第35話 モラハラ女ついに暴走する

 夕食の片づけがすべて終わると、生徒会メンバー以外の一般生徒は一旦宿舎に戻らされた。

 この間に入浴を済ませる流れになっているのだ。


 大浴場へ向かうため着替えを取りに部屋へ戻ると、鞄の下に見慣れないメモが挟まれていた。


「あれ? いつの間に……?」


 なんだろうと思いつつメモを広げると、雪代さんからのメッセージだった。




『新山くんへ


 キャンプファイヤーがはじまる前に、二人だけで話したいことがあります。

 宿舎の裏で待っているので来てもらえますか?


              雪代 史』




 不在にしている間に訪ねてきた雪代さんが置いて行ったのだろうか。

 隣の席だということもあり、雪代さんの筆跡はわかる。

 雪代さんは今時珍しくものすごく達筆なので、一目見たら忘れようがなかった。

 手紙は雪代さんのもので間違いなさそうだ。


 このあとすぐまた会えるのに、いったいなんの用だろう?

 二人だけと書いてあるから、深刻な用事なのかもしれない。


 雪代さんをこれ以上待たせたくはないという一心で、深くは考えず急いで宿舎の裏に向かう。

 今思えば、それがよくなかった。


「随分と待たせてくれたじゃないか、新山」


 息を切らして宿舎の裏に辿り着くと、そこには雪代さんではなく、桐ケ谷たちの姿があった。


「筆跡なんていくらでも真似できるってのに、まさかこんな原始的な方法に引っかかってくれるとはな! よし、縛れ!」

「は……?」


 縛れって……。


 桐ケ谷の発した意味のわからない命令を発する。

 奴の仲間たちは心得たとばかりにサッと俺を取り囲んだ。


 呆気に取られている間に、俺はロープで縛りあげられてしまった。


 おいおい、何考えているんだこいつら。

 ありえないだろう……。


「なんのつもりでこんな暴挙に出たんだ。学校側にこれがバレたら停学処分ぐらい受けるぞ」

「うるさい! 姫の気持ちを取り戻すためには、このぐらいのことをする必要があったんだよ!」

「姫? ……まさか、花火のことを姫って呼んでるのか……?」


 正気を疑いながら尋ねたら、桐ケ谷は真っ赤な顔で俺を睨みつけてきた。


「おい! 腕だけじゃなく口も縛れ!」


 後ろ手に縛られている俺はろくに抵抗することもできないまま、口に猿轡をかまされた。

 ずいぶんと準備がいい。

 どうせ今暴れてみたところで、多勢に無勢、無駄に疲れるだけだから、大人しく様子を見ることにした。


 俺のジャージのポケットには、夕食作りの時に使ったサバイバルナイフが入っている。

 行動に移す機会さえ誤らなければ、そのふたつを使って逃げ出すことは可能だ。

 呼び出されたのが風呂に入った後だったら、ナイフを持っていなかっただろうから、桐ケ谷たちの判断ミスのおかげで助かったようなものである。


「あとは指示された場所に連れていくだけだな。来い」


 乱暴に背中を押され、宿舎の裏手に広がる林の中へ連れて行かれる。


 林の中は急な坂になっていた。

 縛られた状態で、月明りだけを頼りに下っていくのはかなり大変だ。

 桐ケ谷たちなどは懐中電灯を持っているのに、何度も躓いている。


「はぁ……はぁ……。ここまでくれば叫び声をあげても誰にも聞こえないだろう。よし、こいつを木に括りつけるぞ」


 息切れをしている桐ケ谷たちが、俺の体を木に縛りつける。


「これでおまえはもうキャンプファイヤーに参加できない。残念だったな!」


 桐ケ谷たちはせせら笑いながら、乱暴に猿轡を解いた。

 この場所でいくら叫んでも、宿泊施設までは届かないとわかってのことだろう。


「――キャンプファイヤーに参加させない、それが目的か?」

「そのとおりですよ」


 俺の問いかけに答えたのは桐ケ谷ではない。

 その声を聞き、うんざりするより先に驚いた。


「まんまと捕まってくれて、ありがとうございますセンパイ」

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