしと手を払う花火。

 普通なら怒りそうなものなのに、一度花火にこっぴどく振られている桐ケ谷は、花火の機嫌を損ねるのを恐れるように、仲間を連れて慌てて去っていった。


「さあ、センパイ。邪魔者はいなくなりました。私とふたりきり、ゆーっくりおしゃべりしましょうねえ?」


 月明りを背にした花火が、にいっと笑う。

 花火がしでかしてきたことの中で、一番呆れさせられた。

 他学年の学校行事に紛れ込み、問題ごとを起こすなんて正気の沙汰じゃない。


「桐ケ谷たちにも言ったけど、学校側に知れたら停学は免れないぞ」

「あはっ。停学なんてそんなもの」


 花火はそう言うと、肩を竦めてみせた。


「この学校に伝わるジンクスのことは私だってちゃんと知っていますよ。だから絶対にセンパイをキャンプファイヤーには参加させてあげません」

「は?」

「はぐらかそうとしたって無駄ですよ。雪代史に誘われたんでしょう? キャンプファイヤーのとき一緒に過ごそうって」


 頭が痛くなってきた。


「まさか、俺の邪魔をするためだけに、わざわざ林間学校に紛れ込んだのか?」

「もちろんです」

「ありえないだろ。そんなことのために……」

「えー。そんなことなんて言っちゃいます? 私にとっては大事なのに、ほんとにひどいセンパイですねえ」


 なんで俺の私生活が花火にとって大事なのか、まったく理解できない。

 理解したいとも思わないが。


 手首を縛られ、木に括りつけられている俺と自由な花火。

 自分のほうが圧倒的優位にあると思ったらしい花火は、得意げな態度でいつものモラハラ発言を繰り出してきた。


「こんなことになったのも、もとはと言えばすべてセンパイのせいなんですよ? センパイが学校中に広まっている噂をちゃんと気にして林間学校を休んでいれば、私だってここまでしなくて済んだんですから」

「……」

「ちゃんと反省してくださいね、センパイ? センパイがどれだけ罪作りな存在なのか、思い出してもらわないと」


 俺が言い返さないのをいいことに、花火の身勝手な発言は加速していく。

 それがこちらの思惑通りの展開であるとも知らずに。

 俺は、俺を言葉責めするのに夢中になっている花火の隙をついて、手首を縛っているロープを少しずつ緩めていった。


「今のセンパイは学校中の嫌われ者です。昔と同じ、センパイには私しかいないんだって思い知りましたよね? うふふふふ! いい気味!」


 花火が高笑いするのと同時に、手首を締め付けていた縄がするりと解けた。

 ここまでいけば、あとは容易い。

 俺はジャージのポケットの中からサバイバルナイフを取り出し、木に体を縛りつけているほうのロープを切断した。

 よし、これで完全に自由だ。


 手を払いながら立ち上がると、余裕の態度で笑っていた花火の表情が凍り付いた。


「は? ……え? は!? な、なんで!? センパイ、どうして自由に動いてるんですか!?」

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